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 これまでに慣れ親しんできたものとは宗派が違うからもちろん作法も違う。だが慣れ親しんだやり方であっても失礼はないはずだ。篤弘は夏朗に連れられながら門の前で祈りを捧げ、中に入って手水舎で手を清めた。

 その間、夏朗は篤弘に特に指図をすることなく、ただ篤弘の所作を黙って見ていた。あの日と同じ、据わった目で。




 金魚の絵が大きく描かれた引き戸を夏朗が開けるなり、浴衣の少年達の視線がさっと集まり、同時に彼らは畳に正座し両手をついて、

「夏朗様、お帰りなさいませ」

 一斉に深々と頭を下げた。百人はいるであろう。皆しゃんと背筋を伸ばし、脇の下には卵一つ分以上の隙間をあけている。すごい図だと篤弘は思った。噂には聞いていた。そして勘は当たっていた。夏朗は位の高い男だった。


 いい、顔上げろ。夏朗は手を振りながら皆の顔を上げさせる。自由を許された少年達は夏朗の背後にいる篤弘へと目をやり、じろじろと、ぶしつけとも思えるほどの目つきで観察を始める。

 篤弘はしっかりと足を揃えて背筋を伸ばし、胸の前で手を合わせ、皆に頭を下げた。この作法でおそらく間違いはない。篤弘と申します、今日からよろしくお願いします。その声が震えることがなかったのはすぐそばに夏朗がいるからか。

「新入りですか」

「拾った」

 どこからともなく上がる質問に夏朗はそう答えつつ襖を開け、中にある物入れの引き出しを開け始めた。手伝いましょうかと、夏朗の近くにいる少年が声をかけるも、いや、いい、と夏朗は答えて引き出しの中を漁る。篤弘の体型に合う和服を探しているのだ。


 まずは着替えに行こう、今後おまえが寝泊まりする部屋だと言われてここに連れて来られた。入信して数年ほどの十五歳から十九歳までの組だと聞いた。大きな広間だった。


 篤弘は集まってくるたくさんの目をじっくりと見返した。顔かたちは細かったり丸かったり長かったり角ばっていたり、いろいろだが、誰一人として弛んだ身体の者はおらず、浴衣の上からもよく鍛えられたさまが見てとれ、そしてその目はどれもよく似ていた。李凰の神のもとにいる者達の目だ――凛とした、強い、芯の通った目。


「子供ですね。続きますかね」

 だしぬけに疑問の声が上がり、

「俺が拾った奴にハズレはない」

 夏朗の背中がそう答える。

 そうですね、失礼しました。疑問は取り消され、次第に新入りの観察は終息へと向かい始め、今までやっていたことの続きを始めようと動き出す者が出始めた。ちゃぶ台の上には教科書やノートが広がっており勉強中の者が複数いたようだ。布団を敷き始める者もいた。


 これに着替えろ。夏朗が片手で灰色の和服をよこしてきた。篤弘は頭を下げながら両手でそれを受け取り手早く着替えた。

 脱いだ物は取り上げられ、処分だ、と夏朗が近くにいる少年に渡した。少年が頭を下げてそれを受け取りどこかへ持ち去って、身分証明書以外は何も持たず身ひとつで来ることと言われていたのを思い出した。

 財布は置いてきたし携帯電話などは所持していなかったから特に思い入れのある物もなかったわけだが、着ていた物も処分とする徹底ぶりである、明日は下着も処分されるのだろうかと思っていると、

「神の間に挨拶に行こう」夏朗が言った。「ついて来なさい」




 心拍数が上がっている。これから生活を共にすることになる少年達のもとにいた時より、ずっと。比べ物にならないほど。ここには夏朗と自分以外、誰もいないというのに。


 お堂である。何百人もを収容できる広さである。李凰の神は人間の生身を借りて生きているから、正確には今ここにはいない。しかし李凰の神への忠誠を誓う場となる。


 板の上に正座をする。板に両手をつき、李凰の神が腰を掛ける場に向かって、深く深く、頭を下げる。


 李凰様。ついに伺いました。いずみも一緒です。


 脳内に歌が流れている。李凰の神への忠誠を誓う歌。明日から自分もこの口で歌うことになる歌。あの娘が愛してやまなかった歌。美しい旋律だ、何百年も前から廃れることなく歌い継がれてきたのだ、いくつもの魂と共に。それは篤弘の血となり全身を駆け巡り、やがて涙となって眼球を押し上げる。


 どのくらい時間がたったか分からない。気がついたら自分の両手の間にいくつもの水滴が落ちていた。

 夏朗の視線を感じた。



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