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夏朗の視線をたどる。すると大抵において篤弘のもとにたどり着く。たどり着いたとたんに夏子の目は篤弘のつぶらな目とぶつかって、弾かれるように彼の目は下を向き、同時にその白い頬が桃色に染まる。
肌艶がいいのだ、ぽってりとした唇もまたそうである、血色が良い。これまでの人生でも抹茶を飲み続けてきたとすぐに分かる色である。育ちがいいのも一目で分かった。和服に着慣れたさまや姿勢の良さ、物を大事に扱うさまや礼儀正しさにそれがよく表れていた。
本当によく似ているものだ、と夏子は思った。篤弘はあの子によく似ている。
それと何か関係があるのか、夏朗の目は頻繁に篤弘を見ているのである。だがそれは私に関係がないことであるのは確かだと夏子は思った。それにしても静かな空間だ――夏子はこの事務所を気に入っている。
篤弘の隣の隣の席には五分刈りの頭の男がいる。慎也である。彼は常に五分刈りである。髪を洗うのが面倒なんすよねと、いつだったか慎也は言った。なぜ彼と髪の話をしたのだったか。そうだ、私が長い髪をばっさり切ったからだった、涼華の髪型に似せる為に。涼華に似せればあの方の目が私のほうに向くのではないかと期待して。
しかしその目はいつだって私をすり抜け、涼華ばかりを見ていた。ばっさりいきましたねと慎也は言ったがあの方は何も言わなかった。私が二十センチ以上も髪を切り、前髪も真っすぐに切り揃えたことにもたぶん気づいていなかった。私に興味がないからだ――そんなことくらい分かっていたというのに。
慎也がパソコンの前で口を閉じてあくびをしている。口を開ける代わりに目をむき、鼻の穴を膨らませ。その後、はっとしたように夏朗のほうに目を滑らせその視線をチェックする。
夏朗は自分のパソコンの画面を眺めながら漫然とガムを噛んでいる。きっと慎也同様、眠いのだ。コーヒーや茶を汲もうとする少女がいるが夏朗はいつもそれを嫌がる。世話をされるのを基本的に拒むのである、篤弘には何かと世話を焼きたがるというのに。篤弘に簿記の知識を与えようと彼の隣に椅子を運んでいって、つきっきりで借方や貸方について教えたり、休憩時間になれば菓子や茶をそっと渡したり。
いずれにしても、と夏子は思った。この時間がずっと続けばいい。静寂をたたえたこの事務所にずっとずっといられたら。ここには宗教は関係ない。灰色の和服を身に着けているというだけで、あとはひたすらに会社の業務をこなせば良いのだ。
しかし、と夏子は思う。こうしてパソコンのキーボードを叩きながらも李凰の神とやらを想い続ければ、そうすれば夏朗様は私に少しは想いを寄せてくれるのだろうか。
夏朗に目をやる。その視線をたどる。その先にいるのはやはり篤弘である。