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とんでもない秘密である。この場で語って良いことなのか。良いのだろう、李凰は今ここにいる自身の側近や篤弘を一人の意志ある人間とは思わぬさまだ、まるで置物のようにしか見ておらず視界には夏朗しかいないようである。
今知り得た情報を誰かに喋ればそれは即刻、処刑案件となると思うと篤弘の全身に汗が大量に滲んだ。
「ではなぜあの方と結婚されたのですか」
しばしの沈黙のあと夏朗はそう言うもその声には明らかに動揺が含まれていた。
「分かっていたことでしょう。それであればあの方を解放すべきだ」
「解放してその後どうするのだ。おまえが嫁にとるのか」李凰の声が笑う。「中古品はおまえには似合わないな」
「人は物ではありません」
「言うようになったな」
申し訳ありません。夏朗が李凰に深く頭を下げる。良い良い、顔を上げろ。李凰はさも可笑しそうに笑い、それから、
「そうだ、おまえに涼華との子を作ってもらうか」と言った。「生まれた子を次期国王にするとしよう。どうだ、名案じゃないか」
「涼華様にそのような辱めを与えることなどできません」
丁重に夏朗は断るもやはりその声は掠れるのだった。
「それは、愛か」
「ご勘弁ください」
夏朗は深く頭を下げる。李凰は片頬だけで笑った。
「質問に肯定も否定もしないのだな。成長したものだ」
夏朗様に弱点があるとすればそれは李凰様なのか、それとも涼華様なのかと、夏朗の様子に篤弘は思うのだった。
「涼華は私のものだ」
そして李凰は言うのであった。
「生涯、涼華は自分の子を抱くこともなく、神の館に閉じこもりその一生を終える。夏朗、これはおまえへの罰なのだよ。じっくりと噛み締めなさい」
ある者は言った――李凰様はご自分が涼華様と結婚されることで夏朗様にお咎めを食らわしたんだと。それがあながち間違いでないのが見てとれる場面となった。
夏朗は何も言わない。ただ両手を揃えた布団に目を落とし続けるのみである。
「少年部の幹部になって二年と少しになるな」
語調を変え李凰は笑った。
「十五歳で幹部になったのはおまえが初めてだ。史上最年少だよ。それも側近を経ずいきなり幹部になったのはおまえだけだ。おまえのような奴はほかにいない。
だからこそこの国におまえの遺伝子が欲しいのだよ。よっておまえには早急に結婚してもらう」
予想外のことを言われたのだ、夏朗は李凰の目をじっと見た。
「まだ道半ばでございます」
「私の命令は絶対だ」
笑わない目で李凰は夏朗を眺め、それから続けるのだった。
「おまえの嫁は、夏子だ。おまえの幼馴染のな」
「なぜあの方なのですか」
「気が乗らないか。どう見たって涼華より美人だろう」
「当人達の気持ちが大事でございます」
「なんだ、抗うのか」
李凰はふっと笑った。
「あの者とは児童部の頃から一緒にいるのだから、人となりももう充分分かっているだろう。あの者もおまえと同じで頭脳明晰だ、素晴らしい子が生まれることだろうな。善は急げだ、後日あの者にも話をする」
「あなた様は何をそんなに焦ってらっしゃるのですか」
夏朗の目が李凰の目を真っすぐに見ている。その胸の内を見透かそうとするかのように。
「どんな恐ろしい夢を見たというのですか。何に怯えてらっしゃるのですか」
「結婚の時期については後日伝えることにしよう。日程調整もあるからな。それはそうと、」
李凰が篤弘に目を滑らせ話題を変えた。
「この者は、あれによく似ているな。過去におまえが斬った罪人だ」
夏朗のこめかみのあたりがぴくりと痙攣したかに見えた。李凰と夏朗の間には明らかに攻防戦が繰り広げられていた。
「取り戻したくなったか」
李凰の目が笑う、夏朗の目を見据えながら。
「おまえの信念のもとで斬ったのだろう」
「あの者はこの国を、李凰様を裏切ったのです。決して許すことはありません」
「だからなぜあの者に似た少年を拾ったのかと聞いている。一千万もかけたのだろう」
夏朗は答えない。その指が布団に少し食い込んだかに見えた。
「なぜ黙る。おまえらしくもない」
李凰が可笑しそうに笑っている。
「そういやさっきは何をしていたのだ」
ニキビを、と夏朗は答える。この者のニキビにクリームを塗っていましたというその答えに李凰が吹き出した。
「クリームくらい自分で塗らせればよいものを。可愛い男の子の世話を焼きたがる性分は相変わらずだな。たびたび一緒に寝ているのだろう。教え込んであるのか」
「ご勘弁ください」
夏朗の語気が強まった。
「そのようなことは一切ございませんので」
「どこまで信用すればいいものか。愛に関しておまえは全く信用ならないのだよ」
言いながら李凰の目が夏朗をじっと見据えている。静かに、笑って。
「外してくれ」
しばしの沈黙のあと李凰は言った。それは自身の側近と篤弘に対しての言葉であった。
廊下に出てようやく大きく息がつけた。結局李凰が何を言いたくてこの部屋に訪れたのか不明のままであった。