最終章
すぐに分かった。それが今は大原渚として生きる女性だと。何も変わらなかったからだ、髪型も、凛とした顔も。腕には赤子を抱いていた。
慎也さん、篤弘さん。大きな声が飛んでくる。赤子を抱えたまま走り寄ってきた。
旅館ひらやま、との文字があり、それを背に立っているのは恭介であると、こちらもまたすぐに分かった。
その隣にいるのは四十代であろう女性であった。こちらをじっと見つめた。その目が、あの方の目に重なった。離れた場所にいてもすぐに分かった。あの目の威力、あの目の美しさ――それを作りだすもととなった女性。
慎也さん、篤弘さん。駆けながら渚が涙をこぼしている。その目はもう、知っている。腕の中の赤子がけたたましく泣き出した――溢れんばかりの生命力。まさにあの方の、命。
慎也が腕に抱くものは骨壺で、篤弘が抱えるものは何通もの手紙、そしてたくさんの写真の入った紙袋である。
篤弘に宛てられた数十枚もの写真にはあの方の優しい笑みがあり、美しき字で書かれた何枚にも及ぶ手紙――その最後にはこう書かれてあった。
おまえの愛の中に散りゆくことができるのを嬉しく思う。 夏朗
完