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篤弘は柵を飛び越え、駆け出した。一心不乱に駆け寄った。美しき男のもとへ、世にも美しき男のもとへ。
罪人のもとへ向かうことは禁止されている。この世の終わりとも思えるほどに激しくうごめく阿鼻叫喚の中、やはり篤弘を止める声が混ざる。篤弘の背中を追ってくる。構っている暇はない。
だらりと頭を垂れている。胸から無残なほどに真っ赤な血を流しながら。だがまだ間に合う、間に合うのだ、絶対に。
名を呼びながらその頭を起こす。もう目は閉じている。だが間に合う、だからその目元に言葉をねじ込む。決めていたのだ、息絶えるその瞬間まで、愛で包むと。
「夏朗様、夏朗様、愛しております、私はあなた様を愛しております。生涯、あなた様を愛し続けます」
絶対に涙で声を詰まらせはしない。絶対に絶対に、言いきるのだ、美しき男に届けるのだ、ありったけの思いを。
慎也の声がかぶさってくる。夏朗の名を絶叫している。絶叫しながら泣いている。夏朗の瞼を見つめる篤弘の背後から夏朗の身に腕を回して。
幾人もが走ってくる。執行の済んだ罪人のもとに駆け寄ってくる。それは禁止事項とされているからその背中に多くの罵声を浴びる、しかしそんなことなど構やしないかのごとく皆で夏朗を取り囲み、その顔を覗き込みながらまたは地面に膝をついて最敬礼をしながら、その名を叫ぶ。声の限り、夏朗への敬愛を叫ぶ。
ああ、もう、時間切れだ。見納めだ。だから篤弘は叫ぶのだ、声を枯らし、夏朗の名を、夏朗への愛を叫び続けるのだ。
どこからともなく歌が響き始めた。李凰の神を崇める歌――もはや篤弘は信じない、李凰の神など存在しない。だが篤弘もそれに合わせて歌った。今、目の前にいる、死にゆく、美しきこの男が、この歌を求めているから。この国で、この歌のもとに散りゆくことを望んでいるのだから。
慎也も歌っている。皆で声を合わせて歌っている。胸の前で両手を合わせながら、あるいは地面に頭を垂れながら、涙を流しながら、皆で精一杯、夏朗を愛の歌で包み込む。
ふと、夏朗の唇が笑った気がした。
いくつもの罵声、いくつもの石や唾が飛んでくる。いくつもの手に掴まれて夏朗から引き剥がされる。引き剥がされるものかと篤弘は渾身の力を込めて夏朗にしがみつく。だが大人の力にかなうはずもなく篤弘は夏朗から引き離されてゆく。
ああ、夏朗様。私はあなたを愛します。永久に。
執行人である大河が地面にうずくまっているのが視界に入った。こぶしを握り、地面に顔を押し当ててむせび泣いていた。
歌は途切れることがなかった。