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「罪人名簿にしっかりと記録を残すこと。骨は粉砕したのち、山に。碧の近くに撒くこと。フジの花が咲くあたりだ。
骨の一部は粉砕せず残しておいてほしい。指の骨にしよう、そのかけらだけは残して適当なブリキ缶にでも入れて、俺の生きた証拠として渡してほしい相手がいる。住所はこれに書いてある。おまえの仕事だ。最後までしっかりやりなさい。いいね」
夏朗の目が慎也の目をしっかりと捕らえている。この瞳に閉じ込められるのも今日が最後だ。
「遺言ですか」
「そうだ」
きっぱりと夏朗は答える。業務のように、淡々と。しかしその意志をしっかりと慎也に託すように。
「じきにこの国の会社はすべて、外界の会社に吸収合併されることになる。トップが変わればやり方も変わるが雇用は守られるし、何も変わらず屋敷で暮らし続けることができる。ただ、李凰国は終わりだ。
だからここで暮らし続けるのかそれとも外界に出るのか、それは自分で決めるといい。
ついでに言えば俺の母親は旅館を経営しているから、そこに行けば住み込みで働かせてくれる。篤弘にも話してある。今後については篤弘と共に考えなさい。あの子をしっかりと守ってやってくれ」
はい、と慎也は答える。声が掠れる。
あれから何度も警察が訪れ、李凰の姿の消えた書斎の隅々まで捜査が入って、とある地方にある宿泊施設の宿泊券などを購入した形跡が見つかったことなどからその行方が追われることとなったのだが、同時に死亡が疑われているのも明白であった。そして誰もが聞き込みに沈黙し続けた。李凰の葬儀はすでに警察の目の届かぬ所でひっそりと行われており、その骨はすでに李凰の神が生まれたとされる山の頂上にある、先祖が代々眠る墓に納められていた。
ダンボール箱の上で夏朗は淡々と紙の束を整理して紙袋に入れてゆく。こいつは篤弘に頼んである、と夏朗は言った。それから不意に慎也の目を見据えて、
「外界で暮らすのであれば、」
と言った。
「夏子に時々会いに行ってくれ。子供ともたびたび遊んでやってくれな」
そう言って笑った。その目が小窓から差し込む西日の黄色い光を受けて光った。
ああ、見納めなのか、と慎也は思う。この、あまりにも美しい、尊い瞳。
「夏子様にお子様、お母様にご兄弟、皆様があなた様を待っているのですよ。あなた様はこの国の犯罪の被害者なのです。お母様達の待つ家に帰るべきです」
「碧はもう家に帰れねえんだよ」
紙袋の中をがさがさと確認しながら夏朗は言う。その名を呼ぶ時いつも夏朗の声は掠れる。
「碧の分も生きるという道は」
「俺は散る。この国で」
夏朗は笑う。慎也の目を見つめ。実に穏やかに。満ち足りた、とも表現できるくらいの。
「俺の家はこの国だからだ」
ああ、と慎也は思う。この方はどこまでも、李凰国の人間なのだ。最期の瞬間までそうあり続けることをこの方は選んだ。