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一万人もの灰色の和服姿の人間が取り囲む広場に罪人が現れる。大きな身体の男達に引きずられながら。下半身だけに着けた着物が剥ぎ取れんばかりの勢いで罪人が暴れ、叫び、失禁しているのが遠目にも見てとれた。処刑場である。
罪人は青年部の男だという。無断で脱国したあげく外界に李凰国の内部情報を漏らしたというのが罪状だ。青年部の幹部らが罪人の居場所を特定して国に連れ戻したと聞いた。
罪人の登場に空気が大きく揺れる。怒号に悲鳴に歓声、老若男女問わずそれぞれの感情を爆発させる。児童部は免除されるというがそれ以外の部の者は刑場への出席が義務となり、欠席すると罰則があると聞いた。
罪人が男に手首を掴まれ、上からぶら下がっている鎖にそれを繋がれ、足首も鎖で固定されて身動きを封じ込まれた。罪人はもはやこの世の生き物とは思えぬ形相で断末魔の叫びを上げ続けている。
罪人の背後に執行人がゆっくりと現れる。白い和服を身に着け、日本刀と共に。
瞬間、罪人の登場の時とは比較にもならぬほどの勢いで空気が揺れた。まるで地から何かが突き上がってくるかのごとく。
なぜ執行人が白の着物を身に着けると思うか。それは血の赤を際立たせる為だよ。のちにそう、篤弘は慎也から聞くことになる。
ばらばらになっていた一万もの激しい感情がやがてまとまり始め、手拍子が揃い始めた。そして青年部らしき者達の集団が地べたに正座し手をつき深く頭を下げ、声を揃えて叫び始めた――お慈悲を! 夏朗様!
あの方は相当な稽古を積んだ斬り手だ、とのちに慎也から聞くことになる。そして、あの方ほど根性のある奴はいないんだよ、とも。
夏朗が実にゆっくりと日本刀を抜く、さも慣れきった手つきで。それは太陽の光を受けて鋭く光り、夏朗の顔を照らし出すかに思えた。夏朗は自身の顔の前まで実にゆったりとした動きで優雅にも日本刀を持ち上げた、これから生身の人間を斬るその刃にまるで口づけるかのように。まるで李凰への忠誠の証かのように。
ガラス張りの建物の中に李凰の姿を見た。高級な着物を召した李凰が腕を組み、夏朗をしっかりと見下ろしている。その頬に、ゆるりと笑みをたたえて。
阿鼻叫喚や狂喜乱舞に激しくうごめく中、処刑は執行された。凄まじいほどの量の返り血を浴びて夏朗の真っ白の和服も、凛とした美しい顔も、むごたらしく真っ赤に染まった。
季節は冬となっていた。日照時間の最も短くなる季節だ。貴重な日の光を浴びながら篤弘の膝はがたがたと震え続けていた。
ああ、いずみ。ここは、えらい世界だ。
執行の済んだ夏朗が激しく入り乱れて渦巻く一万もの感情を真っ向から浴びながら、血に染まったその頬にゆったりと笑みを浮かべながら、罪人の頭を片手で掴んで国民達に晒していた。
最初はみんなそうなるんだ、と慎也は言った。そのうち何でもなくなる、と。
和式便器に手をつき吐瀉物をぶちまけ、水の流れる音に混じりながら篤弘は肩で大きく呼吸を繰り返した。その背中を慎也がさすっている。
「斬首じゃないだけまだましだ、ちゃんと身体はつながっている。このあと焼かれて骨を粉砕されて李凰の神がお生まれになった山に献上されるんだがな。闇小屋の仕事だ。闇小屋ってのは何らかの罪を犯した国民がぶち込まれる牢屋のようなものだ」
脳内で歌が流れ続けている――李凰への忠誠を誓う歌。魂を揺るがす歌。あの娘の愛した歌。そして日本刀で生身の人間の肉体を斬り裂く一人の少年の姿がその歌のもとにある。
十七歳の少年。しかしこの国に年齢は関係ない。
「夏朗様が執行人であるとは知りませんでした」
呼吸を整えながら篤弘は言う。
「あの方はこれまでに何人を」
「さあてな、数えてない」
篤弘の背中をさすりながら慎也は言う。
「執行人になられたのは今から二年くらい前のことだ。まだ十五だった。子供の頃からずっと李凰様のもとで剣術を学んでいたと聞いた」
己の魂を李凰へ捧ぐ歌はやむことがない。今ここで声高らかに叫び歌いたかった。
ああ、あのお方は完全なる神の子なのだ。