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 日頃どれだけ夏朗の名を綺麗に発音してきたかが明確になるほどの濁りであった。それはまさに尋常でない声だった。


 影が揺れるのである、ある一点に向かって何かを突き立てるかのような動きであるがまさしくヒステリックに、気の触れたかのように反復を繰り返すのだ。


 思考が追いつかないのである。篤弘の膝は畳にぴったりと付いたまま動かない。脳は必死に足へ指令を出しているのだ、動けと。しかし動かない。畳にへたりこんだかのように。


 呻き声のような、おぞましいとも言える声が上がる。それはもはや人間のものではない、まさしく猛獣のそれだ。そうしてひとつの影が地に崩れ落ちて布団が音を立てた。どのくらい時間がたったのか、やがて呻き声がやみ、静寂が来た。


 明かりが揺れる。衝立の向こうから人影が現れる。夏朗である。黄色の明かりを背に歩いてくる、篤弘のもとへ。逆光であるから彼の表情は読み取れない。手に何かが握られているのが分かった。篤弘のそばに立ち止まった時、それが小刀であるのが分かった。


 刃先から血がしたたり落ちていた。いや、刃先だけでなく刀全体が真っ赤に染め上げられ、ぬめぬめと濡れていた。はっきりと、血の匂いがした。


 争ったような様子もなかったというのに夏朗の浴衣ははだけ、上半身があらわになっていた。そこに血が跳ねていた。返り血そのものだった。


「人を呼んできなさい」

 夏朗は言った。篤弘を見下ろして。実に淡々と、業務連絡かのごとく。

「もう済んだから」

と。



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