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しばし流れるものは沈黙であり、湯気の静かに立ち上る湯呑が李凰のそばにそっと置かれるその音すらも憚られるかのようであった。
「勇気か」
と李凰は言った。それから笑った。
「そうだな、それはおまえもないのだろう。おまえはもう失ってしまったのだ」
な? と笑いかけるその笑みはまさに夏朗との攻防かに思えた。
茶をすすったのちに李凰はそっと湯呑を置き、目を動かして夏朗の目を捕える。なぜなら、おまえは、と言った。
「私に小刀を向けようとした者を殴ったが、それはまさに不純な動機によるものだったのだ。斬りたくなかったのであろう。だから殴って止めさせた。間一髪だったな? 間に合わなかったらあの者は私を斬りつけ大罪となり、処刑となるところであった。碧と同じ運命だ。おまえは単にあの者を斬りたくないという理由で殴ったのだ」
そうだろう。李凰が笑っている。
夏朗は答えない。李凰もまた答えを催促することはなかった。返答の必要などないといった具合に。
夏朗の顔を眺めながら李凰はふっと笑った。しかしねえ、と言った。
「あの子はよくぞこの国の秘め事を沈黙し続けてきたものだ。いつ口外するかと待っていたのだがね。当事者ではないから気が触れることもなかったね。
碧は当事者だったからね、そのショックは計り知れないものだったのだ。梨子から真実を告げられ、テレビニュースを見せられ、失っていた両親の記憶を取り戻し、父親が自殺したのを知った。
碧は父親が大好きだったようだね、だから父親が誘拐犯または殺人犯じゃないかと疑われ続けて気が触れて自殺したと知り、激しく憤って私を襲った。
しかし私は怪我をしただけだったから何にもならなかったね、怪我なんてすぐに治ってしまったしね。碧はおまえに斬られて終わった。気の毒な子だったよ、実に気の毒な子だった」
何も言わぬ夏朗であるがその様子を楽しむかのように李凰は笑っていて、それから、夏朗、と言うのだった。
「篤弘を碧と同じにしたくなかったのであろう?」