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夏朗の名を呼んだ。だから夏朗は返事をした。はい、と。
「夏朗」
李凰は言うのだった、その目を穏やかに笑わせながら。
「おまえは賢い子だ。分かっているであろう。この国での掟や常識は外界では何一つ通じやしないんだ。
おまえも逮捕は免れない。すでに何人も殺した。何人どころじゃないな。少年法も適用されないであろう。死刑は免れない。これが現実だ」
慎也は息を吐く。静かに、そっと。しかしそれは震える。震えを止めることなど困難である。
逮捕。少年法。死刑。それらはどれもこれも李凰国にはまるで関係のない事柄である。ここは李凰国、そうだ、李凰国なのだ、存在するのは李凰の神、誰もがその救いを求めてこの国へ入国した。そして崇めてきた。尊い、神だ。それは今、自分の目の前にいらっしゃる。この方は李凰の神をその身に宿すお方。しかし今、李凰は夏朗を眺めながら笑っていて、それはもはやただの人間にしか見えぬのである。
真っ白の着物、日本刀。李凰国を背負った、一人の少年。
「私はこの国で処刑されるのです」
少年は言うのだった。ただ真っすぐに、李凰を見据え。
「なぜそこまで処刑されたがる」
李凰は問う。夏朗の視線を真っ向から受けながら。
「私はこの国の罪人だからです」
夏朗は答えた。もはやそれ以外に答えはないと宣言するかのように。
しばし沈黙が流れた。李凰の目は真っすぐに夏朗の目を見ていた。
「罪人か」
と言った。しばらくしたのちに李凰はそばに置いてあった湯呑を手に取り茶をすすった。それはきっともう冷めきっているが構わぬようである。
「私も立派な罪人だ。そろそろ逮捕状が出る頃だ」
呟く李凰の後ろでぼうっとしていた二人の側近がそれぞれ思い出したかのように、または弾かれたように李凰のそばに寄り湯呑を受け取るとポットのもとへ向かった。
「今日は乗りきった。だが明日は分からない」
なおも李凰は呟く。夏朗だけを見据えて。
「一ヶ月も闇小屋にいれば充分であろう。もう手配は済んでいる。今晩のうちに発つのだ」
「勇気がないのですか」
夏朗が問うた。まさしく、突如として、との表現が適切である。
「何の勇気だ」
李凰が問い返した。
夏朗は李凰を真っすぐに見ていた。その口を開いた。
「愛する者を処刑する勇気でございます」
夏朗は言った。
「愛する者を殺したあとの地獄を味わう勇気でございます」
と。