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突如、李凰様、との声がかかった、李凰の後ろから。李凰の側近である。二十代であろう男だ。
「大罪を犯したこの男を処刑しないおつもりなのですか」
途中で言葉を挟むのを詫びることもなく彼は言葉を発した、まるでまくしたてるかのように、これまで溜め込んだものを一気に噴出するかのごとく。
「突如として国の収入が激減し、国民達の仕事がなくなっている理由についても私どもに何のご説明もありません。あなた様は罪人とばかり話し込み、清く正しく生きる私どものことはまるで蚊帳の外です。
それにこの国に警察が立ち入る理由。警察が入るなんてよっぽどのことだ。一体どうなっているのですか、この国は。お答えください、李凰様」
側近が口を閉じるまで李凰は黙っていた、夏朗を見つめて笑ったまま。しかし側近が黙ると言った、実に静かに穏やかに、しかし国王の威厳をもって。彼を振り向くことなく。
「出てゆけ」
李凰様。側近が抗う。その声には焦燥が混じる。
「出てゆけと言っておる」
李凰は笑ったままだ、実にゆったりと。
しばらく静寂が流れるも何とも居心地の悪いものであった。その間、李凰の視線は夏朗だけに注がれ続け、それはまるでそれ以外のものを一切受けつけぬ、もはや夏朗のほかは邪魔でしかないかのようなさまであった。側近が部屋から出て行くその音すら邪魔であるかのように、引き戸が開いては閉まるその音を遮るかのように李凰は、私はね、と言った。
「私はね、おまえとの出会いは運命であると思っている。最愛の母も、父も祖父母も妹も義弟もみんな伝染病で亡くなり悲嘆に暮れていた頃、おまえが現れたのだよ。
十四年ほど前だ、たまたま外界に出る用があってね、その時に間宮塾から出てきたおまえを見かけたのだ。目が合った。それは綺麗な目をしていたね。すぐにおまえは行ってしまったが、おまえに強烈なほどに惹きつけられてしまってね。なんとかして私のそばに置きたいと思ったのだ。
何度も何度も間宮塾に通った。隠れておまえの写真を何枚も撮り、おまえの個人情報を手に入れつつ、間宮塾の催し事を知った。登山だ。いい機会だと思った。
青年部の者達に登山客のふりをさせつつおまえに近づかせて、お父さんに会わせてあげるよ、と言わせた。おまえはお父さんに会いたかったのだね。無垢な子だった。
たまたまおまえのそばにいた夏子が騒いだらしいね、碧も泣いたようだから口封じにまとめて連れて来ることになったようだ。
リュックに入れて山を下り、車に乗せ、その間、夏子も碧も相当やかましかったようだがおまえだけはね、お父さんに会えるんだね、と期待して待っていたのだ。
そうして私はおまえと対面した。あの日のことは忘れはしないよ。おまえは日の光を浴びながら実に美しい男の子だった。私はおまえのお父さんということになり、ついにおまえとの暮らしが始まった。夢にまで見たおまえとの暮らしだ。幸福であったよ、実に幸福であった。この幸福の原料であるおまえを私が殺すと思うかね」
まるで寝起きかのように、夢の続きを見ているかのように、いや、もはや気の触れた者かのように――
そして夏朗は何も言わないのである。ただじっと、李凰の目を見続けるのみだ。
それを李凰も見返していた。だからしばし沈黙が流れた。一体どのくらいの時間がたったのか。
「立証されるのも時間の問題だ。いずれ私は逮捕される」
李凰は言った。何の感情もこもらぬ声で。