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李凰の目は夏朗の目に吸い付くかのようである。もはや磁石のように。笑った。
「碧の母親、それに妹もテレビに出演しているよ。おまえの母親もだ。それに兄と弟もな。
兄とはあまり似ていないな。弟はおまえにそっくりだ。しかしおまえに似た者がいるのだからおまえが消えたくらいで躍起になることもないだろうに」
そう言って李凰は可笑しそうに片頬だけで笑いながら週刊誌に目を落とした。
「おまえも十五の頃に入国してきたことにしたよ。最近、外界に出たきり行方不明になったとした。国民達にも何ひとつ喋るなと言ってあるから警察が陰で捜査を入れても無駄というものだ。警察に話した者は片っ端から処刑すると言ってある。夏子はもう話しただろうがね」
そこまで言うと李凰は週刊誌を閉じ、改めて夏朗の顔を見た。夏朗は何も言わぬままだ、ただ李凰の目をじっと見つめている。
「外界の下世話な連中がテレビや動画サイトで憶測をもとにあれこれと語っているよ。おまえは李凰国の中枢にいると思われる、よって国の機密情報を知り尽くしている、だから国王はおまえを親元に帰さない気だというのが一般人の見解だ」
夏朗の側近達は真実を知っているが李凰のそばに控える李凰の側近三人は知っているのかいないのか。李凰はそのようなことは構やしないとの態度である、側近達はまるで置物であるかのごとく喋るのだ。
「もちろん帰す気はない。おまえの命は私の手中にあるのだ」
李凰は笑うのだ、実にゆったりと。警察に踏み込まれ続ける日々など存在しないかのように、ただ目の前にいる夏朗だけを眺めて、夏朗しかここに存在しないかのように。
今年も暮れゆくな。早いものだ。のんびりと李凰は言うのだった。それからゆったりと瞼を閉じゆったりと開け――夏朗の癖と同じように、いや、李凰の癖が夏朗の癖となったのかどちらなのか分からぬがとにかく李凰はそうすると、
「おまえにもう一度だけチャンスをくれてやろうと思っているのだよ」
夏朗をじっと見据え笑ってそう言った。
「国を立て直すのだ。おまえにならできる。もちろん警察とおまえの親兄弟が諦めた後の話になるがな。もう一度国の中枢に入り、会社を作り、国を立て直すのだ」
「大罪を犯した人間に誰がついてくるというのでしょうか」
夏朗が言葉を発する。その声を李凰はしっかりと耳に取り入れるようにし、それからゆったりと笑った。
「おまえの人望というものだ、処刑反対運動がどんどん大きくなっているのだよ、毎日せわしいものだ。
それに警察どもは抜き打ちのようにやって来るからね、処刑の最中に来れば大変なことになる。銃刀法違反や殺人の罪に問われるのだ。よって執行はできない」
「この国を揺るがし国民達を不安に陥れる原因を作ったのは私です。大き過ぎる罪であります」
夏朗は言う、畳にしっかりと両手をつき、李凰の目をじっと見据えて。
「早く私に罰をお与えください。闇小屋で処刑してもいいでしょう。そうすれば警察の目に触れない」
「おまえを殺してしまうのはあまりにも惜しい。おまえはあまりにも優秀だったよ。もう一度おまえを信じてやってもいいと思っている」
李凰は言うのであった。李凰の発する言葉達は慎也の身体の中に大きな筒を作りそれによって大きく呼吸ができて、それはまさしく安堵というものであったが夏朗はそうではないようだった。
夏朗は何も言わない。何の表情もなく李凰を見つめるのみである。
「一時的な気の迷いだったのだろう」
李凰は言うのだった、慈悲深く笑って、さも愛おしいものを――まるで息子を慈しむかのような目で夏朗を眺めて。
「いずれにせよ、いいのだ、いいのだよ、もとより私はラストエンペラーになってもいいと思っていたのだよ。だから国の立て直しなどもう良い、隠居生活に入るのだ、私とおまえの二人だけで。引っ越すのだよ。生涯、私とおまえの二人きりで暮らすのだ」
「気が触れられたのですか」
「私は至って正常だ」
「あなた様は国王ですから第一に考えるべきことは私のことではありません」
夏朗は言った、実に淡々と、業務連絡かのごとく。
「早急に私を消し、国民の未来のことだけをお考えください」
「おまえを消すことはない」
李凰は宣言するのだった。愛おしきものを慈しむ目で夏朗を眺めて。