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「この国もいよいよ終わりだな」
実にのんびりと李凰は言うのであった。笑みなどを浮かべながら。
「おまえは後悔しているのだろう。自分の判断ひとつでここまで国が揺らいだのだ。罪人の命と引き換えにな」
李凰の前に正座し深く頭を下げた夏朗は何も言わない。就寝時間の間際であった。神の館の一室に呼び寄せられていた。当時の側近二人と共に。失礼のないようにと、闇小屋に囚われていた夏朗と慎也は事前に風呂に入れられ身を清め、散髪屋を呼び寄せてもらって髪を切り整え、眉を整え髭を剃り、ドブネズミを脱して元の凛々しさを取り戻した。
ついに執行の日を告げられるのかと慎也は思ったのである。しかし違った。
「連日のようにテレビニュースやワイドショーが賑わっているよ」
あぐらをかいて週刊誌をめくりながら李凰はゆったりと笑っているのであった。
「二十歳になった大原渚が十四年ぶりに突然、警察署に姿を現したと。DNA鑑定の結果、父親との親子関係が認定されたからね、今は実家で暮らしている。腹の子も元気そうで何よりだな」
週刊誌から目を上げると李凰は夏朗を見据え、笑う。顔を上げなさい、と。言われた通りにする夏朗は国王の控えの存在と言われた日々のように凛としていた。しばしその顔をじっくりと観察するように眺めたのちに李凰はふっと笑った。
「もうね、警察に話したのだよ。確かに夏子はこの国にいた。十五歳の頃に志願して入国してきたとした。実際、中学を出てから家出して入国してくる者がとても多いからね。戸籍も本名も不明であったから警察に連絡すべきだったとは言ったがね。
腹の子の父親は不明だとした。恭介の子だということになったようだがね。恭介は身寄りがないから夏子の父親が共に暮らすことを許してね、ひとつ屋根の下で暮らしているよ。早くも仕事を探し始めたようだ、夏子と結婚する為にね」
言って李凰は夏朗を眺める。さも可笑しそうに。それから続けた。
「平山廉は李凰国にいると夏子は警察に話したようだ。一刻も早く救出してほしいと。森野優人のこともほのめかしているそうだな。だがはっきりとは言わないようだ。なぜならおまえがあの子を殺したのだからね、言えるわけがないね」