神様は図画工作で地球を作ります
「今日はみんなで文明を作ってみましょう」
女神の透き通った声が教室に響き渡りました。
「はーい」
神様の子どもたちが元気よく返事をします。
「この間、お話ししたように、文明は環境の良いところでできます。では、環境の良いところとは具体的にはどのような場所ですか」
先生の問いかけに子どもたちは静まります。そして、お互いに目を合わせて、どこだっけ、とこしょこしょ相談し合いました。
徐に、一人の神様が手を上げました。
「大きな川が流れているところです!」
「よくできました」
先生が笑顔でその神様を褒めました。「いいですか。水は生命の源です。水がないところに文明は作れません。これはとても重要な部分なのでよく覚えておくように」
先生は今言ったことを黒板に書き留めました。子どもたちはそれをノートに一生懸命板書しています。紙に擦れる鉛筆の音が教室を埋め尽くします。
先生、と一人の神様が手を挙げました。
「なんでしょう?」
「文明を一から作るならさ、僕たちが全部作っちゃえばいいんじゃないの?」
神様は質問しました。実に良い質問です。
女神は神様の方に向き直り、言います。
「鋭い質問です。どうして私たちではなく生命体が文明を作るようにしなくてはならないのか、という質問ですね」
先生は生徒に質問の意図を確認しながら問いかけます。「一から全てを作ってしまってはあとあと必ず間違いが見つかります」
子どもたちは先生の言うことがよく理解できません。
先生は黒板に何やら文章を書き始めました。
「たとえば、このように、何の線も引かれていないところに文章を書こうとすると、まっすぐ書くことができず曲がってしまいます。ですから、ときどき全体を見たりして確認しながら書くとまっすぐに書くことができるのです」
生徒たちから、「ホントだ」「すごーい」という歓喜の声が上がります。
「つまり、私たちが文明を全部作ってしまうことは、間違った文明を作ってしまうことになります。だから最初のきっかけだけを作り、あとは生命体に任せるのです。そして生命体が間違った方向に進んだ時、私たち神様が直してあげるのです」
「よくわかりました!」
質問をした生徒は満足そうに微笑みました。そして今の説明をまた熱心に板書しました。
「皆さんはまだちゃんと文明を作ることができません。でもそれでいいんです。そのための授業なんですから。たくさん考えてたくさん失敗して、自分がいいと思う文明を作ってください。では、一〇時まで作ってみましょう」
黒板の上にある時計はちょうど九時を指していました。
生徒たちは、思い思いに文明を作り始めました。黙々と作り続ける生徒、相談し合いながら作る生徒、自分が作る文明はこうだと先に説明する生徒。
教室には子どもたちが話し合う声で賑わいを見せています。暖かな陽光がさす実に穏やかな日でした。
生徒たちはまずベージュ色の粘土を使って、球体を作ります。その大きさはサッカーボールほどのものから豆粒程度のものまで、実にさまざまです。
教室を回りながら先生はその種類の豊富さに感心せずにはいられませんでした。手のひらサイズのものだとばかり思い込んでいたからです。
子どもの想像力はとても素晴らしいのです。
ある神様は、四つの文明が栄えるように大きな川を四本こさえました。文明がたくさんあった方がよりすごい文明が出来上がると考えたからです。
生徒たち徐々に「星」を作り終えた頃、女神は再び壇上に立ち、生徒たちの手を止めさせました。
「皆さん、星は作り終えたようですね。では、実際に生命体を住まわせてみましょう。こんな感じで星に息を吹きかけてください」
先生がそう言って粘土でできた星に息を吹きかけます。すると、ベージュの球体が光に包み込まれて、やがて青く輝きました。星に命が宿ったのです。
「息を吹きかけるのにはコツが入ります。弱くても強くてもダメです。優しくけれども力強く吹きかけてください」
神様たちは自分の作った星を手のひらに乗せ、息を吹きかけました。
かけた息が強すぎた星は、真っ赤に燃えてなくなってしまいました。息が弱かった星は水が枯れ果て生命が育たず荒廃してしまったのでした。
先ほどの四本の川を作った神様の星は、息を吹きかけた最初、真っ赤に燃えてしまい失敗かと思われました。しかしその火は徐々に落ち着いていき、最後には青と緑と白が織りなすとても美しい惑星に変わりました。煌びやかな光を放った「それ」はまるで宝石のようで、周りの生徒たちの目を惹きつけました。
「すごい!どうやったの?」
「コツを教えて!」
その生徒はたちまち人気者になりました。
「優しくやったらこうなったんだよ」
神様が照れ臭そうに言いました。
先生が寄ってきて、愛を持って吹きかけたのですね、と褒めました。生徒は嬉しくて声を上げて喜びたかったのですが、出来上がった「それ」をずっと見つめていました。褒められることに慣れていなくて、恥ずかしさが邪魔をしたのでしょう。
先生は生徒の目線まで腰を屈めて言いました。
「その星に名前をつけてあげたらどうかな」
「名前?」
「そう。そこで暮らす生命が生きやすいように」
生徒は少し考えて言いました。
「『地球』にします」
「チキュウ?」
「うん。地面が丸くて可愛いから」
神様はにっこり笑いました。
「いい名前だね」
先生もにっこり笑いました。
神様たちが星に命を宿らせたことを見計らって、先生は次の説明を始めました。
「今度は生命体が文明を作っていく様子を確認しましょう。もし、間違った方向に進みそうなら手助けをしてあげてください」
地球の神様はじっと観察を始めました。彼が思い描いた通り、地球では四つの文明が栄えていました。面白いことに、地球では高度な知能を持つ生命体とそうではない生命体が共存して暮らしていたのです。これは元は力が非力な知的生命体の生存戦略なのでした。彼らはその虚弱さを知能で埋めることで地上をサバイバルしていました。さらには、一個体の力のみではあまりにも非力なことを理解し、仲間と協力し合うことで大きな力を生み出せることを後天的に学習したのでした。
地球の神様はその協力する様を見て彼らを「人間」と名づけました。
「先生!見てください!この人間という知的生命体は自分の力のなさを埋めるために知能を発達させてます。力で勝てないなら道具を作って自分より強い生命体に対抗します。それでも勝てない時は仲間と協力して勝とうとします。しかも、仲間と効果的に協力するために独自の言葉も発達させています。すごいです!」
地球の神様は興奮していました。地球を見ながら「すごい、すごい」と何度も繰り返しています。
先生はその様子を見て微笑みました。
しばらく観察していると、人間たちは同族で戦いを始めてしまいました。
神様は疑問に思いました。
(どうして同じ仲間同士なのに戦うのだろう)
理由はすぐにわかりました。攻撃を仕掛ける方はいつも食べるものが足りていなかったのです。
(そうか)
と、神様は思いました。(地球のものには限りがあるから、人間が増えるほど食べ物が足りなくなるんだ)
神様は人間たちに自分たちの手で食べ物を作る方法を与えました。人間たちはそれを「農業」と名づけました。争いはこれで解決したかに思われました。
しかし、農業も場所によっては食べ物がうまく育つところと育たないところがありました。また、時によってよく育つ時と育たない時がありました。人間たちはそのことを理解したのか、将来の食糧不足に備えて、食べ物を倉庫に備えるようになりました。
(人間は時間をわかっているんだ!)
と、神様は感心しました。
けれどもどうしても食糧難に陥る集団は、他の集団を攻撃してしまいます。食べ物を奪い取る手段が暴力しかないのです。
神様は悲しみました。これだけ知能が高いのに、言葉も持っているのに、暴力に頼るのはよくないことだ考えていたのです。
神様はこの問題を解決するために、「お金」を与えました。「お金」は食べ物と交換できるチケットみたいなものでした。これがあればいつでも食べ物と交換することができるのです。
人間はすぐにそのお金を使いこなしました。食べ物を安定的に得るためにはお金さえあれば大丈夫だということを理解したのです。人間たちはお金をあるために「働き」始めました。自分が相手の代わりに動くことでその代わりにお金をもらう。そうやってお金を「集める」方法を見つけたのです。
(お金があれば自分がやりたくないことを相手にやってもらうことができるのか)
神様は人間の学習力に驚きを隠せませんでした。
お金が生まれると、今度はいろんな仕事が生まれました。神様が特に気になったのは、学問の領域でした。そこでは研究者が自然について追究したり、研究してわかったことを生徒たちに教えるというものでした。
(すごい。僕たちと同じことをしている)
神様はまたもや胸が高鳴りました。
人間たちは、神学という学問領域を生み出し、神について研究を始めました。これも神様の注意をひきました。
(人間は僕たちの神様の存在がわかっているんだ!)
地球の神様は、もしかしたら人間たちと仲良くなることができるかもしれないとワクワクしました。
人間たちは巨大な塔を作り始めました。彼らはそれを「バベルの塔」と名づけ、神に近づくための梯子として使おうとしたのです。
「先生!見てください!人間が僕たちと話すための塔を建てているんですよ!」
地球の神様は嬉しくなって、その様子を先生に見せました。
しかし先生は目を見開いて、
「今すぐにその塔を無くしてください」
と強く言いました。
地球の神様はびっくりして「どうしてですか」と聞き返しました。
「生命体に私たちがいることを知られてはいけないのです。あくまでも「いるかもしれない」という範囲に留めておく必要があります」
地球の神様にはよくわかりませんでした。とりあえず、バベルの塔を壊すことにしました。けれどもいざ壊すとなると、優しい心を持つ神様は悲しい気持ちになり、なかなか壊すことができません。そこで、神様は思いました。
(そうだ。協力して立てているのだから協力できなくさせればいいんだ)
こうして神様は人間の使う言葉をバラバラにしてお互いに話ができなくさせてしまいました。
それから神様は人間たちが文明を作っていく上で間違えた場合は引き戻してやり、行き詰まった時はヒントを与えてやりました。
「地球の様子はどうですか?」
先生が近寄って言いました。
「人間たちは機械を作って労働を自動化しちゃいました。神様みたいなことをやっています」
地球の神様は先生を見ることなく続けます。「今の人間は神などいないと思っているようです。もちろん、一部の人間は『宗教』という形で僕たちを信仰しているようですが、でもそれは、『いるかもしれない』程度の信念です。人間は自分たちが神だと思っているようで、僕はそれが少し悲しいです」
地球の神様の顔が少し歪んだ。
「どうして悲しいの?」
先生は尋ねます。
神様は先生に向き直ります。
「先生は、自分の作ったものと仲良くなりたいとは思わないの?」
人間たちは再び争いを始めました。しかし今度は何百万人もの人間を巻き込んだ大規模な争いです。彼らはそれを『戦争』と呼んでいました。『戦争』は一瞬で何千人という人間の命を奪いました。また、人間だけでなくその他の生命さえも奪ってしまう恐ろしい出来事でした。
神様は美しい宝石のような地球が汚れていくのを見て胸が張り裂けそうになりました。紺碧に輝いていた地球は黒く燻んでいました。大地には緑がなくなり禿げて茶色く荒廃した陸地が顔を覗かせています。
神様が救いの手を差し伸べようにも、狂気に取り憑かれた人間たちを導くことは不可能でした。もっと地球の神様に力があれば地球を救えたのかもしれません。
(僕はどこで間違えたんだろう)
神様は深い悲しみに暮れました。
ひとまずこの戦いを終わらせないといけないと思った神様は、他の神様に相談しました。
「人間たちが戦いをやめなくて、どうすればいいと思う」
うーん、と生徒たちは考えます。
「戦いのリーダーを無くすしかないんじゃない」
「でもそうすればもっと反乱が起きるかも」
生徒たちはアイデアを出しては自分の意見を主張し合います。するとある神様が言いました。
「毒には毒が効果的だよ。自分たちの過ちは自分たちで尻拭いさせるんだ」
「でもそうすると多くの人が死んじゃうよ」
「修正は早い方がいい」
(そうか)
と神様は納得しました。そして、優勢の方にとてつもなく大きな爆弾を与え、劣勢に立たされている方に落とさせました。
多くの命が一瞬にして燃え消えました。
地球は黒煙に包まれ、まるで炭の中から取り出したようになってしまいました。
人間たちは自分たちがいつの間にか強大で恐ろしい力を乱用していたことに気づき、直ちに争いをやめました。
それは地球がすでにどうしようもなく汚くなっていた後のことでした。
それから地球の神様は再び宝石のような地球を取り戻すため、あの手この手で再生させようとしました。しかし、すでに神を信じず己の欲を満たすためだけに活動している人間を野放しに、かつての地球を復活させるのは難しいことでした。
(これだけ増えた人間をまず減らさないと)
神様には地球という星そのものを守ることが精一杯で、人間たちのことを考える余裕などありません。
神は人を減らすために彼らの社会性を逆手に取ろうと考えました。人はすぐ嫉妬をする生き物だということは観察をしていてわかっていたことでした。それを利用して人を減らそうと考えたのです。
神は「ネットワーク」というアイデアを人間に与えました。あとは人間たちの手でネットワークの技術が醸成するのを待ちます。人間がSNSというものを生み出すと、これが功を奏したのか、人間たちは勝手に弱っていきました。
かつての集団生活の名残がそうさせたのでしょうが、神様には人間たちのその感覚を理解することができません。神様は隣人に嫉妬することなどないからです。
人間たちは子どもを作るのをやめて、自分の生活だけに専念するようになりました。ですから、かつてのような活気のある活動が見れなくなり、地球は再び燻んでしまいました。
(もうダメか)
地球の神様は直観的にそう思いました。
「先生、僕は文明づくりに失敗してしまいました」
しゅんと落ち込む神様を見て先生は優しく語りかけます。
「いいのよ。君たちはまだ若いのだからいっぱい失敗しなさい。失敗してもまたやり直せばいいの。先生もそうやって生きてきたのよ」
女神は神様の頭をポンポンと優しく撫でます。「もう一度新しい文明を作ってみましょう」
僕は軽く頷き、粘土をこねるように、力強く、地球を押しつぶしました。