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カレー論

作者: 嶋 一彦
掲載日:2023/01/15

正月明けは自慢の腕を奮う。

おせちも雑煮も、飽きるというより物足らなくなるからだ。


料理は段取りが命。

材料の調達、仕込み、味付け。

そしてカレーとあらば『定番であれ。冒険はしない』という信条を忘れてはならない。あとはご飯をいっぱい炊いて、相棒の寸胴にお願いすればなんとかしてくれる。


カレーの良いところは男料理の王道であり、大鉈さえ振るわなければ万人受けするという利点と、なにより作る楽しさがあるところだ。


玉ねぎの攻撃に負けてはならない。

灰汁(あく)取りを怠れば勝者になれない。

忍耐と愛情を忘るべからず。


工程が煮込みに入れば、ビールで喉を潤し一休み。たまらん。

料理半分の楽しみはこれで決まり。


一息ついて、鍋の産声に合わせて火加減を整えると、あとは小生のカレー文化のおさらいである。


子供の頃、外で遊んでいると漂うカレーの匂いに期待が膨らんだものだ。

大鍋の前に立つ母は聖母マリア。

らしからぬ太めの脇腹に抱きついて味見をねだれば、炊き途中のジャガイモに爪楊枝。白く糸ひく湯気をふぅふぅ飛ばし、ホクホクと頬張った。


学校でも、給食がカレーの日は朝から討入同様に気合いが入り、おかわり番長の名は誰にも譲らなかった。

今思えばなんとも幸せな時代であった。


誰の町にもカレー自慢の名店はあるだろう。学生時代は私も地元のカレーを食べ尽くした強者だ。

どれもこれも美味しかった。

家庭では味わえない贅沢で上品な、いわゆるデリシャスカレーだ。


唯一、不足といえば、それは満腹に至らぬことだ。今日のように大食い処やチェーン店などない時代。これはカレーを愛する者にとって極めて悲惨な事であった。赴く手間と限られた小遣いでは、致し方ないことではあったのだが。やはりカレーといったら満腹あっての誉れではないか。

若くしてそう気付かされた小生は、それ以来、カレーは自前に拘っている。


僭越ながら家族の中では私のカレーが一番とは思いつつ、なぜか妻のカレーを無言で平らげてしまうところは、惚れた弱みとしておきたい。

どちらに惚れたかは言うまでもない。





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