ガシャドクロ姫はガチャ狂い
お姫様みたい。
それが幼かった頃、私がその方を見て最初に抱いた想いだった。
流れるような白髪に、白百合か骨を想起させる細く整った体。
その大きな紅い瞳はあまりにも蠱惑的で、けれども同時に彼女が普通の人間ではないことを一目で理解するのに充分過ぎた。
「……貴女が、硯ちゃんね?」
女の私でもドキリとしてしまうような声で笑いかける女性に、私はただただ、頷くことしかできなかった。
そんな私に、女性はクスリと微笑みながら視線を合わせると、髪をかき上げながら言った。
「初めまして。妾の名はガシャドクロ。貴女の主よ」
私はその衝撃的な挨拶を、生涯忘れることは無いだろう。
ガシャドクロ。
それは巨大な骸骨の姿をした、大妖怪の一柱だ。
埋葬されなかった死者達の骸骨や怨念が集まって巨大な骸骨の姿になったとされ、夜中にガチガチという音をたててさまよい歩き、生きている人を見つけると襲いかかり、握りつぶして食べると言われる恐ろしい妖怪であり、代々妖怪と共に生きる付喪神の一族である、私こと九十九硯の主だ。
「ふおおおおおおおおおおおおおおっ!!右乳首と左乳首で十連回したのに、虹枠が一つも出ないとかどうなってんのよおおおおおおおおおおおおお⁉」
……ガシャドクロ。
それは巨大な骸骨の姿をした、大妖怪の――。
「こうなったら、いっそ両乳首で回してやるっっ!! 呻れ! 妾の両乳首!!」
「朝っぱらから奇声をあげながら奇行に走るのはやめなさいでございます、このガチャドクロ」
「へぶっふぁ!?」
私の平手打ちを喰らった姫の躰が吹き飛び、襖に大きな風穴を開けた。
幼い頃の私に教えてあげたい。
貴女が仕えているのはガシャドクロではない。
現代に染まり切った超ダメダメな妖怪。ガチャドクロだと。
「ううぅ……妾の給仕係が暴力振るってくる……。付喪神になりたての頃はあんなにも可愛かったのに……」
「いつの話をしているでございますか。とりあえず乳を隠すでございます」
「いいのよ。そこは謎の光さんが隠してくれるから。あ、でもブルーレイ版だとその光が消えちゃうからね!」
この妖怪は何を言ているのでございましょう。
「全く……。貴女は仮にもガシャドクロ様は大妖怪の一柱なのですから、もう少しその辺の自覚をお持ちになるでございます」
「そうは言ってもね? すずりん」
「誰がすずりんでございますか」
「じゃあ、つくもん?」
「熊のゆるキャラみたいな名前で呼ばないでほしいでございます」
「も~、注文が多いんだから~。……では、硯よ」
それまでのだらしない顔から一転して、声に貫禄が宿る。
……こういうところがずるいでございます。
「妾は確かに大妖怪ガシャドクロである。だが、妖怪が闊歩していたのは遥か昔の事。今の世において、妖怪の居場所なんぞないと言ってもいい。この妾も、人の世に馴染むことを強いられた結果、このような化生をしているくらいだしな。そんな妾が、この人里離れたボロアパートの四畳半で大妖怪だからと貫禄を出したところで何にもならんであろう?」
「そ、それは……」
ガシャドクロ様の言葉は正しい。
SNS等の文明が発達するに連れて、我々のような怪異は追い出されるように人々の前から姿を消した。
怪異とは、恐れられて初めて存在し得る者。
怪異を面白がるようになってしまった今の人間の世界に、我々の居場所はどこにも存在しなかったからだ。
今ではガシャドクロ様の言う通り、この狭くボロいアパートの一室で、互いに妖力を補い合いながら細々と人間のふりをして生活するのがやっとである。
「だがな硯よ、妾とて無策ではない。いつの日かまた、妾達妖怪が跋扈する日がきっとくる! その為に始めたのが、このガチャという文明よ!」
そう言って、ガシャドクロ様は私の前にずいっと携帯の画面を近づけて来た。
……雲行きが怪しくなってきたでございます。
「あの、それとこれに何の関係が?」
「ふっふっふ……。このガチャと言う文化には、既に『妖怪・一足りない』や『妖怪・すり抜け』といった数多くの妖怪が住み着いていると聞く。その妖怪たちがどうやって住み着いたかを研究すれば、いずれ妾達も人の世に進出できるってなもんよ!」
「は、はぁ……」
妖怪イチタリナイ? 三丁目に住んでるお岩さんみたいな妖怪でございましょうか。
それに、すり抜け……?
大体の妖怪は壁くらいならすり抜けられるでございますが……。
「まあまあまあ、試しにすずりんもやってみ? 絶対ハマるから」
ガシャドクロ様はそう言うと、ポイッと私に携帯を渡してきた。
「……この、ぴっくあっぷと書いてあるのが出たら当たりでございますか?」
「そそそ。あ、でもあんまりピックアップの事は考えない方が良いわよ? 妖怪物欲センサーってのが居て、そのキャラをイメージしちゃうと出にくくするらしいから」
「なんでございますか、そのちゃっちい妖怪」
……まあ、ガシャドクロ様がこうも熱心に言って下さるのだから、一度くらいはやってみよう。
そう思ってボタンを押すと、携帯の画面に虹色の石が現れた。
もしかして、当たり、でございましょうか……?
「ひ、姫様姫様! に、虹色の石が出たでございます!!」
「え、うっそまじで!? っていうか、姫様って随分懐かしい呼び方ね。それって、妾の所に初めて来た時くらいの呼び方じゃないかしら?」
「そ、そんなことどうでもいいでございます! ほら、当たりでございますよ当たり!」
そうこうしている間に画面では演出が進み、やがて虹色の石が割れると共に女性のキャラクターが表示された。
うん? ぴっくあっぷと書かれていたキャラクターと違う気がしますね。
ですが虹色が当たりなのは姫様の反応から見て確定的。
さぞ姫様も喜んでいるかと思ってその顔を覗き見ると……。
「あ~……。うん。まあ、え~……。今来ちゃう~?」
「あの、姫様? 虹色は当たりではございませんでしたか?」
「いや、当たりっちゃあ当たりなのよ。うん。でもぶっちゃけこっちはピックアップされてるキャラが欲しいからガチャ回してる訳であって、持ってないキャラがその時に来ても嬉しさが半減ってか八割くらい失せるのよ。しかもこのキャラ、サイトとかで見ると評価微妙なのよね…。あ、でも2次創作ではよく使われてる子だから鑑賞用にはしておこっかな。だが妾はピックアップキャラが欲しい!! おのれ妖怪すり抜け!! こうなりゃ天井来るまで課金するまでよ!!」
よくは分かりませんが、どうやらこれも妖怪の仕業らし……課金?
「姫様。これはお金がかかるのですか?」
「………………」
姫様は答えなかったが、長い間仕えている私には手に取るようにわかる。
仕えてこれまで一度もお金を稼いだことが無いこの方は、都合が悪くなると沈黙を答えにすると。
私は微笑みながらその手から携帯を取り上げると、涙目になっているガシャドクロに静かにこう言った。
「没収でございます。このガチャドクロ」