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死神とワルツを  作者:
4/4

結 肉料理

 どれくらい経っただろうか。

 ここでは時間の経過がよく分からない。


 とりあえず暇な時間を使って、私は脳内のぶっ殺すリストにグリムさんの名前を刻んでいた時、いい香りが鼻をくすぐった。


 酸っぱいけれど、香ばしくて少し甘い。

 この匂いを、私はたしかに知っている。


「お待たせいたしました。メインの肉料理で御座います」


 私は身構えた。

 そりゃそうだ。前菜ではジョリパのカメムシ(パクチー)を食わされ。煙草をサラダだと謎理論(自業自得)でやり込められたのだ。

 肉料理だと言われても、子供のように「おーっにくーっ!」って喜べない。何が出てくるか最早予測不可能。

「じつは私の右腕……」とかホラーテイストで言われても驚かない。いや、驚きはしますけれどっ。


 ちょっと避けるように身構える私の左から、グリムさんは配膳する。その時にフワッと臭う。確かな美食のかほり。


「……何の肉?」

「牛肉と豚肉の合挽きで御座います。そう警戒なさらずとも結構かと」


 ミンチか。

 そう思った瞬間、やはりホラー展開を予測する。

 目の前の銀色のボールが取り除かれたら、そこは血の海でした。……ありえる。

 牛と豚のスプラッタ。そしてついにグリムさんが本性を現し、デカイ鎌で私の喉をチョンパ。


 静寂なホールに、私の唾を飲み込む音がやけに響く。


 しかし耳を澄ましてみれば音はそれだけではなかった。

 銀のボールの中で小気味好い油の弾ける音。聞き覚えのある音だ。


「ではこれが最後の料理で御座います」

「最期の?」

「はい。最後の」


 そう言ってボールの取っ手を掴む。

 最期か……。やはりそうだよね。だってこの人、死神だもん。


「それではお召し上がりください」


 私はその声とともに目を瞑った。

 よしこいっ! やるならスパッとやってくれ!


 しかし無言。

 首筋に冷たいものが当てられているわけでもなく。

 それどころか、より一層美味しそうな香りが私を包み込む。


 私は薄眼を開けた。


 テーブルの上には焼けた鉄板。その上にお肉がライドオン。トロリとしたソースが垂れて鉄板の上で弾けている。

 添え物はポテトとニンジンさん。


「ハンバーグで御座います」

「あれ? え? 普通!?」

「何を期待しておいでですか?」


 呆れたようにグリムさんは眉をしかめた。


「いや、だってホラ。今までが今までだったしー。で、このハンバーグはどこの?」


 やたらデカイハンバーグだ。まるでワラジ。見た目的にはファミレスのものではないみたい。

 私は顔を近づけて匂いを確かめる。

 ソースはデミグラスではないようだ。

 酸味と甘い油の香り。おそらく肉を焼いて出た肉汁に、ケチャップとソースを入れて作ったものだ。安っぽいけれど、とても食欲を刺激する臭い。


「うん。あー、ん。そっか……」


 私は言葉に詰まった。

 鼻の奥がツンとする。あ、ダメだこれ。視界がにじむ。まるで水彩画に水をぶちまけたように。

 顔を上げて天井を見上げる。でも無理。抑えられない。

 私の頬を暖かい涙が伝う。


「……ちょっとぉ、ズルくない?」


 私はえぐえぐと抗議の声を上げた。


「お分かりで御座いますか?」


 珍しくグリムさんは控えめに言った。とても優しげな声で。


「分かるわよ。これ、お母さんのハンバーグ……」


 グリムさんが視界の端でお辞儀をする。なんだか慈しむように。


「すごいね。人間の五感って」


 私はソースの香りを嗅いだだけだ。それなのに、それに刺激されたのか、昔の記憶が駆け巡る。


 以下回想


「お母さんとお父さん、別れるからっ。あんたどっちについて行く?」と母は言った。

 小学生低学年の私は「金だけちょうだい。ひとりで生きていく」と言い放った。しかし結局は別れなかった。ある日の夕食の時に「ごめんね。もうちょっと寄生するわ」ウホッと言われた。

 私は心の中で舌打ちした。


 あれ?

 違う違う。


 そうだこれ!

 私が小学生五年生の時っ。

 男勝りな私は男の子と喧嘩することもしょっちゅうだった。でもこの頃になると黒星も着き始めたのだ。

 ズタボロに負けて帰宅した私に母はウホッ言った。

「勝つまで帰ってくるな!」

 そしてバットを渡された。金属の方。


 あっれーーっ?

 あーーっ、ちょっと待って。ちょっと待って。まだ焦る時間じゃない。



 きた! これだ!


 私が中学一年の時。

 乙女の心は踊り、男子の心が騒ぐバレンタインデー。

 黒髪ぱっつん童顔ロリ少女だった私も、人並みに好きな男の子がいた。クラスの人気者だった男の子だ。

 意を決して手作りチョコを渡した私に彼は言った。

「ごめん。俺、熟女しか愛せない」

 心が折れた。ポキン。

 ウキウキしながら結果を聞いてきた母に伝えると、「へぇ。じゃ、私が行こっかなウホッ」と呟いた。

 私は折れた心をさらに閉ざした。


 以上回想


「んーーっ!!」


 私は腕を組む。そして頭を傾ける。

 おかしい。いい思い出がないような気がしてきた。

 なんてエキセントリックな母だ。我が母親ながら言葉を失う。


 でも、そんな日の晩御飯はだいたいハンバーグだった。いちおう母親的には励ましていたのかもしれない。

 ハンバーグは好きだったけれど、ひき肉をばっちんばっちん叩きつけて空気抜きしている母親は、どう贔屓目に見てもゴリラだった。私は父親似でホント良かった。


「……いかが致しました?」


 腕を組んで唸る私の顔をグリムさんが覗き込む。

 なんか心配そう。


「あ、いや。ちょっとビターな思い出がね」


 言い訳する。

 心配そうなのは、ま、そりゃそーだろう。パターン的には母親のハンバーグ食べて、いい記憶を思い出しながら人生に満足して魂を差し出す。それがここの、と言うか、グリムさんの筋書きだろう。


 彼は言ったではないか。料理に満足したら、相応しい対価を貰うと。


 それを私のエゲツない母親が全力で阻止する。母の偉大さよ。


「まぁアレだよね。食べたらもっといい思い出も!」


 私は意を決してフォークとナイフを手にする。

 フォークはまるで豆腐を切るようにスッと肉に入って行く。

 めっちゃ柔らかい。んーー、私のおっぱいと互角!

 切り込みを入れると半透明な肉汁が溢れ出す。

 私の喉がなる。

 とても美味そう。


 たっぷりとソースを絡ませ、いざ口内へ。

 口に入れた瞬間にとろけ出し、口の中いっぱいに肉汁が溢れる。舌を這わせるとほろほろと肉が解け、甘みが鼻から抜ける。


 絶品だっ!


「ファックっ!!」


 私は叫んだ。


「いかが致しました!?」

「これっ」


 ぐりんとグリムさんへ振り返ると、彼は目を見開いて驚いている。


「ぜんっぜんっなってない!! こんなのお母さんのバンバーグと違う!」

「そ、そんな馬鹿な!?」


 ……なんか棒読みくさい気が。


 でもっ、お母さんのハンバーグはもっと硬い!

 これでもかっ、と言うほど肉肉しい。それでいてしっかり肉汁も内包していたはず。そもそもこんな高級っぽくないっ。


「この肉は?」

「岡山県産千屋牛と沖縄産アグー豚の一番美味しいところをミンチにして御座います」

「ちょっと待て! 今までパクチーとか煙草とか喰わせといて、なんでここに来て全力!?」


 その肉お持ち帰りできますかっ。


「そんなんじゃないのよ。やっすいスーパーの肉でいいの。あと、なんか違う。牛と豚の比率は?」

「少々お待ちを」


 言うなりヒュッときえる。

 んで、すぐ戻ってくる。

 グリムさんは肩で息をしていた。


「シェフに確認したところ、50対50だそうで御座います」

「分かった。確認する」


 私はテーブルの下に置いていたバッグを持ち上げてスマホを取り出す。


「すーーはーー」


 なんとなく深呼吸。

 電話帳には登録されていない。もちろん両親の携帯番号なんて記憶していない。

 ならばっ。

 画面をキーパッドにして微かな記憶を探る。

 市外局番はーー


「そうだ。078!」


 震える指で数字をタップする。それだけで十分だった。私の指は私の記憶から乖離し、スムーズに残り7桁の番号をタップする。


 最後の番号を押し終えると、ちょっとの沈黙。私の心臓は破裂寸前だ。


 そして呼び出し音が鳴り始めた!


「……あ、繋がった」


 グリムさんの顔を見上げる。心なしか彼も緊張気味だ。なんでやねんっ。


「あ、その、えっと、私だけど」


 ぷつっと切れた。


 んんーー。もう一度アタック。


「なんで切んねん。あんたの娘、さつきやしっ!」


 母は「そーなん? オレオレ詐欺かとおもったし」と笑った。でもいきなり切んなよ。


「あー、うん。ごめん。それは、うん、帰ったら話す。あっと、聞きたいんやけど、お母さんのハンバーグって牛肉と豚肉の割合なんぼなん?」


 母は面倒臭そうに教えてくれた。


「70対30! すぐ作り直してっ」


 私は叫びながら振り向いた。

 どうせ死ぬなら、キチンとしたものを食べたかった。

 そして今のグリムさんなら、私のテンションに合わせて「らぢゃ」くらい言ってくれるかと思った。


 しかし彼は静かに首を振った。

 ゆっくりと目を細めながら。

 とても優しく。言った。


「それは出来ません」

「なんで!?」


 私はスマホをテーブルに置いて立ち上がった。

 グリムさんはとても長身だ。

 その身体をおり曲げて私に視線を合わせる。


「私どもには宮本さつき様の望む料理はお出しできないようで御座います。どうか、その料理は、さつき様に最も相応しい場所でお召し上がりください」


 ゆっくりと子供に言い聞かせるようだった。そして私のスマホを指差し頷く。


 また鼻の奥がツンとする。

 ちょっと、やめてよね。そう思ったけれど、私はスマホを手にした。手汗がすごい。落とさないように握りしめる。


「あ、お母さん? 私、明日帰るから。うん。それはごめんって。うん、うん。もぅーー、話は帰ってからするから。そんなにウホウホ言わないでよ。ちゃんとお父さんにも謝るから。え? 土下座? 土下座でも寝下座でもしたるわいっ。うん、それとね、明日ハンバーグが食べたい。冷凍? 殺すぞ。うん。じゃあ」


 私はスマホを置くと長い溜息をついた。なんだかすごく疲れた。

 大きく息を吸い込む。そしてグリムさんに向き合った。


「ごめん。そーゆー事になったから。魂を刈り取るのは少し待ってくれる?」

「そもそもご満足頂けなかったのに、対価は頂けません。それに、」


 グリムさんは肩を上げながら天井を指差す。

 するとどこからともなく音楽が響き始めた。

 いつか聞いたどこかで聞いたことのあるワルツだ。

 ハープのしらべが心地よく響く。


「チャイコフスキーのくるみ割り人形から『花のワルツ』で御座います。そろそろ閉店のお時間となりました。本日は御来店、誠に有難う御座います」


 グリムさんは手のひらを差し出す。

 出口までエスコートしてくれるのだろう。


 私はその手を取った。

 とても暖かくて。

 思わず私は言った。


「最後に踊っていただける?」精一杯淑女っぽく。

「貴女は死にますが……」

「だから言い方っ」


 グリムさんはふふっと笑う。


「貴女は死にますが、私はいつ死ぬかなんて一言も言っておりません。ですので、ダンスはまたその時に」


 まるで貴族のように美しく膝をつき、グリムさんは私の手の甲にキスをした。その姿がしだいに薄くなる。

 どうやらお別れの時間。


「おっとその前に」


 彼は懐から手帳を取り出す。


「これでも私は多忙で御座いまして。突然さつき様のご予約がぶっこまれ……ブッキングされてしまい、少々どたまに……どうしようかと戸惑っておりました。できればご予約は遠い未来にしていただけると助かります」

「だから言い方っ」


 もはや定番化した私のツッコミに、彼はニッと笑うと。静かに消えた。最後に声は聞こえなかったが、口の動きで私は理解した。


『またのお越しをお待ちしております』


 とんだブラックジョークだ。



 気付くと私は夜の公園にいた。

 天を見上げればまばゆい星空。

 私は帰ってきた。


 私は地面を確認するように足の裏に意識を込める。

 私はこの大地に、たしかに立っている。その大地には、パクチー野郎もいるし、多田くんやお母さんもいる。

 私は知らず知らず世界とつながっている。


 私はポケットからタバコを取り出した。

 力一杯握りしめる。

 明日から忙しい。こんなもの吸っている余裕なんて、もうない。


 バックからスマホを取り出し、私は電話帳を開く。


「あ、多田くん。おつー」


 今何時だと思っているんですかと怒られた。知らんし!


「ごめんごめん。でさ、来月の飲みだけど、やっぱ行くわ。ん? イケメン?」


 私は胸に手を当てた。

 いけっ! さつき!


「いらない。二人で飲みに行こっ」



 世界の中心がどこかなんて知らない。でも私にとってここが世界の中心だ。


 it's a Wonderful World!


 ーー完ーー





次回作は年の差恋愛ファンタジーを

と思ったけど、ちょっと心折れたポキン

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