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死神とワルツを  作者:
3/4

転 サラダ

 草を食べて、じつはもうひとつ思い出したことがある。


 私はデニムの業界で働いている。

 テーブルの下に置いているバッグもデニム製だし、今私が履いているパンツもデニム。

 左のレッグはワイドで右がテーパード。一風変わったシルエットのデニムパンツは、私の手製だ。以前にメーカーへのプレゼンとして制作したサンプル品である。

 なかなか反応は良かったけれど、製品としては世に出なかった。わざわざ岡山から東京まで出張したのに、成果としてはOEMをいくつか受注しただけで終わってしまった。


 出張最後の夜は、部下くんとベロベロになるまで呑んだものだ。もちろんベロベロなったのは私だけで。最近の若者は酒もタバコもやらない。そろそろ三十路に手が届く部下くんも御多分にもれず。


「多田ぁ……麦水むぎみじゅおれがい(お願い)」私の呂律はすでに怪しい。

「ちょっとぉ、さつきさん呑みすぎっすよ」


 そう言いながら注文をしてくれる。なかなか優しい。

 んがっ!


「は? これ、ビールだし。むぎみじゅったら麦焼酎みじゅ割でしょうがっ」

「ダメです。呑みすぎ吸いすぎ。長生きできませんよ」


 部下くんこと、多田くんはトマトジュースを飲みながら言った。


「いいのいいの。好きに生きて好きに死ぬ。別に誰にも迷惑かけてないしー。って、これビールじゃないし。シャンディガフだし」

「少しでもアルコール少ないのにしました」

「うぬぬ。いらぬ世話を」

「そういえばさつきさんは東京の大学だったんですよね。なんでわざわざ岡山で就職を?」


 あからさまに話題を変えようとする多田くんを、私は恨めしそうな目でチラリ。多田くんはえらいスマートな仕草で注文ベルを隠した。


「べっつに。大した理由じゃないよ」


 私は仕方なくシャンディガフを呑んだ。何これ。ジュースじゃん。


 大した理由ではない。

 デニムが好きだからだ。岡山はデニムの加工ではトップランナーでもある。だからそこに就職した。それだけ。


 でも。


 デニムを好きになったのは、初めて付き合った元彼の影響だ。

 デートといえば服屋や古着屋をめぐる。それが私たちの休日の過ごし方だった。

 そしてそれは別れてからも私の日課として続いた。


「そうか。私が岡山なんぞにいるのは、あのパクチー野郎のせいかっ」


 良かったのか、そうじゃないのかは分からない。遊ぶ場所もたいしてなく、休日といえばイオンがパンクしそうになる田舎。私の故郷と大差ない。


「ま、いいんだけどねー。でもパクチー野郎と出会わなかったら、TOKYOでパリピになってた可能性も……」


 あったかもしれない。

 んで、そこでいい男と出会って結婚して、離婚。おいおい、想像でも離婚しちゃうのかよ。


「ん。やっぱぶっ殺しに行こう」


 私が再び立ち上がったのと、グリムさんが唐突に現れたのは同時だった。


「グリムさんさぁ、不思議演出するの飽きてきたんでしょう?」

「はい。いえ、まあ。さつき様にはもう不要かなと存じまして」


 なんか面倒臭そうにそんなことを言う。

 私の扱い雑じゃね?


「まあいいけど。で?」

「サラダをお持ちしました」

「サラダ? んーー、ちょっと待とうか。それさ、最初に出す料理じゃない?」

「特別なサラダですので。特性を鑑みまして、オードブルでお出しするには適さないと判断いたしました」

「特別ぅ〜?」


 私はグリムさんを見やる。

 見やる。

 見やる。

 彫刻のように微動だにしない表情。床に生えているんじゃないかと思えるほど安定感のある立ち姿。


 しかし私は見逃さない。スルスルーっとグリムさんの黒目が泳ぐ。


 どうやらめっちゃ高級なサラダとかじゃない。高級なサラダとか言われても想像もできないけれど。

 たぶんまた全国チェーン店のサラダだ。

 コールスローなのか?

 だったらびっくりドンキーを所望する。あれは好き。死ぬほど食べたし、いろんな人と食べた。たくさん記憶にも残っている。


 グリムさんがボールの取っ手を掴む。


「コールスローかもーんっ!」私はひゃっほうと右手をあげる。もうツッコミなんてしないからなっ!


「アメリカンスピリッツ1mgメンソールで御座います」

「はい煙草きましたーーっ! え!? は!? 煙草っ?」


 銀製のトレーの上には黄緑色の箱がたんまり乗っかっている。インディアンが煙草を吸っている、お馴染みのイラスト入りのやつ。


「えーーと……」


 どこからツッコんだらいいんだ?


「当店で有機栽培したタバコの葉で忠実に再現いたしました。職人による一点もののパッケージもご覧下さい」

「……ロイヤリティの概念はどこに」

「本物以上の本物と自負しております」

「確かによく出来てるけど」


 私は手のひらサイズの箱を手にする。

 手触りも違和感ない。どこから見てもアメスピ。


「って、そこじゃなくっ。サラダって言ったじゃん」

「では恐縮でございますが……」


 グリムさんはそう言って顎に手をやる。何かを思い出すような仕草。そして小さくゴホンと咳を一つ。


「『ええーー? 野菜? 食ってる食ってる。ポテチ。ジャガイモは畑で出来てるんだから野菜でしょ? 大丈夫よ多田くん。毎朝もっさりウンコ出てるしっ』」

「……それ、誰のモノマネ?」


 グリムさんは手のひらで私を指し示す。

 私は両手を額にやる。

 そっかー。そんな風に聞こえるかー。


「従って、宮本さつき様の理論的には、煙草も野菜でございます」


 うやうやしくお辞儀をする。ほんと慇懃無礼。


「あのさグリムさん」

「はい」

「ここら辺に穴、あるかな?」

「穴、で御座いますか?」


 グリムさんは頭をあげて不思議そうに尋ねる。


「あのね、こーゆー時はね、穴があったら入りたいもんなの」

「左様で御座いますか。では、別室に御座いますのでご案内いたしましょう。地獄への穴で御座います」

「いい。やっぱやめとく」


 私は全身でお断りした。ビシッと。

 死ぬのはもう理解してるけれど、自分から地獄へダイブするほどのM気質はない。


「あーもー分かったわよ! これはサラダ。煙草はサラダ! 吸えばいいんでしょっ」


 肺ガンの患者に煙草を勧めるとか、ほんと頭おかしい。

 って、自分からさっきまで吸ってたから一緒か。


 私は見慣れた煙草をくわえる。すかさずグリムさんがマッチで火をつけてくれた。


「すーーーーっ! ふわわーーーー」


 思いっきり吸って、思いっきり吐き出す。


「いかがで御座いましょう?」

「……軽いわね」


 私が吸っているアメスピは緑色の箱の12ミリ。1ミリなんてまるで吸った気がしない。そもそも1ミリで満足するなら、とっくに禁煙してるわい。


「宮本さつき様が普段お吸いになっておられる物は健康によく御座いません」

「1ミリだって一緒だって……」


 私はため息とともに紫煙を吐き出した。

 分かった。思い出した。


「ですが、いきなりやめろと言うのも酷で御座います。軽いものに慣れて、しだいにやめてはいかがかと」

「うん。それ、多田くんにも言われたわ」


 例の出張の時だ。

 多田くんとサシで飲んでた時。私の煙草はマッハで減っていき、一時間も経つ前に無くなってしまった。

 すでに私はベロッベロで、見かねた多田くんが「近くのコンビニで買ってきますよ」と店を出て行ったのだ。


 そして買ってきたのが1ミリのアメスピ。

 恨めしそうに見つめる私に、多田くんが言ったのが、さっきのグリムさんのセリフだ。


「……うん。思い出した。グリムさんは何でも知ってるねー」


 私は非難がましく言った。そして「その後のことも……お見通し?」と聞いてみた。知らんと言ってくれー。なんなら死んでくれー。


「はい」


 即答。

 ぐはっ。死ねる。


「『煙草やめないと、彼氏ができたらキスの時に嫌がられますよ』と多田様は仰っておいででした。そして……」

「あーーっ。ストップストップ、プリーズっ!」


 ジタバタする私をガン無視してグリムさんは続ける。

 なんかニヤっと笑っているように見える。死ねっ。


「『えっと、ほら、僕も吸わないし』と恥ずかしそうに多田様が仰った後……」

「やーーめーーてーーっ!」

「『な、なーーに言ってんのよ。多田くんは関係ないしっ。なんなら私よりもっと吸うイケメンと付き合ったらいいしっ。ってか、イケメン紹介しろ多田っ』、と顔を真っ赤にして宮本さつき様は煙草を逆向きにくわえたと存じます」


 何その存じますの使い方っ。


「はぁーー。あんたさ、楽しんでるでしょ?」

「私は楽しんでいただく側で御座います」


 もうね、言葉の端々からからかってるのが分かる。彫像っぽさどこ行った? なんかめっちゃ、やらかくなってるし。


「布団と枕を用意してちょうだい。枕は大きめでっ」


 私のリクエストにグリムさんは首を傾けた。


「女の子はねっ、こーゆー時は枕に顔を埋めてジタバタしたいもんなのっ」

「……たいへん言いにくく存じますが、宮本さつき様を『女の子』と定義するには少々無理が御座います」

「死ねっ」


 私は力なく吠えた。

 んなこと分かってるわい!


「では、枕はご用意できませんが、次の料理をお持ちします」

「あーー、ちょっと」


 私の声にグリムさんは振り向く。


「さっきの、多田くんも、その、覚えてるのかな?」


 私の問いにグリムさんは初めて頬を緩めた。


「しっかりと」


 そして目の前で消える。


 グリム・リーパーが死神を指す言葉だなんて、さすがに私でも知っている。でも、死神がニッコリ笑うなんて、たぶん世界で私しか知らないだろう。


 んでっ!

 帰ったらだ、多田くんの記憶がなくなるまで殴りつけよう。そう思った。




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