徹夜について
「ピンポンピンポーン、女子大生のお届けですよー……って、うわぁ⁉︎」
玄関から椎菜が勝手に入ってきたと思ったら、勝手にドン引きされた。
部屋の現状に対してか。それか、私に対してか。
「巴先輩が休講で大学に来ないから、私の方から押しかけてみれば何なのですか、これ」
「何なのですかと言われれば、ゲームをしてるとしか言いようがないが」
「ええ、それは見ればわかります。もうひとつわかるのは、先輩、昨夜寝てませんね?」
「寝てないな」
「徹夜でゲームですか」
「世界を救わなくちゃいけないからな」
「先輩の現状にこそ救いが必要ではないかと」
改めて周りを見ると、ポテチの袋、ペットボトルのジュース、お手拭き、そして手元のコントローラー。目の前のテレビ画面には、自身と仲間、救わなければならない世界が広がっている。
世界を救う準備は整っていた。
「いや、見事な徹夜ゲーム支度ですけれど、徹夜は身体に悪いですよ。隈もできてますし」
「それはくまったな」
「困ってください。先輩も女の子なんだから、無茶はしないでくださいよ。とにかく、今日はもうゲームはやめて寝てください」
「ちょっと待ってよ、母さん」
「誰が母さんか」
寝てないせいで今日はキャラがブレブレですよと、呆れ顔の椎菜。
む、そんな酷いことになっていたのか、私。
「わかった。セーブポイントまでやったら止めるよ」
「そうですね。キリのいいところまでやっててください」
「ラスボスを倒した後ってセーブできるよな」
「……先輩?」
「冗談だよ、冗談。次の町の教会でちゃんとセーブしてやめるから」
先ほどは十割冗談で言ったのだけれど、確かにまるで母親とのやり取りみたいだった。
「それにしたって、どうして徹夜してまでゲームしてたんですか?」
「ゲームで徹夜なんて、きっと大学生のうちしかできないだろう。前々から思う存分RPGをやりたいと思ってて、休講の日を狙って今回実行に移しました。私悪くない」
「悪くないと言う割に言い訳じみた言い方になってますが」
私の調子も狂っちゃいますよ、とまたも呆れられた。先輩としての意地なんてものはまるでないけれど、後輩に迷惑をかけてしまうのは気がひける。
いや、待て、おかしい。そもそも私は椎菜を呼んだ覚えなどないし、世話を焼けとも言ってない。
誰にも迷惑をかけない休講の日を選んで、徹夜で遊んでいたのに。
「そこはそれ、最初に言ったじゃないですか。女子大生のお届けですって」
「頼んでない。返品はできるのかな」
「できませんね。女子大生は自分の行きたいところに行くお荷物なんです」
「それは……面倒だな」
私は教会でセーブしてから、立ち上がった。うう、身体が痛い。ずっと同じ姿勢で居たからか、首やら肩やら背中やら腰やら、いやもうほぼ全身が軋むようだ。
カップを1つ取り出して、冷蔵庫からペットボトルのお茶を入れた。
「お荷物は迷惑だが、お客は迎えるよ。私はちょっとシャワー浴びてくるから、まあ適当に過ごしてて」
「ありがとうございます」という言葉を背中で聞きながら、私は棚からタオルと下着を持って風呂場に向かってのそのそと歩く。
風呂から上がったら多分泥のように眠ってしまう。しかし、椎菜はどうするつもりか。帰るなら帰るで構わないし、帰らないなら帰らないで好きにさせよう。
今はこの眠気が心地よい。欠伸をして浮かんだ涙も拭わない。いずれ乾く。
たったそれだけのこと。