台風について
「台風ですね」
「台風だな」
「台風の日に書いたっていうのが丸わかりですよね」
「椎菜。この世には言って良い事実と悪い事実があるんだぞ」
まあ別に良いんだけどさ。
「ところで椎菜、お前いつ帰るつもりなんだ。台風の日にウチに来て、しかもいつまでも何かと理由をつけて帰ろうとしないから、すっかり外は雨が降りしきり、風が吹き荒んでるぞ」
「わたしとしたことが何という不覚。これでは帰れなくなってしまいましたね」
「私は別にこの悪天候の中お前を家からつまみ出しても全く心は痛まないんだが」
「お願いします。どうかわたしを泊めてください」
一人暮らしの大して広くもない室内で、美しい土下座を決める椎菜なのだった。
まあ良いんだけどさ。
「家に居るだけでやり過ごせるなら、台風もそんなに嫌いじゃないんですよね、わたし」
「へえ、そうなのか?」
「何だか、危険が迫ってる! みたいな感じでワクワクしませんか?」
「いや、わからん」
「えー、テンション上がりますのに」
普通に不便なだけだろう。交通機関や色んな施設が機能しなくなって、大なり小なりみんなが台風の被害に遭う。
身近な例で言えば、昨日の買い物の時にコーヒーを買い忘れてしまったため、明日の朝の分のコーヒーがなくなってしまった、私の小規模な被害もある。この天気では買い物はおろか外に出ることすら躊躇われるからな。ちっちゃいエピソードとは言え、ルーチンワークが崩れるのはちょっぴりストレスが溜まる。
だから、台風はどちらかと言えば好きではないんだけれど。
「雨の日の夜は割と好きなんだよね」
「雨の日の……しかも夜ですか? なんでです?」
「勿論外に居る時はそりゃ嫌だよ。でも、寝る時に真っ暗な部屋の中、微かに外から聴こえる雨の音をBGMにしながら布団を被るのが好きなんだよ」
「あー、わかりますわかります! 布団を被ってるだけでも安心感がありますけど、雨の降る日は悪天候の中から守られている感じがして、安心感が増すんですよね」
「そう。まさにそれ。雨の日自体が好きってわけでもないんだけど、不幸中の幸いというか、雨の日の中のちょっとした幸せ、みたいな」
「晴れの日には味わえませんからね。ただ、それだったら台風の日の夜は余計に安心感が増しませんか?」
「いや、あんまり雨風の音が大きいとうるさくて眠れない」
「あー」
「普通の雨の日でも雷の音がうるさいとイライラする。睡眠の邪魔をしない程度の小雨だけ降って欲しい」
「……気象現象に注文多いですね」
わたしは雷も好きなんですけどねと、椎菜は言う。
「雷って花火の音みたいに大きいじゃないですか。しかも、ピカッと光りますし。スリルもあって、わたしは好きです」
「椎菜の言うその全てが嫌いだな。やっぱり音が大きくてうるさいし、音より光の方が早いからピカッと光った後で音がするのもなんか不快だし、雷くらいで一々キャーキャー騒ぐ姦しい連中がめっちゃ嫌い」
「巴先輩、それは流石に嫌い過ぎです」
というか、先輩、本当は雷だけじゃなくて、雨の日も台風も嫌いなんじゃないですか。
椎菜の言う通りだ。雨も雪も降らない普通の日の方が良いに決まってる。雨もたまに降るくらいならば仕方ないけれど、極力何も降らない晴れの日であって欲しい。台風みたいな降りすぎ吹きすぎな日など以ての外だ。
明日天気になあれ。
椎菜でも窓に吊るしておけば、台風は過ぎ去ってくれるかしら。
「何もしなくても台風は過ぎ去りますから、そんな軽いノリで拷問めいたことをしないでください」