報告をしよう
私は椎菜と付き合うことになった。
付き合ってくださいと言われたので承諾したら、何故か逆に問い詰められたけれど。
何故と言われても、正直なところ積極的な理由がない。
断る理由がないから受け入れる。それだけのこと。ただ、これに関しては大抵の人が断るところを断らなかったのだから、意味はあると思う。
が、それだけじゃダメなのだろう。
椎菜は「ラブ」が必要だと言っていた。あの時の椎菜は少しテンションがおかしかったので何故かカタカナ語になっているけれど、つまりは愛だ。
愛。愛ねぇ。
私の心にも他の誰かに向ける愛とやらがあるのは確かだけど、自覚的にあまり考えることがなかった。そもそもが大抵の他人が私にとっては嫌いか無関心だからだ。「ラブ」どころか「ライク」すらあまり働いていない。
椎菜への感情は少なくとも「ヘイト」ではないにしても、付き合うことを受け入れられるくらいには「ラブ」か「ライク」なのだろうか。
うーん、やはり「ラブ」に慣れない私だけで考えるのは難しい。「ラブ」というか愛は愛でも、家族愛ならあるのだけれど。
ふむ、家族愛か。
「もしもし、環?」
私は妹の環に電話をかけることにした。そこまで頻繁に電話をすることはないけれど、環が電話に出るのにワンコール以上かかったことは今まで一度もなかった。
私からの電話に対して待機でもしていたかのように。
『……お姉、どうしたの?』
「ちょっと変なこと訊きたいんだけどさ」
『……なに?』
「愛って何だと思う?」
『……椎菜さんと付き合い始めたの?』
逆に訊かれてしまった。しかも、付き合い始めたことを見抜かれている。
「うん、まあそうなんだけどさ。なんで知ってるの」
『……知らなかった。でも、何となく。お姉がそんなこと訊いてくるから』
「なるほど」
よっぽどのことがない限り、私が愛について訊いてくるはずがないとこの妹は考えている訳か。
まあその通りなのだけれど。
『……お姉が知りたいのは、愛というよりも恋愛感情なんじゃないの』
「恋愛感情」
『……うん。お姉は恋をしたことがないから、恋する気持ちがわからないんでしょう』
「そうそう。環はわかるの? 恋する気持ちって」
『…………大好きっていう気持ちなら』
「おお、本当に? 具体的に教えてくれない?」
『……特別に扱って欲しい。頭を撫でて欲しい。優しくして欲しい。甘えさせて欲しい……わたしだけに』
「相手に望むことが多いんだな」
『……わたしはそうかも。お姉にとってもそうかはわからないけど』
「うーん、私が相手に望むことか……うーん。なかなか思いつかない。好きなようにすれば良いと思う。投げやりな意味じゃなくて」
『……お姉らしいね』
「あ、でも、一つはあるな。私にも相手に望むことが」
『……何?』
「早く逝ってしまわないこと」
『……………………』
「やっぱり大事な存在ほど目の前から消えてしまうのは悲しい。モカも、あの子と犬にしては長生きした方だけど、望めるならもっと一緒に居たかった」
『……お姉』
「だから、欲張って良いのなら、もっと長くずっと健やかで側に居て欲しい。……椎菜も、環も」
『……うん。わたしも望んでる』
「後のことは追い追い考えていけば良いか。うん、そうしよう。ありがとね、環」
『……うん。またいつでも電話してね』
「それじゃあ、今後も頑張るよ。環もね」
『……うん』
「環もね」
『……なんで二回言うの?』
「良いからっ。お返事は?」
『はい』
そうして私は画面を小気味好く弾くように押して、電話を切った。
✳︎
巴が環に電話をかけた一時間ほど前のことである。
「もしもし、環ちゃん? こんばんは、椎菜です」
『…………なに?』
「環ちゃんに一応報告をしなければと思って」
『……何を?』
「この度、わたしと巴先輩がお付き合いすることになりました」
次の瞬間、通話が切られた。椎菜は慌てて環に電話をかけ直す。
「もしもし? 通話を切らないで」
『……っ。……お姉が取られた』
「取ってない取ってない! 環ちゃんからお姉さんを奪うようなことはしないから、泣かないで!」
『……泣いてない』
「電話口でもわかる涙声だけど、まあ、それはそれとして。環ちゃんにはきちんと報告しておかなきゃと思って電話をしたの。……ついでに言えば、少しだけ相談もしたいんだけど」
『……相談?』
「うん。一応きちんと告白して巴先輩からオーケーを貰ったんだけど、巴先輩ってちゃんとわたしのことが好きなのかなーって。そもそも、恋愛感情をちゃんとわかってらっしゃるのかなーって、ちょっと不安になってしまって」
『……お姉は嫌なことは絶対に受け入れない。恋愛感情がわかってないのは経験がないからしょうがないと思う』
「経験がないって知ってるんだね」
『お姉が誰かと付き合うなんて許さない。つもり。だったから』
「シスコンの環ちゃんが目を光らせていた訳だね」
『うん』
「うわ、即答。でも、確かにそんな環ちゃんの言葉なら信じられるね。だから電話したんだけど」
『……まあ、うん』
「ところで、わたしの最初の相談はどうでしょう? どうすれば良いと思う?」
『……努力あるのみ。努力すれば自分を納得させることができる。お姉もちゃんと見てくれている』
「努力かぁ。……長い目で見て頑張らないといけないなぁ」
『……諦めるなら今のうち。まだお姉も傷つかない』
「ダメだよ。諦めないもん。好きだから、巴先輩のことも、環ちゃんのことも」
『……ふぅん』
またも環から通話を切られてしまった。
けれど、今度はきちんと伝えるべきことを伝えることができたという手応えが椎菜にはあって、この日はもう電話をかけ直すことはなかった。
二人からの環への交際報告はこのような感じであった。




