愛犬について
20話到達しました!
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いつものように、わたし、椎菜は巴先輩の家に上がりこみ、今日は巴先輩の機嫌が良かったことにつけ込んで、ご飯とお風呂をいただき、二つ並べた布団にわたしたちはそれぞれ潜り込んでいた。
夜。先ほどまでは点けていたテレビや部屋の明かりも全て消されて、真っ暗になっている。暗闇に目が慣れてきて、天井の壁紙が見えるようになってきたーー数えられる天井の染みはないけれど。
限られた視界ではむしろ他の感覚が鋭敏になる。今の場合は聴覚。
パジャマと布団の衣擦れの音がよく聴こえる。
「巴先輩、寝つけないんですか?」
わたしが潜めた声で訊いてみると、
「私は元々寝つきがそこまで良い方じゃないんだよ」
先輩がほとんど吐息交じりの声でそう言ってきた。意図したことじゃないだろうけど、声音に色気がある。
「それなら、ピロートークでもしますか?」
「……ピローじゃなければ」
先輩は壁の方を向いたまま答えた。
多分、わたしから話を振らないとこのままお流れになって眠ってしまいそうだ。
この静かな雰囲気がちょうど良い。
そろそろ、あの話をしようと思う。
「昼間に文房具屋の前で見たワンちゃん可愛かったですよね。わたし、犬にはあまり詳しくないんですけど何ていう犬種なんでしょう?」
「……。わかんない。多分、あの子は雑種だと思うよ。レトリーバーの血が入ってるのかな。まだ仔犬だったけど、脚が大きいからアレは大きくなる」
「さすが巴先輩、詳しいですね」
「何が流石だよ。別に詳しいほどじゃない」
「先輩も昔、犬を飼っていたんですよね。環ちゃんから聞きましたよ」
巴先輩の妹、環ちゃん。傍目から見ても、姉妹仲は良かった。
「…………そうだよ。ついでに言えば、環から聞いたよ。昔犬を飼っていたか椎菜から訊かれたって。どうしてそう思った?」
「何となくですね。確証までは持てなかったのですが、時折先輩に犬を特別に、大切にしているような挙動や発言がありましたから」
「そうだったっけ?」
「ええ、間違いなく」
先輩は少し下にずり下がった布団を肩の方まで引き寄せる。
「まあ、そうだね。私は犬が好きだよ。飼っていたこともある」
「飼っていた、ということは、もうその犬は……?」
「うん、死んだ。私が高校に上がる前くらいに」
「…………」
「私が生まれた時からずっと一緒だったから、長生きした方だと思う」
「名前は、何ていうんですか?」
「モカ。茶色い毛のフワフワした可愛い子だった」
「環ちゃんから聞きましたよ。巴先輩によく懐いていたんですってね」
「うん。私もあの子が大好きだった。ペットとの向き合い方は人それぞれだけど、私にとってあの子は掛け替えのない家族なんだよ」
普段の巴先輩にはない、感情のこもった声音だった。壁を向いているから表情は窺えない。それでも、わたしに見える背中は少女の小さな背中に見えた。
「もし、もし良ければなんですけど、先輩とモカちゃんとの話を、わたしに聞かせてくれませんか?」
これは分が悪い賭けだった。わたしがこれまで遠回りをしてきたのは、愛犬とのことは先輩にとっての楽しかった思い出でありトラウマでもあるだろうと思うからだ。
話してもらえないならばもらえないで仕方がない。だけど、話してもらえるのならば、聞いてみたい。
巴先輩のことが知りたい。
それが、わたしの“好き”という気持ちだから。
「………………」
数秒間静かな部屋に流れる沈黙。やがて、先輩は「どこから話したものかな」と呟いて、
「良いよ、簡単にだけど、私とモカとの昔話をしてあげる」




