美人について
「椎菜、一緒に学食行かない?」
授業終わりのわたしに声をかけてきたのは、同じ学部・学年の加奈子だった。ゼミは違うけれど、授業が重なることが多くて自然と話す機会が多くなった友だちの一人だ。
「うん、良いよ」
本当は、恐らくこの時間帯に学食に来ているであろう巴先輩を探しに行きたかったけれど、加奈子の誘いを断れる明確な理由もなかったので了承した。
お昼の時間帯ということもあり、混雑した学食で何とか二人分の席を確保してから、それぞれ買いに行った。
やっとの思いでわたしはカレーを買ってきて、確保した席に腰を下ろした。少し経ってから、カルボナーラを買ってきた加奈子も戻ってきて、一緒に食べ始める。
さっきの授業中いかに眠かったか。レジュメに書いてある通りのことしか教員が話さない。目の前に背の高い人が座っていた。しからば、寝る以外の選択肢はあるまい。
そんな話をしていると、加奈子が、
「ねえ、アレって巴先輩じゃない?」
加奈子が指差した方を即座に振り返ると、巴先輩が一人で黙々とラーメンを食べていた。
「あの人、やっぱり美人だよねー」
「うん」
巴先輩は改めて言うまでもなく美人だ。
肩まで伸ばしたサラサラの黒髪。長い睫毛に縁取られた少し垂れ気味の目、通った鼻筋に形の良い唇。
最低限の化粧しかしていないことを聞いた時は、いくらお慕い申し上げる先輩に対しても、同じ女子として妬ましくなった。
「椎菜って、巴先輩と仲良いんだよね? 美の秘訣とかって聞いてないの?」
「うーん……。ちょっとよくわからなかったかな」
「えー」
秘訣も何も、巴先輩は自分の見た目に関心がない。いや、人並みに最低限の見た目は気にしていても、その美貌には全く関心がないらしい。
誇りに思うでも疎ましく思うでもなく。
ただただ、あるがままに。
投げやりにも似たソレは、関心がないだけというただその一言に尽きる。
「あーあー、良いなー。椎菜も可愛いしさ」
「それほどでもあるけどないよ」
「へへっ、どっちだよ、それ」
「わたしは二流の素材を頑張って一流にまで引き上げてるの。日々の努力の賜物なんだから」
「ははー」
化粧、髪型、ファッション、立ち振る舞い。人からよく見られたいなら、それに見合った努力でポテンシャルはいくらでも補える。
例え本物には敵わない偽物だとしても、引け目は感じない。
前向きな偽物は誇っても良いのだから。
「加奈子、そんなに見た目を気にしてるなんて、誰か好きな人でもできたの?」
「んーん、別に。私のときめきセンサーはまだ反応してない」
「何よ、ときめきセンサーって」
「心動かされる、恋の予感を察知した時に反応するセンサーだよ。ほら、こんな風に」
加奈子はそう言って、サイドテールを手でぴょこぴょこ動かす。吹き出してしまった。
「椎菜の方はどうなの? 誰か好きな人とか居ないの?」
「居るよ」
「ええっ、マジで⁉︎」
「うん。……でも、加奈子の言うときめきとは少し違うかな」
「ん、どういうこと?」
「わたしの恋心って、まず好奇心から入っちゃうんだよね。好きな人って気になる人とも言うでしょ。わたしはどちらかと言うと、気になる人って感じなの」
「それって何が違う?」
「言い方が違うだけかもしれないけどね。ただ、その人のことが気になって、ついつい目で追ってしまって、話がしたい、もっとその人のことを知りたい。わたしをそういう気にさせる人のこと」
「おお、それは恋だね。間違いない。それでそれで、そんな椎菜ちゃんの意中のお相手とは?」
「ひ・み・つ」
「ええー、なんでよー?」
「加奈子は口が軽いからねー」
「そんなことないよー」
「秘密は秘密よ」
わたしが気になっているのはもちろん巴先輩のこと。
美しくて、少しぶっきら棒でも優しいあの人が、何故ものごとにほとんど執着しないのか。
まるで心を遠くへ置いてきてしまっているような。
わたしはそれが気になって知りたくてしょうがない。




