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登校について

 先日、妹も実家に帰り、いつものように私は一大学生として通学路を歩いていた。

 大学は地下鉄から歩いて五分の距離にあり、私は地下鉄を降りてからキャンパスへ向かう大学生たちの群れの中に混ざる。

 何も考えずにただ歩いていると、

「巴せんぱーい!」

 後ろから声と足音が近づいてきた。振り返ると、まあ何というか、これもいつものように、椎菜の姿があった。

 私のところまで駆け寄って来て、息切れもせずに椎菜はそのまままくし立てる。

「おはようございます。登校中に先輩と会えるなんて素敵な偶然ですねえ」

「おはよう。その素敵な偶然とやらは、もう両手で数えきれないほどの数になってるんだが、果たしてそれは偶然と言えるのか?」

 私の履修科目をいつのまにかこの後輩に全て把握されているので、授業に合わせた時間帯に決まった地下鉄に乗るようにしていれば、自然と時間はかち合うというもの。

 ありふれた必然でしかない。

「まあまあ、良いじゃありませんか。誰かと一緒に登校するのって素敵でしょう。中学生ぶりです」

「中学生ぶり? 高校は?」

「高校は自転車通学だったんですよ。しかも高校も割と家から遠くて。途中まで一緒の方向という友だちは居たんですけど、基本的には一人でしたね」

「そうなんだ。確かに、自転車だと誰かと喋りながら登校するのは少し難しそうだな」

「そうなんです。並列走行していると違反切符切られるし、直列だと声を張り上げないといけません。しかも、前を走る人は話しかける相手を見ずに話すことになりますしね」

 リアルな話だった。実体験なのかもしれない。

「だから、こうして大学生になって先輩とイチャイチャ登校できるようになって、わたしは嬉しいのです」

「そうなんだ。良かったね」

「むぅ。そこの相槌は適当にしないでくださいよー」

『いい加減に』ではなく『相応しい』という意味で適当だと思うんだけどね。

「先輩は高校の時はどうやって通学してました?」

「私は電車と歩きだったよ。今と同じ。ただ、高校の時はもっと距離があったから、雨の日とかはたまにバスを使ってた」

「なるほどー。では、当時はお友だちと賑々しく?」

「ないな。電車では本読んでたし、歩きも一人でボケーっとしてた。たまに同級生に話しかけられたり、寄り道に誘われてついて行ったり断ったり」

「それ、本当に『たまに』でした?」

「うん。基本は一人だったな」

「賑やかな登下校はお嫌いで?」

「うーん、別に」

 一人の時と複数の時をそれぞれ思い返して、頻度が高いのが一人の方だっただけのこと。特にこだわりはない。

 ただ、学校の行き帰りに誰かが一緒の時もあったし、そうでなければ一人なだけで、意識はしていなかった。

 意識というよりも、思い入れがない。

「だから、私が大学に行く時間に椎菜が合わせて押しかけて来ても、別に嫌じゃないからな」

 一応気を遣ったつもりだったけれど、椎菜の表情はあまり晴れない。

「嫌じゃない、ですか。そうですかそうですか」

「ん、何かまずい言い方だった?」

「いえいえ、巴先輩のお気遣いにはとても感謝しておりますよ。ただ、」

 ただ?

「折角ならば、『嫌じゃない』よりも『嬉しい』と思っていただきたいと思いまして。その方が前向きで良いでしょう」

 微笑みながら椎菜は言う。

 否定の否定ーーつまり、二重否定は言語によっては強調に使われることもあるけれど、日本語では回りくどくなってしまう。

 直接肯定した方が、直接的で前向きだ。

「わたしもまだまだ精進しなければなりませんね。好感度を上げて、巴先輩に喜んでもらわねば」

 そう椎菜は意気込むように拳を固める。

 そんな後輩に対して私は、

「そうか、まあ頑張れ」

 こう答えるのみだった。

 適当に。

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