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1《血風挽歌A》

 キャラバンが到着したソーダリーの街は南を海に面した貿易都市だ。

 陸路だけでなく海路で南方や遠く北方の人や商品も行きかう活気ある街。特に異邦人が多く王国の都市によくある閉鎖的で排他的、階級志向の強い空気はだいぶ薄い。商売柄街に長居する事は少ないけど、ソーダリーでは気に入った店も幾つかある。

 今俺がカンターでコップを煽る座る店も、そんな行きつけの一店だ。

「ッパー!」

 安い麦酒で喉を潤し、ふかし芋を頬張る。

 そんな俺にカウンターの向こうで、禿オヤジが皺だらけの顔をしかめるのが見えた。

「てやんでぇ。久々にきたと思ったら相変わらず安もん頼みやがって。さっさと出世しな!」

「うるせぇ~な。俺だってよぉ、もっと良い店の良い酒飲んだっていいんだぜ?そこをライネルが俺の顔見たいだろうって思うから、こうやって他に浮気せずに来てやってんじゃねぇか。分かるか?感謝しろよ」

「何が感謝だ、チンチクリン!ほらよ、ニシンの酢漬けだ」

 カウンターの上に小鉢を押しだし店主兼コックのライネルが鼻を鳴らす。

 ま、なんだかんだ言ってそんな良い店に行ける財布事情でもないし、そもそもここの店の料理が舌に合うのだけどね。

 客の前だというのに一服と、煙草に火をつけるライネル。

「どうだ?最近の傭兵稼業は?」

「ん?ま、変わんねぇよ。そういうそっちは?街の方はどうなのさ?」

「魚干し丘のオヤジが近々再婚するんだとさ。おかげでゴロツキどもが無暗に張り切ってやがる」

「へぇ?あのオヤジがねぇ…。…なぁ、俺の記憶が確かなら、アレ70は越してたよな?」

 魚干し丘というのは、ここソーダリーがまだ貿易都市より漁村としての色が濃かった大昔、漁で獲ってきた魚を干していた丘の事で、今はその丘と釣果の売買を牛耳っていたヤクザ者の事を指す。そのオヤジというのはつまり、ヤクザの頭目のことだ。

 確かまだ代替わりせず二代目だか三代目だかの爺さんが率いているはずだ。

「まぁ、どうせ形ばかりの政略結婚だろうよ。相手も東海のヤクザって話だ。イーサンとかいう街の奴等らしいな」

 この街の人間ではない俺にとっては他人事だが中々大きな話のようだ。

 領主や国王の直轄でもない一地方都市でありながら歴史と経済の変遷で繁栄する土地は少なくないし、そういう土地が領主から自治権を得た場合主に管理するのは派遣された役人ではなく土着の有力者というのもまた一般的な話だ。まさにソーダリーがそうだ。

 相手方の東海のヤクザも似たようなものだろう。特に人や物の動きが激しく階級より経済力が身分になる、つまりのし上り者の多い湾岸都市ではその傾向が強いと思う。

「なるほどねぇ。なんならそっちに二号店でも出すかい、オヤジ」

 堅い椅子の上で、これまた固いニシンを噛み俺は薄ら笑う。

「バカ言ってんじゃねぇよ」

 口を尖らせるライネルは煙草を灰皿に押し付けもみ消した。

 それとほぼ同時、店の扉に吊るした銅の鐘が鳴った。新たな客の来店にライネルは扉に目を向けて、それから眉を寄せる。

 笑顔なんて見せたことのないおっさんだけど、いつも以上の仏頂面。

 その様子に俺も興味をそそられ振り向いて見たのは、白いリネンの修道服に縁を彩る金糸の装飾、空色の袈裟を羽織り、シンプルながら品の良さを思わせる十字架、場末の酒場より教会の抹香臭い教壇が似合う聖職者の姿だ。

 俺以外数名の客しかいない狭くて薄暗い店内に、その清らかな修道女の姿はあまりにも場違いだった。

「また、あんたか。いい加減諦めな」

 俺も他の客もその修道女に目を丸くする中、ライネルが苛立った声を上げる。

「そうは行きません。今日こそ傭兵さんを紹介してもらいます!」

「ったく、何度も言ってんだろ、うちは斡旋所じゃねぇ。酒を飲む大人の社交場でぇ」

 ため息交じりにライネルが言い返すが、当の修道女らしき女は聞く耳持たずと言った様子で、こちらへずかずか歩いて来る。

 とうとう何故か俺を挟んで、ライネルと睨み合う始末。

「いいえ。傭兵ギルドで聞きました。今日女傭兵さんがソーダリーに来ているから、こちらのお店で呑んでいるはずだと。裏はとれているんですよ」

「裏は取れてようが、どうだろうが関係ねぇ。今日もそいつはこっちに来てねぇって話だ。お前さんはこんな下町の酒場じゃなく、丘の教会でそいつに出会えるようにずっと拝んでるこった」

「そうやって女傭兵さんを隠すのですね。神の意思に背くような所業はいつか天罰にあいますよ!」

「生憎“かみ”にはもうとっくの昔に見放されててねぇ。んなもん怖かねぇな」

 ――ん?んん?ちょっと待て。なんだか、どうにも二人の会話に心当たりというか、気になる部分があるのだが…。

 俺はカウンターの向こうで腕を組み難しそうな顔をするライネルを見上げる。それから振り向いて修道女を見上げる。清潔な金髪の下の青い瞳は、真っ直ぐライネルに注がれ他には何も見ていない。

「とにかく!今日という今日は女傭兵さんを紹介していただくまで帰りません!こちらにはもう時間が無いのです!」

 柳眉を逆立てる修道女の剣幕は必至そのものだった。

 そんな様子に中てられてというか、なんだか黙っているのも性に合わず、俺は片手をスッと上げる。

「なぁ、その、もしかしてだけど、それ俺の話だったりする?」

 女傭兵、今日この街に来た、そんなフレーズに該当するのはこの場で俺しかいないだろう。

 と、そんな俺にライネルが店の皿を割った時の様な難しい顔を見せる。

 口を挟むのは拙かったのだろうか?

 そして当の修道女と言えば、俺を見下ろし、失礼にも頭のてっぺんからつま先まで眺め、もう一度顔と、それから俺の胸を見つめ、何故だか小首をかしげた。

「女傭兵さん…え?女?」

「よし喧嘩だな?買うぞこの野郎!」

 ――男みたいで悪かったな!そりゃ修道服を押し上げる豊満な胸も、スカートの上からでも分かる丸い尻も俺にはねぇよ!栄養環境と職業病で女的魅力皆無の筋張った体をしてるのは俺も分かってるよ!

 人の存在にまったく気づかない上、気づいたら気づいたで失礼極まりない態度。第一印象は最悪以外の何物でもない。

「す、すいません。想像していたのとだいぶ違ったものですから。でも、その…お若いんですね?」

「まぁ、女で傭兵やってる奴は多くねぇだろうよ。でも俺ぐらいの年の奴なんて幾らでもいるっての。お前、どんだけ世間知らずなんだよ?それとも修道女ってのはお高くとまって傭兵事情はご存知ございませんかねぇ?」

「すいません勉強不足でした」

 そう素直に謝られちゃやりづらい。

「俺は知らねぇからな…」

 ライネルが一つ呟いてカウンターの奥に距離を取り、代わって修道女がずいと俺に詰め寄った。

「私はマライア・C・ウェンズデー、教皇直下特選派遣神官です。折り入って貴方に頼みたいお仕事があり、貴方を待っていました」

「は?教皇?特選?何だそれ?」

 神官マライアの口にする日頃聞き慣れない単語に俺は眉根を寄せる。別に教会、いわゆるマライアの属する聖十字教会を知らないわけではないが、信仰心も無ければ敬虔な信者ですらない俺には耳馴染みが無さすぎる。

「あ~、もしかして宗教の勧誘か?俺の神様は酒で、救世主は金で、そういうのは悪いが間に合ってる」

「違います!お仕事のお話です!」

「なおのことギルドに依頼しろっての。ギルドを通さねぇとなると後々面倒なんだよ…」

 ギルドの仕事は傭兵への仕事の斡旋だけでなく、その契約の保証人、不払い発生の防止や保証など一傭兵ができないバックアップで、だからギルドを介さない仕事は極力関わりたくない。それも今日あったばかりの信用ん出来ない相手なら尚更だ。

「いえ、そうしたかったのですがギルドの方でも私の示した内容では受けられないとい言われまして…」

 おいおい、ギルドですら投げた話を持って来たってのかこの女?

「一応聞くけど、どんな話だ?話だけだからな、受けるわけじゃないからな?」

「はい。私と一緒に大陸全土の異世界勇者の伝説が残る遺跡を調査探索、できれば異世界の勇者の召喚を協力していただきたいと思っています。期間は任務完了まで。給与は教会からの経費以内なのであまりお出しできませんが、信仰心を育むことのできるやりがいのある素敵なお仕事だと思います」

「完全にアウトだよ!」

 聞いてよかった。ギルドも投げて当然だ。終了が見えない上に、仕事場所は大陸全土、その上報酬も怪しくやりがいとか言い出してはもう目も当てられない。

 なるほど、ライネルが俺の事を紹介したがらないわけだ。オッサンなりに気を使ってくれてたのだ。

 教会関係からの仕事はギルドでも時々見かけるがあまり人気は無い。というのもどうにも教会自体経営観念に疎いらしく報酬が少なかったり、内容が傭兵のスキルに見合っていないだとか聞き及ぶ。実際教会自体信者からなる私兵をもっており荒事で傭兵を頼るのはよっぽどの事か、逆によっぽどどうでもいい事のどちらかが定番だ。

 俺の反応に、何故かキョトンとした様子のマライア。その条件がどれだけ世間ずれしているか分からない相手の仕事を請け負うなんてどう考えてもナンセンスだ。

「いいか、尼さん。こんなんでも傭兵仕事はそこそこ長いんだよ。その俺が教えてやるからよく聞け、そんな仕事はなぁ神様に叶えてもらう以外方法はねぇよ。大人しく殊勝な救世主が現れるのを祈って待つ事だな」

 それだけ言って、俺は皿の上に銀貨を乗せ席から立つ。

「何故ですか?」

「なぜもなんでももねぇんだよ。よく考えてみるこったな」

 ったく、美味しく呑んでたのに邪魔が入っちまった。

「私、丘の上の教会に部屋を借りています!もし気が向いたらぜひ来てください!」

 マライアの声を背後に、俺は店を出た。

 海が干上がっても太陽が西から登っても、俺がそこへ行くなんてありえない。彼女は永遠に待ち続けるのか、それこそ神の奇跡とやらでバカな奴が現れるのかなんて俺には関係ない話だ。

 閉じた扉に背を向け俺は通りに歩み出る。

 あれだけ騒いでいた割に追って来なかったのは意外だ。

 考えてみれば立ち振る舞いと言葉の端々に鼻につく教養が窺えたところからして良い家の出身なのかもしれない。教会の人間で特にああいう良い服を着てる奴は貴族の家の出身が多いと聞くし、なら貴族的な思考で自分から迫うなんて考えもしないのだろう。

 自己紹介はしても一傭兵の名前を求めなかった態度こそ、染みついた貴族意識ゆえだ。

 ――頑固そうでその上世間知らずなお嬢さんと言った奴だったな。

「いや、お嬢さんっていう年齢でもないか。あれ俺より10は上だろ…」

 そう呟き俺は宿への道を歩く。


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