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12 黄金色の消滅


 仮想空間にエントリーしたケインは、アカツキの機体を回転させた。


 無機質な灰色の空間。

 前方に、白く明滅する四角い誘導マーカーが見える。


 ケインはアカツキをマーカーに向かって飛翔させた。


 白く輝く光の枠の中に入る。

 ぐんぐんと加速する感覚があって、別の光の枠が前方から急速に接近してくる。その光の枠をくぐり抜けると、ケインはぼんやりと発光する漠然とした空間に飛び出していた。

 演習に参加するギアが集合する、待機用の仮想空間だ。


「ソードマスター・アカツキを確認」

 オペレーターではない、無骨な男の声が言った。

「おい! こっちだ!」


 視覚を振ると、下方に黒い雲のようなものが見えた。


 それらは攻撃に参加するブレイン・ギアの集合だった。

 その数、約100機。

 仮想空間の中でこれだけ大量のギアが集まっているのは初めて見る。様々なデザインと存在感を放つギアがぎっしりと並んだ光景は圧倒的な迫力があった。


 下降していくと、集団の中央でオレンジ髪のギアが手を振っている。

 ニーナのレディ・Sだ。

 ケインはアカツキをレディ・Sとダービーの青い球体のギア、ジーニアスの間に降下させた。


「ジェット・ストライカーは?」


「まだよ」

 レディ・Sは灰色の眼をケインに向ける。

「エントリーで手間取っているみたい」


 ケインはかってアカツキを構築できなかったことがある。精神の不安定さはエントリーに影響する。ケインはシルバーが良いコンディションではないと知った。


 ケインは周囲に居並ぶブレイン・ギアを見渡した。

 泰然としているギア。しきりに武器をチェックしているギア。リラックスして話し込んでいるギア。周囲をそわそわと見回しているギア。


 ケインはニーナとダービーに言った。

「バトラーの多くが不安を感じている。それは当然だ。逆に今、落ち着いているのは、危険を実感できない初めて参加するギアだ。だがアーペンタイルの圧倒的な攻撃力を見たら、確実に衝撃を受ける」


「そうね」

 レディ・Sは思わし気に言った。

「数が増えた分だけ、混乱も激しくなるわ」


 青い球体がざわめくように表面を波立たせた。

「パニックを起こして統率が取れなくなるかも知れない。僕達はできるだけ近くで行動しよう」


「わかった」


「ケイン、あの白いギアは来るのかしら?」


 レディ・Sがケインを見て言った。

 仮面のようなギアの顔からは、ニーナの心理は読み取れない。


「アッシュ・ガールは今回は参加しない。サラに確認してある」


 ジーニアスが兵装リングをくるくる回転させる。

「《《あれ》》は異常なほど強力だ。あんな射出パワーのあるギアが存在するなんて今でも信じられないよ。でも正式に編成されていないギアを頼りにするのは止めよう。なんとか自分達で戦い抜くんだ」


 ケインはダービーの口ぶりに不安を感じた。


「劣勢に、なるのか?」


「……おそらくね」

 ダービーは暗い声で答えた。

「アーペンタイルに対してこちら側は、機動性を高め連携行動で攻撃を強化する施策をとらず、新しいバトラーとレプリカ・ギアを投入して単純に量的に攻撃力を増強しようとしている。戦略とはいえないよ」


「厳しいな……」


 ケインは暗然とした。ダービーでさえこれだけ分析できているのに、ジェネラルは何を考えているのだろう。


「ブレイン・ギア個々の能力で打開するしかないのか」


「シルバーが来たわ」


 レディ・Sが顔を上げた。

 カラフルなカラーリングの人型ギアが降下し、三機の前で停止した。

 銀色のボデイが帯電したように細かく発光している。


「すまない、遅くなった!」

 シルバーの挙動がそわそわと落ち着かない。ケインは思わず声をかけた。


「シルバー、大丈夫か?」


「くそっ、震えがとまらねぇ!」

 ジェット・ストライカーは両拳を握り締めた。

「こんな気分は……初めてだ」


「僕だって怖いよ」

 ダービーは震える声で笑った。

「なんでこんな時になって気づくのかな?」


「みんな大丈夫よ、ジェット、ダービー」

 ニーナが声をかけた。

「自分の恐怖心を自覚している。ちゃんとイメージをコントロールできるわ」


「……あいつらは、そうでもなさそうだけどな」


 ジェットが顔を向けた先には、集団から少し距離を置き、見慣れないギアの小グループが浮んでいる。

 それらのギアは皆人型で、共通して肩から足先までがマントのような真珠色に光るヴェールで覆われている。露出している頭部のデザインは様々だが、一様に表情の読み取れない異形の仮面のような顔をしている。

 ケインはなぜか、過去に戦った連盟のギア、無限の線を放つインフィニティを連想してしまった。


「ニュー・キッズ。特殊能力を発現した新世代か」

 腕を組んだジェットがボソリと言う。

「あいつら、なにか既存概念を越えた力を持っているらしいな」


 ダービーがぷっと吹き出した。

「ジェット・ストライカーが言うと、すごく違和感があるんだけど」


「そうか?」


 レディ・Sが尖った指を伸ばす。

「あの同じヴェールを見て。皆イメージを共有している。あの子たちはとても強い連帯感を持っているわ」


 ダービーが低く声を落とす。

「……あのヴェールの下が、本来の姿だね」


「ケイン、見て! あれがディーバよ」

 ニーナが声を上げた。


 グループの中央にいる一体のギアが明るく輝き始めた。

 背後に後光のような金色の光輪を耀かせ、放射する光の中にダイアモンドのような虹彩が燦々と瞬いている。

 ゆっくりと回転する金色の光輪を見つめ、青い球体が深い溜息をついた。


「ああ、ディーバ! 本当に、なんて美しいんだ!」


「惚れるなよ、ダービー」

 ジェットは真剣な声で言った。

「あのバトラーはまだ八歳の女の子だぞ。あ、お前まさか……」


「ち、ちがう!」

 憤慨したジーニアスが青い棘を突き出した。

「僕はロリコンじゃない!」


「美しいを通り越して、神々しいくらいね、あの子」

 ニーナが冷静に言った。

「でも、アーペンタイルに通用するのかしら?」


「もうすぐ、わかる」

 ケインは足元の空間を見た。

「転送リングが励起した」


 集団全体を包むように、巨大な円形の白い輪が現れた。

 輪の表面に白く発光する薄膜が張られ、海面のように波打つ。

 その膜を通過した先が、アーペンタイルのいる仮想空間だ。


「行くぞ!」

 バーンスタインの声が響く。

「カウントダウンはなしだ! 全機、衝撃に備えろ!」


 ケインはアカツキの機体を屈め、ショック体勢を取った。

 次の瞬間、突き飛ばされるような強烈な衝撃がケインを襲った。

 百機のブレイン・ギアは、石つぶてのようにように転送リングの膜に向かって突入した。



 空間が弾ける感覚があった。

 ケインは機体を回転させ、空間認識を確認する。

 すぐ近くに青い球形のブレイン・ギアが見えた。

 ケインはアカツキを反転させ、ジーニアスに密着させた。


「ダービー! 大丈夫か?」


「ケイン! 僕を下方に向けて!」

 青いギアは叫んだ。

「ファランクス!」


 青い球体をつかんで降下する方向に向ける。

 目の前に黒い地表面が広がった。

 そこから無数の細く黒い槍が突き上がってくる。


「いっけー!」

 ダービーが叫ぶ。リングに並んだ兵装ユニットが割れ、対空機関砲が現れた。六門のガトリング砲が猛然と火炎を噴き出し、垂直に突き上がってくる黒い槍を粉砕する。


 ケインは視覚を左右に振った。

 アーペンタイルの仮想空間は、地球環境型のステージをベースにしている。

 予想通り地表面は黒いフェイスで覆われ、その面積は涯が見えないほど広がっている。

 前回と違うのは、巨樹のような黒い円柱が地表から林立し、垂直に空間を区切っている。これでは水平方向からも黒い槍の攻撃を受けることになる。


「ジェネラルはどこだ!」ケインは顔を上げた。


 鉄の箱形ギアが上空を旋回し、状況を把握しようとしている。

 ガードにはアントニオの赤いギア、エスパーダ・ロホがついていた。


 垂直に伸びる黒い円柱からフェイスの塊が射出された。

 近くにいたブレイン・ギアが塊を回避する。

 その瞬間、塊から細い棘が何本も突き出し、ギアの機体を貫通した。

 ギアと黒い塊は絡み合ったまま下方に落下していく。


「散開!」

 バーンスタインの声が響いた。


「ケイン! 突っ込むよ!」


 ジーニアスの兵装ユニットから十数発のミサイルが一斉に放たれる。

 命中した前方の黒い円柱が激しい爆発を起こし、斜めに傾いた。

 アカツキとジーニアスは爆炎の中に飛び込み、反対側の空間に出た。


 突然、ケインの頭の中に子供の声が響いた。

「射出される黒い塊は軌道変更しない。突出する棘の射程は直径の五倍」


「ワイズ・ワンだ!」

 ダービーはニューキッズの名前を言った。

「すごい、もう分析している!」


「水平の黒い槍は短い」

 子供の声は淡々と続く。

「黒い円柱から距離を取ること」


「ついでにコアの位置も教えてくれ!」

 シルバーの声がして、飛翔するアカツキの横にジェット・ストライカーとレディ・Sの機体が並んだ。


「あの棘、反転できないかしら」ニーナが言った。


 シルバーが即答する。

「よし、やってみよう!」


 ジェットの機体が傾き、一番近い黒い円柱に正面から突き進む。

 そのすぐ背後にレディが密着して飛んでいる。

 糸で繋がれたような息の合った動きだった。


 接近したジェットに円柱から黒い槍が水平に突き出される。

 シルバーは槍の先端をぎりぎりで躱し、槍を脇に抱え込みながら急制動をかける。接触した機体から火花が上がった。


「今だ!」


 ジェットを追い越したレディ・Sが背を仰け反らせて両腕を振り上げた。


「プログラムに干渉!」


 ニーナは声を上げ、鞭のように両腕を振り下ろした。

 掌から黒い線がまっすぐ走り、黒い円柱に突き刺さる。

 垂直に伸びる円柱全体から無数の黒い槍が突き出した。


「反転!」


 棘のように生じた槍は位相を反転させ、反対側に突き抜ける。

 次の瞬間、円柱は先端から根元まで粉々に砕け散った。


「やった!」

 ダービーが歓声を上げる。



 ケインとダービーは二機のギアに接近した。


「凄い威力だ、ニーナ!」ケインは叫んだ。


「でも、やっと一つ、破壊しただけ」

 レディ・Sは消耗したように苦し気に言った。

「これでは切りがないわ」


 その時、空間が暗くなった。

 ケイン達の周囲に黒い巨大な円が幾つも浮かび上がる。

 黒い円は平坦だが、虚像のように薄く実体がない。

 林立する黒い円柱の多くに黒い円が貼り付き、重なった。


「光なき影……」

 ダービーは周囲を見回し、ぎょっとして叫んだ。

「エクリプスだ!」


「おい、俺達も影の中にいるぞ!」

 シルバーが頭上の黒い円を見上げた。


 ダービーが叫ぶ。

「みんな逃げて!」


「ニーナ、動け!」

 アカツキはレデイ・Sの腕を掴んで急発進した。


 音も無く、空間がえぐれた。


 影の重なった部分が、月が欠ける触のように、空間ごと消えた。

 根元や中間部分を失った黒い円柱がスローモーションのように崩落していく。地表面のあちこちに、巨大なスプーンでえぐり取ったような大穴ができている。エクリプスの『触』によって構築体を持っていかれたのだ。


「馬鹿野郎!」

 誰かが叫んでいる。

「このガキ、味方まで消しちまった!」


 白銀の鎧をまとったギアが、空中に静止しているニューキッズのグループに突っ込んで行く。次の瞬間、白銀のギアは青い炎に包まれて燃え上がった。


「あれは、アフロ・ブルー!」

 ダービーが叫んだ。

「まさか、味方を攻撃するなんて!」


「見境のないガキ共だ」

 シルバーが怒りに声を震わせた。


「お仕置き決定だな!」

 ジェットが大きく腕を振りかぶった。

「うおおおおおおお!」


 渾身の力で突き出された拳から、力感の塊が猛スピードで突進していく。

 突然、空間に青白い炎の雲が湧き上がった。


「そんな!」

 ニーナが唖然として叫ぶ。

「イメージさえも、燃やしてしまえるの?」


 下方では他のブレイン・ギアが地表一面を覆い尽くしているアーペンタイルに攻撃を続けている。様々な武器やミサイル、爆弾のイメージを叩き込んではいるが、広大に広がった想像的構築体にとって致命的なダメージには到底至っていない。


「仲間割れをしている場合じゃないよ!」

 ダービーは叫んだ。


「あいつらを放っとくのか!」

 シルバーがニューキッズ達を指差して吼える。


「とにかく、動くんだ!」

 ケインは2機の間で叫んだ。

「すぐにここから離脱しよう!」


 攻撃を受けて倒れた黒い円柱から腕木が伸び、結晶体が繋がるように枝を連結させている。黒い枝で組まれた編み目がどんどん上空に達しつつあった。

 見上げると、頭上で伸びた枝同士が繋がり始めた。毛細血管のような網目があちこちで広がり出している。


「見ろ! 構造が変化した。こっちを囲い込もうとしている!」ケインは叫んだ。


「行くぞ!」

 ジェットが叫び、飛翔した。ケインたちはすぐに後を追う。


「ダビー! どこが指示を出しているんだ?」


「やはり、コアがあるのかしら?」


 黒い円柱から突き出される槍を素早く回避しながら、4機のブレイン・ギアは飛び続けた。周囲を見渡すと、広範囲に散らばったギア達はそれぞれが小グループを造り、懸命の攻撃を繰り返している。


 再び、ワイズ・ワンの声が聞こえた。


「コアを発見。高速で移動中」

 子供は棒読みにいった。

「進路を爆撃し誘導する」


 遠くで猛烈な爆発が起きた。

 爆発は仕掛け花火のように連続して水平に走り、明らかに何かを追い立てるような動きをしている。


「ソードマスター・アカツキ」

 ケインの頭の中に子どもの声が響いた。ワイズ・ワンだ。

「すべてのダガーをこのポイントに投擲」


「ジーニアス」

 ワイズ・ワンが言った。

「すべての火力をこのポイントに発射」


「ジェット・ストライカー」

 ワイズ・ワンが言った。

「すべてのパワーをこのポイントに集中」


「レディ・S」

 ワイズ・ワンが言った。

「すべてのスティングをこのラインに射出」


「聞こえた?」

 ダービーが周囲を見回す。


「聞こえたわ」

 ニーナがうなずく。


 シルバーが唸りながら言った。

「あいつ、全員に指示を出した。それも《《同時》》に。なんてガキだ!」


「今だ!」

 ワイズ・ワンの声が叫んだ。


 全機のブレイン・ギアが弾かれたように動いた。

 黒い地平の遠くに視線を向ける。

 目印もないのに指定したポイントがはっきりとわかる。まるで視覚では認識できない感覚のマーカーが配置されているようだった。


 ケインはアカツキの両腕を揃えて直上に伸ばし、ゆっくりと水平に倒した。数千本の白銀のダガーが扇を開くように空間に出現する。

 この量は『すべてのダガー』といわれ、反射的にイメージしてできた総数だ。

 ワイズ・ワンはたった一言でバトラーの全能力を引き出してしまう。恐ろしいほどの賢さだった。


 ケインは指定されたポイントに意識を絞り込み。

 腕を振り下ろした。


 数千本のダガーが矢のように音も無く飛び去っていく。


 黒く覆われた地表面に、爆炎が上がった。

 その前方でダガーを撃ち込まれたフェイスが空中に噴き上がる。

 更に時間差とポイントを変えて次々に爆炎が巻き上がった。


 爆発はジグザグの軌跡を描きながらこちらに向かってくる。


「どけ! 日本人!」

 アントニオの声が飛んだ。

「邪魔だッ!」


 背後から赤いギアが急降下して来た。

 飛び退くアカツキをかすめて爆炎の先頭に突っ込んでいく。

 すぐに十機近い同じ赤いギアが猛スピードで後を追った。

 アントニオが操るレプリカ・ギアの集団だ。


 爆炎に追い立てられて、何かが黒いフェイスの下層を高速で突き進んでくる。

 海面近くを泳ぐ魚影のようだ。

 

 エスパーダ・ロホが深紅の剣を振りかぶり、前方に突き出した。

 激しく振動する長剣の突きが一直線に伸び、地表を貫く。

 その周囲を追従するレプリカ・ギアが一斉に繰り出した突きが掘り起こす。

 破壊された黒いフェイスの中から、逃げ場を失った赤黒いフェイスの塊が空中に跳び上がった。


「止めだ!」

 アントニオは勝ち誇り、深紅の長剣を構え直した。


 次の瞬間、エスパーダ・ロホは背後から激しいタックルで突き飛ばされた。

 前方に飛び出したのはクーガーのブルー・メタリックのギア、GTRだ。


「お前に、話がある」


 両脇に構えたトンファーロッドが伸展し、赤黒いフェイスの塊を一瞬で貫いた。GTRは獲物を引き寄せるようにロッドを収縮し、機体をぴったりと密着させた。四つ並んだ丸いヘッドライトを光らせ、半透明に光るフェイスの表面を覗き込む。


「お前達は、死者の魂だな?」


 GTRの機体を貫き、赤黒い槍が何本も飛び出した。

 密着していては防ぎようがない。

 しかし青いギアは気にも留めずに、フェイスの中をじっと覗き込んでいる。


「こんな痛みなど、痛みの内にも入らない」

 クーガーは掠れた声でいった。

「娘の苦痛に比べれば、無に等しい」


「何をしている、クーガー!」

 バーンスタインの叱責が飛んだ。


 鉄箱のギアが降下して、ケイン達とGTRの中間で停止する。

 老練な指揮官でさえも、クーガーの行動は理解不能だった。


「答えろ!」

 GTRは顔面をフェイスに押し当てた。

「死んでも、魂は残るんだな?」


「クーガー!」ジェネラルが叫ぶ。


「そうか」

 GTRが小さく呟く。

「ああ、そうなのか……」


 ケインたちの周囲にバトラーが続々と集まってくる。


 ハンコックの黒いギアが怒声を上げた。

「あいつは何をやっているんだ!」


「狂ったのね」

 シェリルのギアが装飾短銃ゴージャス・デリンジャーを構え、冷たく言った。

「排除するわ」


「娘は生まれたばかりなんだ」

 GTRはすがるようにフェイスに手をかけ、苦しみに満ちた声を絞り出した。

「どうしてあんな辛い目に遭わなくてはいけないんだ? これは定められた運命なのか?」


 再び赤黒い槍が突き出し、GTRの頭部を貫通した。

 それでもクーガーは離れようとしない。


 バトラー達に混乱と動揺が走った。

 誰かがジェネラルに『指示を出してくれ!』と叫ぶ。


「この情けないくそ馬鹿野郎が」

 怒気を込めたカルロスの声がして、暗灰色の衣をまとった大きなギアが進み出た。

「命懸けの戦いにくそプライベートな事情を持ち込むなカス」


 口汚く罵るカルロスのギアがどんどん膨張していく。

 暗い衣の下で何かがぼこぼこと膨らみ続けている。

 その異様な変容にバトラー全員が身じろぎした。


「わかった、人は魂魄となって輪廻するのだな」

 クーガーの弱々しい声がする。

「もっと教えてくれ、そっちの世界はどうなっている? 死後の世界は平安なのか?」


「死後の世界だと?」

 カルロスはがらがらと喉を鳴らして笑った。

「そんなに見たけりゃ、まずお前が行け」


 カルロスのギアの背中から灰色の衣を引き裂いて異様な黒い翼が飛び出した。

 左右に大きく広がった翼の根元が盛り上がり、衣が引きちぎれて灰色熊グリズリーのような巨体が現れる。

 小山のように盛り上がった背中越しに、頭部から伸びた二本の鋭い角が見えた。


「……くたばりやがれ」

 カルロスの不気味な笑い声が響いた。

「ディーモン・ペイン……!」


 上空に渦巻く黒雲が現れ、水面に流された染料のように急速に広がって行く。

 あっという間に周囲は薄暗くなり、重苦しい雰囲気が空間に満ちた。


「みんな!」

 ダービーが高く叫んだ。

「逃げて!」


「離脱しろ! 急げ!」

 黒いハンコックのギアが腕を振り回す。

「巻き込まれるぞ!」


 身を翻し全速力で飛翔するギア達の背後で、カルロスの猛獣のような雄叫びが上がった。黒いアーペンタイルの地表と、上空の黒雲との間に真っ赤な鮮血が迸った。


 鮮血に見えたのは、赤い稲妻だった。

 黒雲から数え切れないほどの深紅の雷撃が放たれ、轟音と共に地表のフェイスを襲った。


 ケインは一瞬背後を振り返った。

 赤く染まった空間に、バラバラになったGTRが飛び散っていく。

 それだけではない。コアも、周囲の黒い円塔も、地表のフェイスの層も、すべてが赤い稲妻にずたずたに引き裂かれ、見えない爪に掻きむしられて空間に噴き上がっている。

 それは破壊という言葉が生易しく思えるほどの、一方的な暴虐と蹂躙だった。


「なんて酷いことを!」

 ジェットが頭を抱え、悲痛な声を上げた。

「あいつは人間じゃない!」


「ニーナ!」

 ケインは叫んだ。

「シルバーを頼む!」


 激しいショックを受けているジェットをレディ・Sに預け、ケインは機体を旋回させた。


 黒い雲の下方ではまだ赤い雷光が激しく瞬いている。

 黒雲は移動を始め、赤い稲妻を猛烈に放ちながら周囲に残ったアーペンタイルを引き裂き跳ね上げて行く。

 黒いフェイスの塊がつちくれのように空中に撒き上がった。


 低く笑う声がバトラー達の聴覚に流れ込んでくる。

 悪魔と化したカルロスの、破壊することが楽しくてたまらないという暗い愉悦に満ちた含み笑いだ。

 その声のおぞましさに、誰もがブレイン・ギアの耳を塞げないことを呪った。


「わたしは、とても残念」

 突然、まだ幼い少女の声が鈴のように響いた。

「そして、悲しい」


「誰だ?」

 ケインは周囲を見渡した。

「あなたは『あれ』を止められない?」


 見上げると、渦を巻く赤雲の下に、金色に輝く小さなギアが浮んでいる。


「おまえは、ディーバ?」

 金色のギアの意識が自分に向けられているのをケインは感じる。


「あなたも『力』を持っている。大きな『力』を」

 少女は涼やかな声でいった。

「なぜ使わない?」


「力、だと?」

 ケインは言葉を落とした。


 ディーバは金色の顔を少しだけ傾けた。


「わからないのか……」

 少女は溜息をついた。

「あなたも、とても残念」


「いったい、何をいっているんだ?」


「あなたは、ここから離れる。あのギアは邪悪。だから、浄去」


「待て!」

 アカツキは手を差し伸べた。

「何をするつもり?」


「……これが最後」

 幼い少女は冷ややかに言った。

「去れ」


 ディーバの背負った光輪が大きく広がり、燦々と輝きを増した。

 周囲からニューキッズのギアが接近し、ディーバを崇める使徒のように、光輪に沿って並ぶ。その構図は密教の曼荼羅を思い出させた。

 背景の光輪は渦巻く黒雲に対抗するようにどんどん大きさを増し、強く光っている。

 ニューキッズのギアの少年少女達が、声を揃えて歌い始めた。


 ケインの耳には荘厳なミサ曲に聞こえた。

 しかしそれは言葉でも音階でもなく、何かの波動を直接作り出し放出しているようだった。

 光と声の波動が共鳴し、巨大なエネルギーが発生しようとしている。


 ディーバが澄んだ声で、高らかに叫んだ。


「ゴッド・レイ!」


 空間が光り輝く金色に満ちた。

 上空の黒雲も、地表の黒いフェイスも、すべてが金色の光に覆われた。

 雲間から差込む太陽の光が照らすように、ディーバから生まれた光は仮想空間のすべての領域を黄金に染め上げ、呑み込んでいく。


「ああ!」


 声に振り向くと、ジーニアスが球形の機体を震わせている。ダービーは感極まったように感動の叫びを上げた。


「天上の音楽が聞こえる!」


 降り注ぐ金色の光は想像的構築体の属性を強制的に塗り替え、イメージ連結を解き放っていく。それはイメージの解放であると同時に、構造の消滅を意味していた。

 すべては同じ黄金の光となって、燦々と輝く光の雲の中に吸い込まれていく。

 それは輝ける『虚無』だった。


 『虚無』は闇であり、同時に光でもあったのだ。


 金色の雲は更に輝きを増しながら、前方からどんどんこちらに迫ってくる。

 それはアーペンタイルとディーモン・ペインだけでなく、この仮想空間すべてを満たすまで膨張を止めないのだと、ケインは直感した。

 

 ケインは思い出した。

 少女は「去れ」といったはずだ。


「ダービー! 逃げるぞ!」

 ジーニアスのリングを片手で掴み、アカツキは猛然と加速する。


 アカツキに続いて離脱して来たブレイン・ギアが周囲を飛翔している。

 しかし、その数は最初の半分にも満たない。


 ケインは肩越しに背後を振り返った。

 そこには地表から空までを覆い尽くして、巨大な金色の光の塊が膨張し続けている。

 既にアーペンタイルとディーモン・ペインは光に呑み込まれ、ニューキッズのギア達も目視できなくなっている。

 あの領域にある情報は、すべてが光子に変換されてしまったのか。


「アーペンタイルは消滅した。完全にな」


 すぐ横をハンコックの黒いギアが飛翔している。

 ブラック・コブラはその厳つい顔をアカツキに向けていった。


「しかし、俺達は、本当に勝ったのか?」

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