第四章 望みと激突のページ 1
第四章
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太陽も沈みきって、静かな街灯が照らす道を、庵とルナは歩いていた。
あの後、昼食をとり、ゲーセンで時間を潰したあとに、ルナの買出しを済ませ(庵が代金を払った)、帰路についた。瑠璃華とは、さっき分かれたばかりだ。
庵の両手には、中身のびっしり詰まったビニール袋が提がっている。自分が持つ、とルナは言ったが、それは流石に男としてどうかと思うので、自分から進んで持ったのだ。
「……、」
にしても辛い。重い荷物を抱えていることもそうだが、何よりさっきから会話が無い。
ルナを見る限り、もう機嫌は悪くないようだが、話そうとする気はなさそうだ。
(家まではまだあるし……、何か話すか)
だが、こういうときに限って頭に何も浮かばないのが人間である。
「〜〜〜〜っ。……えとっ! あっ、あのさ」
「ん? 何かな」
「えーと、何であの時帰ろうとしたんだ?」
ああ、とルナは返答する。
実は、ゲーセンの後、ボーリングに行くつもりだった。だが、ルナが早く帰ろうと言ってきたので、帰ることにしたのだ。
「ホネットがいるしね」
「ホネット?」
「うん。あの子、心配性だから」
はぁ、と庵は首を傾げる。戦う時はクールで、日常は裸エプロンで、さらに心配性と。一体どれだけ個性的な殺し屋だろう。
「あれが心配性ねぇ……」
「ホネットを『あれ』呼ばわりするなっ!」
けっこう本気で怒られた。それほどホネットという存在はルナにとって大切なのだろうか。
「……ご、ごめん」
「えっ! あっ! ゴメン! 私こそなんか怒鳴っちゃって……」
しょんぼりとうな垂れる庵を、ルナは必死で励ます。
「……、そういえばさ、ルナとホネットってどういう関係?」
「兄妹」
兄妹だった。
ルナがすごい単語を口にしたので、庵は思わず噴き出す。
「んな訳ねぇだろ! 名字とか、瞳と肌の色とかも違うじゃん、お前ら!」
「その言葉にはイラっとくる。名字とか、瞳と肌の色も同じじゃないと家族には、兄妹にはなれないの?」
「う……、ゴメン。……つーことは、えっと、親の再婚とか?」
「違う。私もホネットも親はいない。私が、ホネットに拾われたの」
庵は眉をひそめた。
「拾、われた……?」
その問に、ルナは平坦な声で「うん」と答える。
「私が8歳か9歳ぐらいの頃かな、フランスの協会の前に捨てられてた私を、ホネットが拾ってくれたの」
「……、っつか、今何歳?」
「16」
同い年だった。
ルナがものすごい返答をしてきたので、庵は思わず噴き出す。
「んな訳ねぇだろ! 第一印象、中学生以下のお子様だろ! 身長とか、特にム……―――」
庵がその単語を言い終わる前に、ルナのレイピアが彼の髪をかする。
「『ム』? その後には何が続くのかな?」
「イヤッ! なんでもっ、ないですッ!!」
それだけで人を殺められそうな殺気を笑顔で放つにルナに、庵は全身全霊で謝る。本当に、その剣はどこから出てくるんだか、と内心思いながら。
そ、とルナは不機嫌そうな顔で剣を降ろす。
「……、あ! そういえばさ、あの後」
「……?」ルナは少し考えて「ああ、デパートの?」
庵はうなずく。
「あれだけの事があったのにさ、警察や野次馬が全く来てなかったし、そこにいたはずの人もいなかった。それに……」
「誰に話しても、それに無関心そうだった、と?」
先を読まれて少し動揺しながらも、庵は「そうそう」と相槌を打つ。
「警察も野次馬、救急車……、来たよ。でも、一般人に『神術』、『魔術』、特に害のある『魔術』を見られるわけには行かないから、『絶対正義組織』側で隠蔽工作するの」
ルナは一息置いて、
「やり方はいろいろあるんだけど、今回は私の『無重鎧の羽飾り』で彼らの『事態の重要性』を軽くして、その物事自体に無関心にさせた。だから、その人たちにとってあの事件は『ガムを踏んだ』程度のことになるの」
そのやり方に、庵は少し恐怖を覚える。
「んな事もできんのかよ、あの羽根……」
「『重量』のあるものなら大体軽くできるよ。人の命とかは軽くできないけど」
いや、できなくていいと庵は内心ゾッとする。
対してルナは、得意分野のことを説明してて楽しいらしく、目を輝かせながら続ける。
「でね、昔……って今もいるんだけど、『ヴァルキュリア』っていう主神の天使がいてね。あ、『ワルキューレ』とも言うんだけどねっ。
勇者の魂を集める使命があって、世界を飛び回ってたんだけど、なんとこの天使、翼がなかったの! どうやって海を越えたんだと思う?
それはね、鎧についてる装飾用の羽根だったの!」
びしっ! と指を突き立てるルナ。
「……あー」
正直、この部類の話はついていけないので、庵はとっとと話を終わらせようとする。
「うんうん。で、その羽根がお前のアレだと。分かった分かったすごいなー」
「……」
すねてしまった。
しまったー、と思った庵は、不本意ながら話を合わせようとする。
「あ、じゃあさ! 俺のケガの治りの早さってのは!?」
むー、と視線だけを庵の方へ向けるルナ。その瞳が、「どうせ興味ないんでしょ?」と言っている。
「ううっ! いや、でも! こう、やっぱ自分の体のことだし、気になるじゃん!」
辞書で「営業スマイル」を引くと図解でついてきそうな笑みを浮かべる庵を見て、ルナはため息をこぼす。
「……ま、いいか。私も気になるし」
ルナは星空を眺めて、「あのね、この星にはね、いや、宇宙も含めるんだけど、たくさんの神様や天使、悪魔が存在していたの。まだ生きてるものもいるけどね。とにかく、彼らはもう死んでいて、残っているのは魂だけなんだよ。ほとんど全ての『神術』や『魔術』のリンク先はこれなんだけど、たまに『まだ生きてる者』とリンクする人間がいるのよ」
私とかね、と付け加える。
「こういうタイプは珍しいんだけど、でも、さらに珍しいタイプがあるの。
神道では『新星天児』って言われるんだけど、その名の通り『新しく生まれた神や天使、悪魔』とリンクしたものね」
「それが……俺?」
「かもしれない、ね。まだ覚醒してもいないから、確信はできないけど」
「ふーん。じゃ、ホネットは? ……あ」
庵はしまったと思った。ここで話を展開してはならない。
だが、時既に遅し。
ルナの瞳は輝きだした。
「ホネット? ホネットね。あのねホネットもまた特別でね話せば長くなるけど目的地までまだあるしゆっくり話していくね」
もう既に早口である。
今回は自分に責任がある、と諦めた庵は、しかし笑っていた。
(まあ、こうやって話していても楽しいかもしれないな。いつまでルナと一緒にいられるかもわからないわけだし)
いつか別れが来る。なら、精一杯今を楽しむべきだ。
「おう。それで?」
今を楽しむ、初めて感じたその感情に驚きを感じながらも、庵はそれを受け入れていた。