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第三章 平和と非日常のページ 4

    7



「……どうしようか?」


「放っとけばいい」


「イヤ、それはいかんでしょう」


 ぞろぞろと人が流れていく通路を見て、庵はけっこう重いタメ息を漏らした。


 ついさっきまで、瑠璃華のウィンドウショッピングを終え、「もうすぐ昼だから、どっかでメシ食おう」という事でそこらをウロウロしていた庵達御一行だったのだが、


「……この場合、どっちが迷子なんだろうか」


 庵が少し投げやりに呟くと、さあ、とルナが返事を返してきた。庵がまた、タメ息をつく。


 瑠璃華がいない、そう気づいたのはあの店にけっこう離れたところにあるエレベーターに乗った時だ。その後、来た道をたどりながら探していたのだが、人が多すぎて全然見つからず、店の前まで戻ってきてしまった。という話だ。


 もう一度探そう、と思った庵だが、この川の流れのように絶えず溢れている人の群れを前に、思わずまたタメ息がこぼれる。


「何でこんな人多いんだよ〜」


「ゴールデンウィークだし」


「はあ〜〜、……あっ! そうだケータイ!!」


 その手があった! と庵はなかなか使い込んだケータイをポケットから取り出し、画面を覗く。


「って圏外かいっ!!」


 がはっ、と崩れ落ちる庵。それを見て、ルナは少々哀れみを込めて、優しい口調で言った。


「ここに人が多すぎるんじゃない? 屋内って事もあるけど。もうすぐお昼だし、少しは人が減るだろうから、その時に連絡を入れて合流した方がいいと思う。今は、ここを動かない必要がある」


「そっか……、じゃあここで時間潰すかー、ってここ主に女性服しか売ってないからなー」


「それじゃ、私は私でその辺にいるから」


「はいは〜い」


 軽くてをぶらぶらさせて、ルナを見送った庵は周りを見渡す。他にいける店があるのかを探してみたが、ここらはスーツ屋ぐらいしか男性服を売っている店はない。少し行けばメンズもあるのだが、ここで更にルナとはぐれてしまうと本末転倒だ、と思ったのか諦めた。


「……、は〜」


 軽くタメ息。基本的に庵はヒマなのは並以上に嫌いな人なので、ここで何かしておきたい、というのが彼の望みだ。


「……、ん〜……、んん〜〜。うぅ〜〜……、うぅ……、うぅぅうううぅう!!」


 店の中でなんか同じ所をぐるぐる回り続ける庵。このままでは黒魔術の準備とか始めてしまいそうな勢いでヒマだ。

 そんなかんなで店の奥まで徘徊しきった庵は、退屈のあまり壁にもたれた。


(……、そういやルナは何してんだろ)


 向かって行った方向的には店の外なのだが、あっちもそう遠くへは行っていない可能性も高い。案外近くにいるかもしれない、と庵は起き上がって歩き出した。


 もうちょいで昼なのに未だに人は多いし、あの身長だから見つかりにくいだろうと思ったが、けっこう早く見つかった。というか、その綺麗な金髪が目立ちすぎた。


「あ……、」


 さっきの店から少し行ったところ、そこにあるアクセサリーショップ。カウンターの手前のコーナーの、ネックレスを中心に置いてあるそこの前に、ただじっと立っていた。


 よく見ると手に一つ、ネックレスを持っている。お金が足りないのかないのか、もじもじと手を動かしていて、こちらには気づいていない。


「それ、欲しいのか?」


「はきゃぁっ!?」


 まさか近くにいると思わなかったのか、イメージの割にずっと女の子らしい悲鳴を上げてルナはこっちを向く。


「べっ、べべ別に! 見てただけ、だ、し!」


 ルナは片手をパタパタと振りながら、もう片方の手でネックレスを元の場所に戻す。


「いやいや、欲しいんでしょ?」


 図星なのか、「うっ」とルナは言葉に詰まっている。それを見て庵はそうなのね、となだめる。


「金、足りねーの?」


「ホネットからまだ今月のおこづ……もとい給料をもらってないから……、」


 庵はちらりとルナの戻したネックレスを見る。細めのチェーンの間に羽根と月のアクセントがついたもので、値段的には庵的に少々痛い程度のものだった。だが、よく見ると『これと一緒のコーナーのやつを二つ一緒に買うとお得』割引つきだった。


「なぁルナ」


「な、何?」


「これさ、二つペアで買ったほうが安いからさ、俺のも選んでくれない? そしたら買ってやるから」


「え? い、いいよ! 迷惑だし、それに、こんなもの付けてたら戦闘の邪魔になるし……」


「迷惑じゃねーよ。大体、俺はお前に何度も助けられたじゃん。だからそのお礼はしたいし、似合うと思うよ? ソレ」


 庵はあえてここで『戦い』のことに触れなかった。こんな、人の事を大切に思える優しい少女に、血生臭い殺し合いなど二度として欲しくない。というのが一番の理由だ。


「え……、似、合う、かな……?」


 当の本人はそんな庵の考えに気づかず、他の言葉に反応して、口に手を当てて少し顔を赤らめている。


「自身持てって。じゃ、俺はどれにしよ? これとか?」


「ん〜、……コレ」


 ルナが指差したのはペンダントで、片方だけ角と翼の生えたドクロがついている。不気味に怖い。


「……、選んだコンセプトは?」


「殺しても死ななさそう」


「あっ、そう……、」




   8


 カウンターにはルナもついてきた。本人は気にしていないのだが、庵は三人のとき以上に恥ずかしかった。何処からどう見てもカップルにしか見えないからだ。今は店員さんのニコニコスマイルさえも直視できない。


「一緒にお包みして宜しいでしょうか?」


「あ、はい、一緒でいいです」


「ふふっ、ではそうしますねー、どうぞ」


「ど、どうも」


 庵は丁寧を袋を取った後、小走りでその場を離れた。ルナは「?」と言った顔で彼を追いかけていく。その様子を、カウンターのお姉さんはニコニコと見ていた。


「……、どうしたの?」


「ん、んーん! なんでもっ! あ、そうだ。ホラ」


 庵はゴソゴソと袋の中をあさり、ネックレスを取り出してルナに渡す。


「あ、本当にありがとう。え、と、ここでつけていいかな?」


「どーぞどーぞ、じゃ、俺もつけるか」


 庵は自分のペンダントを取り出す。改めて見ると、案外悪くないかもしれない。


 と、ふと見るとルナがつけれないで悪戦苦闘していた。多分、連結部分が小さくて、上手く引っかからないのだろう。


「……、手伝おうか?」


「い、いい! これぐらいできるっ!」


庵はそのペンダントを軽々と首にかけると、「うぬぬ……」とうなり声を上げながらネックレスの連結部分と格闘する少女を眺める。


 とその時、庵の携帯が鳴った。画面を見ると『相川』と出ている。


『もしもーし! 庵―、生きてるー?』


「ここ戦場かよ」


『はぁ、やっと繋がった……、つうか今ドコにいる? あたしは一階のファーストフード街にいるんだけど』


「うわっ、遠いな。じゃあそっちに行くけど、時間かかるかもしれないから」


『うん、分かった。……で、あの子は一緒にいるの?』


 なんかすごく険しい口調になったので、瑠璃華に少々恐怖を感じた庵は、いまだに連結部分と激闘死闘を繰り広げる不器用少女を見て、


「うん、まあ、一緒だけど……、何か?」


『べ、別に! じゃあ、さっさと来てよね! じゃ!』


 瑠璃華はそれだけ言うと電話を切ってしまった。何が気に障ったんだろう、と思う庵の耳に、唐突に歓喜の声が入る。


「で、できた!!」


 そこには、連結部分との熱戦を終え、ネックレスをかけたその胸をやけに誇らしげに強調する金髪の少女がいた。


 それ以上に、笑顔だ。よく考えると、庵はこの少女の『嬉しさ』からの笑顔を見たことはなかった。それ故に、見とれていた。


(……、なんだ、)


 庵は思った。あの日、デッドバー・リングは笑っていた。まるで、子どもがゲームで買ったときのような笑顔で。


 正直なところ、庵はルナやホネットもそうなのではないか、と思っていた。『戦う仕事(殺し屋)』、それを選んだ人は全て、『戦う』こと好んでやっている人間なのではないか、と。


 だが、違う。いや、違った。


(笑ってる方が、格段似合ってんじゃん)


 要は、ルナもホネットも笑顔が好き、ということ。二人とも好きで戦っている訳ではなく、ただ、代わりがいなかったからその立場についただけ。その場所に自分がいないとたくさんの人の笑顔が奪われるから、命が奪われるから、その位置についただけ。本当はずっと平和な世界が似合う人間なのだ。


 と、そんなことを考える庵に、ルナが「ねぇ」と呼びかけた。今度は少し顔を赤くして、もじもじと胸に手を当てている。


「に、似合う……かな……?」


「ん? 結構いいと思うよ?」


「そそ、そうかな……っ」


 さらに顔を赤くするルナを見て「?」な庵は瑠璃華の事を思い出す。


「あ、そうそう。さっき瑠璃華から電話があったんだけどさ……、あの〜、聞いてます?」


「あ、え? あっ! き、聞いてるから!!」


「イヤ……、そうならいいけど。一階のハンバーガー屋にいるらしいから、そこに俺たちが行くことになったんだけど……、もう行く?」


「も、もう!?」


 なんか顔を引きつらせるルナに、庵は少々困る。


「え、あの、まだいたいんならいいんだけど。別に」


 その言葉に目を輝かせたルナだが、すぐにいつもの冷静な顔に戻り、「い、いい。行こう」と言ってさっさと行ってしまった。恐らく、ワガママを通そうとしていた自分を格好悪いと思ったのだろう。


 早足で進む少女の背中に、庵が声をかける。


「おーい、本当にいいのかー?」


 返事は来なかった。


 庵はしょうがなくルナについていく。


 庵は気づかなかった。


 彼女が、その胸にかかった金属の首飾りを、温かくなるまで握り締めていたことを。



 金髪の少女は、とても、『幸せ』だった。

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