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第三章 平和と非日常のページ 1

 ピー、とヤカンの吹く音で、庵は目を覚ました。

 体中、寝汗でべっとり。最悪の寝覚めだ。

「……俺は……?」

 ソファに寝ている、と気づくのに1秒かかった。

 自分の家のリビングにいる、とさらに1秒。

 そして、昨日の出来事で、さらに3秒。

「――……!!」

 すぐさま起き上がろうとしたが、背中に激痛が走り、ソファから転び落ちてしまった。

「〜〜ッ!!」

 言葉にならない痛みを耐え、辺りを見回す。

 何の模様もない壁紙、フローリング、ソファとテーブルのセット、少し大きめの液晶テレビ、何処からどう見ても、生活し慣れた自分の家だ。

「……ん?」

 少し離れたキッチンの方に誰かがいる。あっちを向いて、何かを作っているようで、誰か分からないようではあるが、その緋い長髪はあまりにも見覚えがありすぎる気がする。……というか

「何で裸エプロン!?」

 実際にはパンツにエプロンなのだが、裸エプロンの殺し屋を見て、庵はそう叫ばずにはいられなかった。その破壊力は核ミサイルにも対応できる、と当時の彼は語っている。

「……ん、おっ。目、覚ましたかー。いやいや、もう一生目覚めないんじゃないかってルナが心配してたぞー」

「俺の叫びはフルシカトかよ!!」

「で、俺が『白雪姫みたいにキスしたら目覚めるかもよ?』って言ったら、ためらうことなく、何十回もぶっちゅうしてたぞー」

「マジすか!!」

「嘘だけど?」

「てめえブッ殺す! 人の純情をもてあそ……ぐはっ! 傷口がっ!」

「ほらほら、無理に立ち上がろうとすんな。傷口は完全に塞がってないんだぞー」

 のたうつ庵を見て、裸エプロンの殺し屋は駆け寄って、丁寧にソファに寝かせてくれた。ちくしょう、この右手が動けば。

「あぁ、ちなみにパンツ一丁なのは、着替えがないからだ」

「あぁ、そうですか……」




「お前は一体何者だ?」

 男二人でのムサイ食卓での第一声はそれだった。

「はぁ? 俺のセリフだろ? それ。あんたは一体、何者なんだ」

 庵がそう言い返すと、ホネットはラーメンをすすり、口を開いた。

「順を追って説明しようか。まずは……、俺たちの組織について」

「あ、えーとフリー……」

「『絶対正義組織(フリーメーソン)』な。世界平和と人類愛を掲げる、世界規模の平和主義団体だ。世界各地に『グランド・ロッジ』と呼ばれる支部を配置してて、本部は……言えないが」

 平和……。 何か引っかかるような……。

「……ん? 待て。お前確か殺し屋だろ? 平和を掲げてる組織にとって、人殺しって……」

「違うな」

 ホネットはきっぱりと答えた。すでにラーメンは食べ終えている。だが、それより目が奪われるのは、その金の眼光。ただ、まじまじと見つめられているだけなのに、見えないものに押しつぶされそうになる。

 ホネットは押しつぶすような声で続けた。

「お前ら一般人は『殺人』ってのが、人間の一番の罪だと思ってんだろうな。実際、俺もそうだと思う。見方の違いだ。……そうだな、『走れメロス』って知ってるか? その物語の中で、主人公メロスが、王様を殺そうとするんだ。なぜ殺そうとしたか分かるか? その王様がたくさんの人間を殺したからだよ」

 庵は、何も言えない。

「『殺人』ってのが一番の罪なら、それを犯した人間は、どうなる? ……たいてい死刑だろ? 分かるか。俺やルナのような立場の人間は、死刑を執行する立場の人間にあるんだ」

「――……っ、」

 突きつけられた事実。人殺しを正当化する、正義。

「でも……! だけど……」

 その先が言えない。いや、言葉がない。

 ただ必死に言葉を探す庵に、ホネットは優しく言った。

「受け入れられないのは分かる。今だってルナはそうだしな」

「……あ」

『ま、それが殺し屋とかのマニュアルなんだけど、私は殺し屋でもないしね。私の場合は人質は放っとけないし、あんたも放っとけない。できるだけ死人はゼロにしたいの』

 庵はあのときの少女の言葉を思い出す。彼女には彼女なりの思いがあった。たとえどんな救いようのない人間でも、できるだけ『殺す』ことはしたくなかった。いや、しなかった。できるだけ、他に道を拓こうとしていた。

 ホネットの言う「立場」の人間が全て、人殺しを正当化しているわけではない、ということが分かっただけでも、庵は安心できた。

「話を戻すぞ」ホネットが言う「とは言っても、『絶対正義組織(フリーメーソン)』の人間が全て、俺みたいな事をしているんじゃねーからな。どっちかっつーと、極少数人だ。大半の『団員(メーソン)』はお前みたいな平和ボケした奴等さ。ちなみに、ルナの羽根みたいな常識外れな能力持ってるのはもっと少ない。五十万人に一人、ぐらいか」

「……そういえば、あいつやデッドバーが『まどー』とか『たしんとー』とか言ってたけど……それ、何?」

 んー、とホネットが首をかしげながら、ラーメンの器を台所に持っていく。

「そこが一番、説明しにくいんだよな……」

「はぁ? 順を追って話すって言ったじゃんかよ。説明しろよ」

「……よし!」

 ビシィッ、とホネットが庵を指差す。


「めんどいから、ルナに訊け!!」





    2


「……なあ、俺が悪いのか?」

「……じゃあ自分は悪くないと?」

「イヤ、そういうことじゃなくて……」

 庵はどうしようもないこの雰囲気をどうにかしようと必死だ。それでも目の前の少女は、今すぐにでも怒りが爆発できますよ、と言わんばかりである。

 ……というか、ずーっとこのポジションでいいのでしょーか?

「いい訳ないでしょッ!! はやくどっか行け!!」

「ハィッ!! すいませんでしたー!!」

 その言葉を捨て台詞に、庵はその場から逃げるように立ち去る。

「ちくしょう……! ホネットのヤロー!!」



 事の始まりはホネットだった。

「俺、今から仕事だから。残りは全・部・ルナに訊いてー。あ、大丈夫、人殺しの仕事じゃねーから」

 と言われ、庵は少女を探すことになったのだが、その前にこの寝汗ベットベトの体をどうにかせねばと思い、風呂場のドアを開けたが最後。

「女の子が先取りしてましたー」

「……誰に説明してんの?」

……そして、その場から追い出され、今の状況に陥る、と言う訳である。

 庵は廊下の壁に頭をつけ、うな垂れる。

「……やべえって絶対……!! 殺される、ぜってー殺される」

 今まで何の変哲もない人生だったなあ、もっとハシャいでれば良かった、と16歳にして自分の人生を振り返ってみる。

 と、その時、誰かが庵の肩を叩いた。

「―――……ッ!!」

 全身に緊張が走る。蛇に睨まれた蛙の気持ちが分かった気がする。

 庵は、ホラー映画の振り返るシーンのように、ゆっくり、ゆっくりと恐怖を味わうように振り返る。

 そこには案の定、嵐の前の静けさのように沈黙し、顔を伏せている金髪の少女がいた。

 沈黙。

 庵的には怒り飛ばしてくれた方がよかったのだが、目の前の少女はそれはしない。ただこれから起きるであろう恐怖を庵に想像させている、というカンジだ。

「……、」

「……あのーう……」

「動機は?」

「はっ! え〜と、出来心で……じゃない!! お前を探そうと思ったんだけど、その前にシャワーを浴びとこうと思ったら……」

「……そう。で、何で私を探してたの?」

「ホネットに組織とかの説明を聞いてて、あいつ、途中からめんどくさいとか言って」

「私に振ったと」

「イエス」

 すると少女は、そ、とだけ言ってリビングに向かう。

「ゆ、許してくれんのか?」

「別に悪気があったわけじゃないんだし、怒る必要はないよ」

 その言葉に、庵は心底安心した。意外と優しい奴なのかな、とこの少女を鬼みたいに思っていた自分を恥じる。

 リビングに付くと、少女はまだ洗われていないラーメンを器を見て

「お昼御飯、インスタントラーメンだったの? 怪我だって完全に治ってないんだから、もっと栄養のあるものを摂らないと。冷蔵庫、見ていい?」

「ん? ああ、いいけど、でも……」

 少女は冷蔵庫を開けると絶句した。

「……グロいお酒以外、何も入ってないじゃん」

「まぁ、俺も普段、コンビニ弁当で済ませてるし。後グロいのは親父のお土産だ」

「やっぱ科学者って変わってるね……」

「拉致されてもへらへらして帰ってくるし」

「うん、まあ、とにかく」

 バタン、と冷蔵庫を閉めると少女は言った。

「材料がないと料理できないから、買出しに行ってくる」

「あっ、俺も行く」

「だ、か、ら、ケガが完治してないんだって」

「大丈夫、大丈夫。それに、お前も結構やられてたじゃん」

「あれはただの脳震盪、あのあとすぐに直ったよ」

「う〜」

「う〜、じゃない」

 その時インターホンが鳴った。刹那、少女が庵の頭をつかみ、床に押し付けた。多分、「敵の襲撃だった場合」に備えての行動なのだろうが、それでも顔面を床に本気で叩きつけなくてもいいと思う。鼻血が出そうなくらい痛いんですが。

 しん、と静まり返るリビング。

「……俺が見てく」

「私が見てくる。そこで待ってて」

 少女はささー、と手馴れた足取りで玄関へ向かう。向こうからは「はいー」とか「どうぞー」とか聞こえてくる。意外に、ちゃんと接待しているようだ。

 少しして、少女がリビングに戻ってきて、お友達、と玄関を指差して言った。

「友達? 海老村かな」

「さあ。待ってるよ、早く」

「ん、ああ」

 そういえば今日からゴールデンウィークだもんなー、とか思いつつ、庵が玄関に行くと、そこには、少し予想外な人がいた。

「瑠璃華? そしてなぜにゴキゲンナナメな顔?」

 何故か庵を睨んでくるワンピースにブラウス姿のツインテールの少女は、少し顔を赤くして口を開いた。

「……どうでもいいけど、さっきの子誰? ……どうでもいいけど、さっきの子誰!? どうでもいいけどっ!!」

「なぜ繰り返す!?」

「いいから! さっきの子誰!?」

「え? イヤ別に……、ただの知り合い?」

 それを言った時、庵の背中に何か殺気のようなものが突き刺さった。ええ!? なんで!? と心の中で絶叫する庵だが、顔には出さないでおく。

「へぇ……そうなんだ……。じゃあ、何でこんな朝からアンタの家にいる訳?」

「え!? え〜とですねー!! ってか今、朝なの!?」

「7時だけど」

「7時!?」

 確かに、男子高校生の家に朝っぱらから女の子がいれば不自然だ。と、言うかなんかいろいろと心配だ。

 庵はベストアンサーを探すが一向に見つからない。しかも時間がたつほどに怪しさは倍増していく。

「ねえ! 一体なんでなのよ!?」

「……実に言いにくいことなんだけどな、実は生き別れた妹が昨日帰ってき」

「嘘つくなっ!!」

 そう言われれば、瑠璃華は庵の昔からの幼馴染みなので、その手の嘘は通じない。と言うかただ庵は話を逸らしたいだけである。

「なあ……、もう、どうでもよくね?」

「いいと思ってんの、アンタ」

「ってか、お前は何しに来たんだよ。こんな朝から」

 うっ、と何故か瑠璃華は顔をひきつらせて、視線を逸らす。そして、唇を尖らせて、パクパクと動かしている。

「いやいや、何か用があって来たんだろ?」

「……、……あの今日、休み、だし……。き、昨日もなんだかんだで何も、出来なかったし……だから……」

「だから?」

「ッ!! ききょっ、今日遊ぼうかなー!! って!!」

 いきなり声を張り上げられたので、庵は少し後ずさりしてしまう。

「え、いや、……別にいいけど」

「あ、え? そう!? え〜とじゃあ最初、何処行く!?」

「どこに、……って、決めてなかったのかよ」

「し、仕方ないでしょ! 今日あんたが遊んでくれるかも分かんなかったのに……!」

 それを言ったとたんに、瑠璃華は俯いてしまった。よほど庵が遊んでくれるか心配だったのか。

(……へえ、結構可愛いトコあんじゃん。いつもは暴力的なんですけどね)

「あぁ、それなら大丈夫だぞ。俺、ほぼいつもフリーだから」

「……え、そうなの? じゃあ、明日も遊んでいい?」

「もち。んで何処行く? やっぱゲーセン? でも俺、財布がピンチなんだよなー」

「う、うん! でも私は洋服を買いにいきたいなー」

「あ、じゃあ最近、隣町に出来たあの店に―――」

 平和だ。

 昨日、いろいろあったりしたけど、ホネットはすごい強かったし、親父もすぐ助け出してくれるだろう。

 そう、庵はこっち側の人間なのだ。

 あんな、意味の分からない不思議な力を駆使して戦い合うような、そんな世界には不釣合いな人間なのだ。きっと、こうやって適当に友達と喋って、遊んで、また明日って言って家に帰って、風呂に入って飯食って、明日のために寝て……。そんな日々が似合う、平和な人間なのだ。そう、「平和」な世界の住民なのだ。だから、自分が平和に過ごして何が悪い。だっ

て―――

(どうせ俺がでしゃばったところで、誰も救えない)

 逆に、誰かを傷つけてしまう。あの時は言わなかったが、ホネットは多分左利きではないと思う。それなのに、震える手で箸を握っていたのは恐らく、昨日庵を助けた時に右手にダメージを負ったからだろう。あの少女だって、自分と関わらなければ、あんな怪我をしないで済んだ。

 全て自分が悪いのか。

 自分の所為で、自分を護ろうとしてくれる人達が傷ついて。

 それなのに誰も自分のことを責めなくて。

(……はは、どうしてこんなに考えなくちゃいけないのかなぁ……)

 こんなに抱え込むぐらいならいっそ、関わりたくない。

 こんなことなら、いっそ誰かに任せたい。

 自分が何かしたところで、誰も救えないのなら、いっそ、何も知らないでいよう。何も考えないでいよう。誰かに任せて


いっその事、平和な世界にいよう。


「―――よし、じゃあ行」

 そういって庵が靴を履こうとしたとき、何かが庵の腕を掴む。廊下の方を見ると、そこには金髪の少女がいた。そういえば外出禁止とか言われたようななんとか、と庵が構えていると、まるで予想範囲を超えた―――要は予想外な言葉が発せられた。


「買い物、付き合ってくれるんでしょ?」


―――……え?


「と、言うか、この人は何なの? 不用意に他人と接触しない必要があるんだけど。この人があんたに危害を加える可能性だってあるんだから」

「でも、友達だしー……」

 瞬間、少女がすごい音を立てて、足を床に叩きつける。その顔は怒りなのか、少し赤い。

「いいから行くのッ!!」

「はいぃ!!」

「……って、ちょ、ちょっと待ちなさいよ!! 庵は私と遊ぶんだから!!」

 と、さっきからポカンと二人を眺めていた瑠璃華が我に返って、話しに割り込んできた。

「部外者は黙っててくれる? あなたはこいつの置かれた立場を理解していない。出来れば帰ってくれるかな」

「ぶ、部外者ですって!? 立場とか関係ないでしょ!? 大体アンタは一体何なのよ!?」

「何って、絶対正義組織フリーメーソンのメーソン『竜串ルナ』よ。わかったら帰って。こいつは私と買い物に行く約束があるんだから」

 約束はしてませんし、そもそもあんた付いてくんなって言ったじゃないですか。ってか、そのフリーメーソンての、堂々と公言していいんですか? と庵は思う。確かに、先に遊びに行く、って言ったのは瑠璃華の方なのだが、この少女はそんなこ

とはどうでもいいのだろう。

「あーっも! 分かんない! とにかく、私が庵と遊びに行くんだから!!」

「私は遊ぶんじゃない! 食料を調達しに行くの!!」

 庵が少しだけ楽しそうに傍観しているこの戦いも、どんどんヒートアップしていき、ついにはその傍観者にまでその矛先は向けられた。

「「あんたはどっちなの!?」」

「えっ?」

「だから、あたしと遊ぶか」

「私と買い物に行くのか」

 どっちなの!? と二人が庵に詰め寄る。恐らく、二人ともどっちかを選んで欲しい訳であるのだが、どこまでも平和を味わっていたい庵としては、この選択でどちらかを選ぶことは出来ないので、だがしかしどちらかを選ばなければ何か、死ぬような気がした。

「……じゃあ、俺は……」

 二人は息を飲む。一人の少年は冷や汗をたらし、生つばを飲み込に、殺されないことを祈って、

「―――……ッ!! 逃げます!!」

 え、と二人が驚くヒマもなく、いおは速攻でドアを開け、青い空へと全力疾走し始めた。



 ―――その後、体格の割に恐ろしく足が速い金髪の少女に庵が取り押さえられたのは言うまでもない。

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