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第四章 望みと激突のページ 8

    8


 景色が、揺れた。

 実際には自分がバランスを崩して視界がぶれたのだけど、それだけではないのでこの表現は正しいと思う。

 空以外の風景が、一気に襲い掛かってきたのだから。

 しわがれた笑い声が耳を劈く。近い距離で発せられたものが遠くにあると思えるぐらいには、自分はよほど唖然としていたのだろう。

 逃げ道はない。

 まずい、彼女が直感した時には、その猛威は目の前まで迫っていた。

 冷や汗が頬を伝い落ちる、そこでなぜルナは彼のことを思ったのだろう。



 まるで吸い寄せられるかのように一点に向かって降り注ぐ瓦礫を眺めながら、フレデリックはただ笑っていた。その顔に、今までの「英国紳士」という厳かな雰囲気は微塵も残っておらず、凶悪で狂いきった感情が余す所なく溢れている。

「ぎゃははは! は、はっは! 馬鹿ですねえ、馬鹿ですよ! 私が『絶対正義組織(フリーメーソン)』なんかに寝返ると本気で思っているんですか!?」

 それはもう嘲りと言うよりは罵倒にちかいニュアンスだった。

「温室育ちのガキはこれだからいけない! すぐに人を信用する! はっは! 面白い! その結末がこれですよ!」

 そういう言葉がしばらく続いて、瓦礫の流星群はやっとその勢いを止めた。

 辺りはすっきりと建物が崩れ落ち、とても見晴らしの良い夜空が映えていた。

 白煙で視覚がシャットアウトされたその先にいる少女は、もう原形すら留めていないだろう。

 そんなことを予想しながら、フレデリックは瓦礫でぐちゃぐちゃになった足場を突き進む。

「……ほおお」

 瓦礫の中には一点だけぽかんと穴が開いたように開けた場所があった。アスファルトが唯一見えるそこには大量の白い羽根が落ちていて、中心には金髪の少女が地面にうつ伏せで倒れこんでいた。

 そこから伝う液体が小さな血をつくる唇は、虫の息という言葉が似合うほどの呼吸を続けている。

「あれだけの物をほとんど受け流すほどの羽根を出現させるとは驚きですが、どうやら神力(マナ)が枯渇しているようですねえ」

 神力とは、神術を使う時に必要なエネルギーだ。だがゲームでよく言う「MP」とは違って、これ自体は「HP」と同義――このエネルギーは術者の生命力から精製されている。つまり、術者は術を行使し神力を放出し続ければするほど、自身の体力を削っていくこととなる。今の彼女は体力が尽き果て、ほぼ瀕死の状態になっているのだ。

 普通なら過労死する。その疲労の度合いは、一日中寝ず食わずで走り続けた場合に匹敵している。

 それでも、彼女は呼吸をしている。

「とっさの判断力、それについてこられる身体能力……なるほど。伊達に個人で地域担当をしているだけのことはあります」

 ですが、とフレデリックは続ける。

「メンタル面がまだまだ年相応なようで……。くっくっく……! ははは! 所詮、最後に生き残った方が勝者なのですよ! 騙してでも、裏切ってでも勝つ、負けることが許されない! それが魔道! 平和ボケした神道とは違うのですよ!」

 笑いながら、フレデリックはルナの髪を掴み、無理矢理体を起こさせた。

「ぐっ。う……」

 ルナが悲痛の声を上げる。それを楽しむかのように、フレデリックの笑い声がさらに増す。

「後悔してますか? 人を信じた挙句これです。可哀想だから、信じてあげよう、そういう情が生み出した結果がこの失態ですよ!」

 苦痛に耐えるルナの口が動く。

「後悔……な、んてしてない。私は……、人を、信じる、道を、選んだんだから」

「人を信じる道?」

 はっ、とフレデリックは笑った。そしてその表情が突然険しくなったと思うと、彼はルナの体を地面に叩きつけた。

「がっ!」

「この期に及んでもまだ『信じる』とか綺麗事ヌかしてんじゃねえぞ小娘があッ!! 裏切られたんだよ! てめえは裏切られたんだよ! あー、くそっ! イライラさせてんじゃねえ! 殺す! すぐ殺す! 今から殺――ッす!!」

 自我を見失った雄たけびのような罵声が、ルナの耳を劈く。

 フレデリックはサーベルを振りかざす。狙いは頭、詳しく言えば下顎。口を吹き飛ばして、もう二度と喋られない状態で昇天させてやろう、という理由からだ。

 まずい、とルナは体に危険信号を送る。だが、大量の生命力を消費し、必要な器官だけエネルギーを送る彼女の体は、手足なんて末梢部分はぴくりとも動かない。

「死ねやァア――――――ッ!」

 奇声を発しながら、フレデリックは勢いよくサーベルを振り下ろした。

 ルナは強く目を瞑った。

 その後のことは良く覚えていない。

 自分が死んだのか、まだ仮死状態の夢の中なのか、とりあえず目を開けることができそうだったから、彼女は少しずつ視界を開けていった。


 そこには、白目をむいて気絶――いや、絶命しているフレデリックの体が転がっていた。


「――なッ!」

 彼が持っていたサーベルは、持ち主の傍らに転がっていて、血に濡れていないことから、一応自分は止めを刺されていない、ということを悟ったルナは次の疑問に辿り着く。

(一体誰が……!?)

 足音が響いた。そちらに目を向けたいところだが、今のルナは首を動かすことさえままならない。

 彼女はただ、耳に入っていく言葉を聞き入れることしかできない。

「おゥおゥおゥ。ナニやってンだよコイツ。んだ? ジジイだから耄碌(もうろく)してンのかァ?『無重鎧の羽飾り(ロセンスデコレ)』の術者は殺すなつってたろうが。おい、返事しろ……ってもう死んでんのかァ。ハッ。弱ェ」

 ルナは目を見開いた。

 声の主はフレデリックの体を蹴飛ばし、ルナの目の前でしゃがみ込みむと、彼女の顔を覗き込んだ。


「よゥよゥよゥ。ひっさしぶりだなあオイ。あのガキは元気してっか? お譲ちゃん」


 デッドバー・リングは、その口の端を吊り上げて笑った。


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