第四章 望みと激突のページ 7
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戦いは、誰が合図することもなく始められた。
「はああっ!」
ルナは一気に間合いを詰め、レイピアをフレデリックの体に突き出す。フレデリックはサイドステップでそれをかわし、サーベルでルナの剣を弾き飛ばした。
「なっ……!」
レイピアが回転しながら宙を舞う。
「ほっほ。甘いですねえ。急所を狙わないから、簡単に避けられるのですよ」
フレデリックは丸腰になったルナに、容赦なくサーベルを穿つ。
だが、その突きは急に威力を落とし、ついには止まってしまった。フレデリックが確認すると、刀身に幾枚かの羽根が付いていた。
(―――……! 衝撃吸収の付加ですか……!)
フレデリックは攻撃を中断し、サーベルに付いた羽根を薙ぎ払った。
「ほほう。運が良かったですねえ。能力に助けられるとは……。……むっ?」
フレデリックが再び構え直したときには、ルナはレイピアを手にして、彼に攻撃を繰り出そうとしていた。
「おっと!」
フレデリックは後ろに下がって、間合いを開く。
ルナは跳躍し、落下と共にその鋭いレイピアをフレデリックに突き刺そうとする。その高さは、常人ではありえない程のものだ。
それを目に留めておきながらも、フレデリックの表情に焦りの色は見えない。
「ほほっ! 上から仕掛けてくるとは、なかなか能のないお方ですなあ! こういう攻撃も、避けようがないでしょうに!」
フレデリックは笑顔を浮かべ、手にあるサーベルを落ちてくる彼女めがけて突き出した。ルナのレイピアは長い方ではあるものの、それでもサーベルのリーチには敵わない。このまま落下してしまえば、彼女の脳天を一本の鉄針が貫くことになる。
だが、ルナはフレデリックが思うような軌道を描いて落下しては来なかった。彼女の体はサーベルの切っ先をギリギリで掠め、彼女の剣がフレデリックの左肩を貫いた。
「ぐっ、あああぁぁあぁぁぁあぁああ!?」
フレデリックが苦痛に崩れようとすると、ルナは刀身が折れないようにレイピアを勢いよく抜き、彼の顔面に回し蹴りを叩き付けた。
「がっ!!」
フレデリックの体は吹っ飛び、数回バウンドして地面に転がった。
ルナは姿勢を戻し、レイピアに付着した血を振り払った。そして周りに漂う白い羽根を一枚手に取る。
「能がないのはそっち。空だったら移動できないのはサルでも解る。あと、何か間違えてるみたいだから言っとくけど、この羽根の能力、衝撃吸収じゃないから」
「なん……ですと?」
実際には「おもみ」を軽減できる『無重鎧の羽飾り』の能力で自分の体にかかっている重力のバランスを乱れさせて、軌道を変えただけというトリックなのだが、そもそも『無重鎧の羽飾り』の能力が「衝撃吸収」だと思い込んでいるフレデリックにはそんなことは思いつくはずがない。
フレデリックはよろよろと起き上がる。押さえてもいない左肩からは血がどくどくと溢れ出し、右目に大きな痣ができている。
「教える必要はない。たとえ教えたとしても、その体じゃ私には絶対勝てない」ルナはレイピアの切っ先をフレデリックに向ける。「降参しなさい。そうしたら、私がこれ以上あんたを傷つける必要はなくなる」
フレデリックはしばらく彼女を見つめた後、なにか振り切れたように笑った。
「ははははっ。くっくくく……。いや、失礼。久しぶりに面白い方に出会えたもので」
ルナは不思議そうな顔を浮かべて、「何で?」と聞き返す。それを見たフレデリックは、まるで孫と遊ぶ時の祖父のような優しい笑みを浮かべて、
「決して急所は狙わず、レイピアを刺す時も、腕が使い物にならなくならないように、上手く筋の隙間を貫く。そして締めには降参しろ。……相手のことを考えすぎですな。いつか足を掬われますぞ」
彼の言葉はどこか、強い意志が籠められているようにルナには聞こえた。
「……。いいの。それで誰かを殺さずにすむなら、いくらでも私は危険を犯すと決めたから」
フレデリックはまた笑った。嘲り、ではない。ただ純粋に可笑しくてたまらないのだ。
「ははっ、甘い。とことん甘いお嬢様でいらっしゃる。まるであの方の真逆をいく考え。平和ボケ、と言うのでしょうか。こういうものを」
「なっ! へ、平和ボケなんかじゃないっ!」
ルナは顔を真っ赤にして言った。フレデリックはそんな彼女を幸せそうに眺めると、手に持っていたサーベルを、ルナの足元に投げ捨てた。
からん、と呆気無い音を立てて地面にサーベルが転がる。
「……! なん……」
「でも、そんな考え、私は嫌いではありません。降参します。私の負けです」
「……、」
フレデリックはルナに歩み寄った。そして、彼女に手を差し出すと、
「最後に、貴女の名前を教えていただけないでしょうか? こんな敵にですが」
悲しい顔を浮かべるフレデリックを見て、ルナは心のどこかでホッとした。
「私はルナ。竜串ルナ。よろしく、フレデリック」
「ほほお。私の名前を覚えていただけているとは、誠に光栄です」
「約束して。『悪魔教団侵略雑音』から抜けると。あなたみたいな人は、ああいう所にいちゃいけない」
フレデリックはルナの目を見た。強い決意が宿った、紅い目だった。
「ええ、分かっています」
フレデリックは笑顔で言った。
「貴女のような平和ボケした人間は、即急に死ぬべきだと、ね」
「―――……え?」
ルナが間の抜けた返事を返したその時、彼女の真後ろにあった工場が崩れ、その瓦礫が襲い掛かった