第四章 望みと激突のページ 6
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ぶおん、という音とともに、庵の体はその空間に出現した。
「っと、うわっ!」
なんとも情けない効果音と声を上げた庵は、その場に尻餅をつく。
「つつ……、もうちょい低い場所からだせねーのか……。ほぼ2メートル上から落ちたぞ……」
ズキズキと痛むお尻をさすりながら、どこに落ちたのかを確認する。
庵がいる場所は、卸売市場のせり場をバックにして月光に映える海の、その二つの間にある防波堤の上だった。
ここには何度も来たことがある。両親もいなくて、海老村とも会っていない、つまり友達は瑠璃華ぐらいしかいなかった頃の彼が、よく一人で釣りやスピアフィッシングをやっていた場所だ。
だからこそ、奇妙な点がある。人がいない。ゴールデンウィークのせいもあって、夜の漁に出る人がいないのは分かるが、昔からこの場所を知っている庵としては、この人気のなさはどうも腑に落ちない。まるで、あのデパートの事件の、デパートから出て来た時のあの異様な風景のようだ。つまり、ルナのあの羽根による能力が発動している、ということか。
つまり、この辺りにルナがいるのか、と彼女を探す庵だが、彼女を見つけきる前に恐ろしいものを目にした。
「……っ。デッドバー……!」
庵の目の前に広がる海のちょうど真ん中辺り、そこに浮かぶ黒いシルエットが顔を出している部分の上に、それはいた。
距離は遠い。つまり、庵が見えている「それ」もぼやけていて、デッドバーである、という確信はない。だが、そこから放たれている妙な違和感。それが、無意識ながらにも庵に昨夜の記憶を呼び起こす。
庵はすぐに近くの建物の陰に隠れた。前述したように、距離は遠い。まだ庵が近くにいる、とはバレてはいないはずだ。
庵はデッドバーのいる方向を睨みつけながら言った。
「ちくしょう……。本当に来てやがる……! ……、ん? 待てよ。なんであんなに余裕に構えてんだ? ルナが向かったんだから、戦うとか、逃げるとか、なにかするだろ普通」
まさか、「即行で片付けました」はないよな、と縁起でもない可能性を考えながら、庵は思考を巡らせる。
(ルナは確実にこっちの方向に向かっていった。そしてその先にはデッドバーがいた。んで、はいここで会ったが百年目! いざ勝負!……ルナの性格から考えてそれはない。まずは様子を伺うはずだ。なら、……ルナはまだどこかで息を潜めている……?)
庵の思考がそこまで辿り着いた時、遠くから爆音……というよりは建物が崩れるような音がした。
庵は驚いて、その場所を確認しようとするが、見えない。何かないかと辺りを見回して、せり場の屋根へのはしごを見つけると、それを一気に駆け上る。
屋根の上に立った庵は見晴らしの良い場所を探し、音源の方へ目を凝らす。
視界の先には、崩れる小さな工場と、そこから立ち上る白煙が空を覆っていた。
そしてもう一つ、ぼんやりと、だがハッキリと、噴煙の中から吹き飛ばされたように出てきた、一人の少女が見えた。
「―――ッ! ルナ!!」
庵は叫び、彼女の元へと向かう。