第四章 望みと激突のページ 3
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ルナは通りを目にも留まらない速さで走り抜けてゆく。『無重鎧の羽飾り』の効果で摩擦、空気の抵抗、自分の体重などを調整して、常人ではありえないスピードを生み出しているのだ。その速さは、時速50キロを超えている。
その走る先には海があるはずだ。
(……、船? 太平洋側から船が来るなんてありえないけど……)
だが、可能性はある。電気会社ノイズの本社はアメリカだ。なら、『悪魔教団侵略雑音』の本部もその付近にあってもおかしくはない。
しかも、船だ。航空機も使わず、船で来たという事には、それなりの訳があるだろう。
(確実にあっちはレーダーをすり抜ける図式を持っている。なら、次に考えるのは人目……。つまり、相手は潜水式の船を使って来ている……?)
一つだけ、疑問が浮かぶ。なら、なぜ魔力を放ってきているのか。
誘われている、としか考えられない。こちらが、警察や軍隊に連絡をいれず、『執行人』だけでやって来る、という絶対的な自信があるのだろう。
ルナは確かにそうはしなかった。彼女の座右の銘は『誰も死なないこと』だ。他の『執行人』からは笑われるようなモットーだが、それが彼女の全てだ。誰も死ななくていい、死ぬのは自分たちのような人間だけだ。
だから、彼女は一般人を巻き込まない。どれだけの訓練を積んでも、警察や軍隊は普通の人間だ。そんな者が、「『人』を超えた力」に太刀打ちできるわけがない。だから、たとえ自分一人で戦うことになろうとも、彼女は逃げない。自分が逃げたら、その後ろにいる、自分が護っていた人が犠牲になる。そんなの、耐えられない。
しかも、その中にあの少年が入っているなら、なおさら。
「……、」
ルナは仕事上、たくさんの人を護衛してきた。時には大富豪、時には政治家、様々な分野のトップを。彼らは皆、汚かった。汚職に手を染め、金に物を言わせ人を殺し、自分の盾など幾らでも用意する。一言で言えば、自己中心的。自分さえ安全で、裕福ならそれでいい、そういう人ばかりだった。
だが、あの少年はなんだ。
大した関わりもなく、これきりの縁だというのに、あの少年は自分の事をかえりみず、護衛する側のルナを護ろうとする。そんなことしても何の得もないのに、自分に気を使ってくれる。
あんな人、初めてだった。
ホネットに似ているかもしれないが、また違う。
ホネットはたまに、自分と接する時に影を見せる。だが、あの少年は純粋に自分と接してくれる。笑ってくれる。
ルナは、その笑顔を護りたいと思った。仕事で護るのとは違う、なにか他の感情がそう思わせる。
この感情は何なのだろう。
今までに感じたことのない、とても暖かくて、もどかしくて、でもどこか嬉しい、そんな思い。
あの少年の事を考えると、不思議と笑みがこぼれてきてしまう。
もっと、彼と話したい。今度こそ、きちんと名前で呼んであげたい。
もう、これきりの縁、なんて引け目を感じたくない。
「だから……」
まずは、目先の問題を終わらせないといけない。これを終わらせて、笑顔で帰りたい。
ルナはその華奢な首にかかる金属に手を触れる。それだけで、強くなれる気がして。
「……、庵……」
呟き、彼女は敵の元へと走り抜ける