第一章 出会いのページ
一章 「出会いのページ」
1
「……、はぁぁぁ〜あぁ〜〜……」
恐ろしく重く、深く、暗いため息とともに半径1メートル程のどんよりオーラを放った獄魔 庵は、その場で校門を背に座り込んだ。
そんなスーパー低テンション16歳、彼女いない歴=生きてきた時間の庵の前を、キャッキャッと騒ぐ制服姿のカップル、ハイな男子アンド女子が通り過ぎる。
「ちくしょぉ……、青春かよ〜。青い春かよ〜。俺は黒い冬かよ〜」
なんてことを体育座りでうずくまりながら呟く庵の肩を、誰かが叩いた。庵が頭を上げると、そこには庵の通う高校、海晴高校の制服に身をつつみ、ブレザーはボタン全開、金髪、ピアスという一見不良少年を思わせる彼のクラスメイトがいた。
「ナーニ黒い呪文みたいなモン唱えてんだよっ。庵」
「うっせー海老村。いいなーお前は性格も名前もユカイで」
「うなっ! 海老村入鹿の何がユカイじゃッ!?」
海老村は後ずさりしながら叫ぶ。
「もうエビとイルカの時点でユカイじゃ。お前、そのうち、名前に名字喰われっぞ」
うなっ! と頭が真っ白になる海老村を、やっぱコイツはユカイだな〜と庵は眺める。
この自毛から金色なエビイルカは、自毛から青色な庵を「色つき自毛仲間」ということで中学校の時からちょくちょくからんでくる。庵の方にしても退屈しのぎになるので付き合ってやっている。
本心から言うと嬉しかった。庵には友達が少なく、そして母親がいない。病気で死んだそうだが庵が2歳の頃の話なので思い出が一切無い。そして父親、こっちは生きてはいるが、大して思い出は無い。庵の父親は研究者で、家にいても地下の研究室にこもりっきりだし、そして何より、
ちょくちょく行方不明になる。
しかも、帰ってくる時はへらへらと笑いながら、お土産などを持ち帰ってくる。
ちなみに最近のお土産はシンガポールの蛇酒だった。(蛇エキス入のビール)
確か、最初にキムチを持って帰ってきた時は、跳び膝蹴りを顔面にお見舞いしてやった。
そんなかんだで今日の庵が黒オーラなのも昨日バカが行方不明になって、そのせいで警察にいろいろ夜中まで聞かれて疲れているからだ。
「……帰ってきたら腕ひしぎ十字固めとV1アームロックかけてやる……!」
しかも同じ手にだ! と心の内に決意を固めていた庵の左側頭部を、通学用のカバンが直撃した。
ぐばぁぁぁ! と受け身の出来ない姿勢だった庵は、華麗に右に吹っ飛んだ。しかも海老村、不幸なやつめ。庵の右にいたので巻き込まれやがったよ。
「だ、誰だ!?」
庵はがばっ、と起き上がり衝撃源へ目をやった。
そこには海晴高校の制服を着た、赤ずんだ黒髪をツインテールにした少女が、右手でカバンをくるくると回して立っていた。
「庵。アンタねぇ……、明日からゴールデンウィークなのよ!? 何でそんな黒オーラを放出してるわけ? 幼なじみとして見てられなかったから活いれてやったわ!」
ツインテールの少女は猛々しい態度で言った。
「てめっ瑠璃華……! カバンは人を吹っ飛ばすモンじゃねーんだぞ……」
知らないわよ、と言う瑠璃華を無視して庵は海老村の方を見た。
「……え、びむら……?」
海老村は気絶していた。弱すぎ。
「海老村ァーーーッ!! 死ぬなーーーーー!!」
「死なねぇよ!!」
ものすごくすごい言葉を口走った庵に、間髪入れずカバンをぶつけた瑠璃華は、ズカズカと庵に近づき庵のネクタイを掴む。
「あたしを無視するたぁいい度胸じゃん。庵」
「あの〜? オネエサマ? キャラが変わっているので……ぎゃーーー!!」
見事に腕ひしぎ十字固めが極まった。
「うわぎゃーー! 死ぬーー! お助けーー! お代官サマーー!!」
「さぁ謝れ! 謝れば先刻の事は水に流そう! さぁ!!」
「謝れって俺何もしてな……ぎゃーーー!!」
庵の両足はしまり、両手を広げ、まさに十字である。とその時、
「う〜〜やられたぜ……、」
海老村が起き上がった。ちなみに入鹿の鹿は馬鹿の鹿である(庵談)
「え、海老村!? 助けてー!! 今こそ、真の友情をぉおお!!」
「んん?」
海老村が庵と瑠璃華を見る。寝ボケていた顔が、一瞬にして驚愕に染まった。
「な、何だよ海老村?」
「うわーーん! 庵が女子とイチャついてるーー!!」
「違うわぁ!!」
庵と瑠璃華が、同時にカバンを海老村の顔面に投げつけた。2つのカバンが美しく宙を舞う。鼻血と共に。
2
ゴールデンウィーク前日の商店街は人気が無く、まだまだ春なので5時でも日はやや高かった。
「あーっ! もう! 何でデパート閉まってんのよ!」
「……、あの〜?」
すぐにでもデパートの窓ガラスをかち割ってしまいそうな瑠璃華に、後ろから庵は手を上げて質問する。
「なんで俺はこんなトコを、ユカイなイルカやプロレス女と一緒にねり歩いているんですかー?」
飲みかけのジュースの缶が、庵の顔面に直撃する。
「誰がプロレス女ですって?」
瑠璃華が笑顔でピクピクと顔をひきつらながら、ゆっくりと振り向く。
「……いや。絶世の美ゴリラの間違いでした」
瞬間。瑠璃華の左足による一撃が庵の髪をかする。
「だ〜れ〜がゴリラですってぇぇぇ!?」
今にも庵に襲いかかりそうに、ふーっふーっと荒い息を立てる瑠璃華を、まぁまぁと海老村がおさえる。
「じょ、冗談だって。なんでいっつも暴力に走るかなぁお前は。そんなんじゃモテねーぞ」
「なっ!」
一瞬、瑠璃華から表情が消えたので、やべぇ今度こそ殺される! と庵は本気で謝る。一方、瑠璃華は戦意喪失したのか海老村を振り払い、歩き始めた。
「ど、どした?」
庵がきょとんとした顔で尋ねる。瑠璃華は立ち止まり、
「……別に。何でもないわよ。私も買い物に付き合わせている身だし、迷惑だろうし……」
海老村はさておき、庵としてはあまり迷惑ではなかったのだが……。なので庵は庵なりにこの空気をどうにかしようと思った。
「そっか。じゃ、次どこ行く? ストレス発散にカラオケでも行くか?」
「え? ……いいの?」
瑠璃華が庵のほうを振り向く。驚いているのか嬉しいのかどっちか分からない、そんな顔だった。それに応えるように庵は優しく笑った。
「あぁ。俺も海老村もどうせヒマだしな」
と海老村の事情をまったく無視して言ってやった。特に深い意味は無い。
「よしっ。じゃあ。行くか」
と、その時だった。
突然、庵達の目の前のデパートの一階が爆発した。
3
うわっ! きゃっ! などの声と共に、デパートの近くにいた人たちが爆風に呑まれ、転がってゆく。
庵もその中の一人だった。踏ん張ろうと努力はしたが、なにせ爆発源は目の前である。災害や事故の時の対策か、割れれば粉々になるガラスのお陰でケガはしなかったが、爆風だけでも相当な威力だった。庵は倒れはしたが転がりはせず、地面に這いつくばった。
「瑠璃華!! 海老村!! 大丈夫か!?」
返事はなかった。この爆音と爆風である。耳が一時マヒしても不思議ではない。
爆風が止んだ。庵は起き上がり、二人を探す。まだ白煙が舞っているが、二人は割と近くにいた。瑠璃華は横倒しになっていて、対して海老村は……、
倒れているゴミ箱に頭を突っ込んで失神していた。
アホらしい、と思いながらも庵は、二人が安全なことを確かめるとデパートの方を向いた。今日デパートは休みだったが少ない数の従業員は中にいただろう。
庵は走った。ケガをしている人がいるかもしれない。庵はただの高校生で特別な何かがあるわけではない。だがそんなことは関係ない。ただ彼は目の前に助けを求めている人たちがいるのに、見ていないフリをして、そしてその後、動かなかった自分を後悔したくないだけである。
その正義感は、何度も、大切な人がいなくなるという悲しみを経験しているからか。
だが、それは庵がやらないといけない訳ではなかった。いや、それは庵のやるべき事ではなかったのかもしれない。
庵は煙の中、デパートの一階の真ん中のホールに立ち止まる。辺り一帯は崩れに崩れ、とても危ない状況である。
「おーい!! 誰かいないか!? ケガとかしてないかー!!」
必死に叫ぶが返事は無い。
「くそ……、どうする……!」
「―――ちょっと。なんでここにいるの?」
ふいに聞こえてきた声に、反射神経で庵は振り返った。
そこには細長い剣を抱えた少女が立っていた。
身長は庵より頭一つ小さく、小柄な体型だった。金色の短髪は前、右、左と一ヶ所ずつ黒いリボンでまとめてあり、左の方だけまとめきれていない髪がはみ出している。瞳は鮮血のような紅で、それを囲む目の輪郭は少しだけつり上がっていて強気な性格が見え隠れしている。服はそこらの女子と変わらず、おへそを出した二枚着の黒いシャツにダボったズボンを着ていた。
その少女はたいした飾りもされていない剣を肩から降ろすと、一息ついて、
「ここは危ないから、一般人はさっさと逃げて」
「な、お前だって一般人だろ!! お前も逃げろよ!!」
「その必要は無いわね。さっさと敵を捕まえないといけないの」
「敵? デパートを爆破した奴がいるのか?」
「……余計な詮索はしないでくれる? ケガしたくなかったらさっさと逃げて」
少女は無愛想な顔を庵にぶつけて言った。
「逃げて。ってお前はどーすんだよ!? そんなオモチャの剣で戦うつも―――」
刹那、少女が後ろにあった石製のキャラクターの像に剣を叩きつけた。
「なっ……!」
像は斜めにスッパリ切り落とされた。轟音がホールに小さく響く。驚き顔で像の切り口を見つめる庵を、少女は無表情で眺める。
「分かった? 私は逃げる必要がなくて、あなたはある。心配してくれるんなら嬉しいけど、ここにあなたがいると私も危険になってくるの。だから逃げて」
少女は無表情だったが、無表情だったからこそ自分を本気で心配してくれているのが、庵には分かった。
「……でも、ケガした人たちとか……、」
「大丈夫。あとで保護しとくから」
「そっか。ありがとな」
「え?」
少女は驚き顔で庵を見ている。庵はよく見ると可愛いなーとか思いつつ、
「『え?』って、え? 俺、何か失礼な事言った?」
少女はハッ、と我に返るとすぐにそっぽを向いてしまった。
「いや……なんでもない……、気にする必要は無い……」
? と頭をかしげる庵。よく耳をすましてみるとデパートの奥から騒がしい音がする。
「じゃ、私は行くから。あんたは逃げときなさいよ」
「分かった。気ィつけてな」
という言葉がかけられない程、少女はさっさと行ってしまった。
「……よし。俺もとっとと退散するか。ここにいても邪魔らしいからな」
庵も出口の方を向いて瑠璃華達の所に走った。
デパートから出てきた時、庵は異変に気づいた。あれだけ大きな爆発があったのに関わらず、野次馬どころか瑠璃華達、いや、人がいなかった。
「……、これって……?」
普通、野次馬が来てもおかしくないし、それより警察が来るはずである。だが庵がさっきまでいたこの商店街は、まるで廃墟のように人気が無かった。
「どうして……、瑠璃華達は……?」
その時、ふいにデパートの前の電器屋のガラスが目に入った。そこには、倒れたゴミ箱、デパートのカンバン、自分、
そして両手にそれぞれ拳銃と手榴弾をもった、血まみれの中年の男がデパートの入り口に立っている姿などが映っていた。
「―――ッ!!」
庵は驚いて振り向こうとしたが、
「あ゛―っあ゛ーっ! ガキ、動くな」
血まみれの男は震える手で、だが力を込めて拳銃を庵の背中に押しあてた。
ガラスに映った手榴弾が鈍く光る。
庵は進むべきではなかったのかもしれない。
4
デパートの中は暗かった。
あの時の手榴弾のお陰で、ブレーカーが落ちたのか……、と金髪の少女は崩れたデパートの中を歩く。足元を流れる白煙はデパートの入り口へと向かっている。
「……外、かな。でも人目に触れるのはあっちにとっても不利なハズ……」
かと言って逃がすわけにもいかない。少女は振り返って白煙の流れる方へと足を進める。
庵と血だらけの男は、かれこれ15分そのままの姿勢で硬直していた。目の前のガラスごしに見える男の体は、あちこちに切り傷やワイヤーで絞めつけられたような跡があった。
「あ゛ーっ!! くそっ! 手間かけさせやがって、あのチビガキィ……」
あの少女の事だろうか。あの時、彼女は多分この男を倒しに行ったと思う。その後この男が出てきたということは……。彼女は大丈夫なのだろうか。
「……あんたがデパートを爆破したのか?」
「あ゛? そうだよ。なんか悪ぃのか?」
庵は驚いた。建物ひとつ爆破すると中にいた人や、周りにいた人がケガをしたり死んでしまったりする。実際、あのデパートにも中に何人か人がいたろう。
建物を壊すという事は、物理的にも間接的にも多くの人を苦しめる結果になる。常人ならそんな事は出来ないだろう。
それをこの男は「なにか悪いのか?」と言った。
人を苦しめることに、人を殺すことに何も感じない。
庵は心の底から恐怖を感じ、そして同時に大きな怒りを感じた。
「あんた本当に、悪いことをした、って思ってないのか……!」
「あ゛ー!? 思ってねえよ! だから何だっつーんだ!!」
庵の中で何かが爆発した。一発殴らないと気がすまない。いや、一発では足りなすぎる。
「てめぇ……!!」
庵が右手に拳を作って振り向こうとしたその瞬間だった。
「動くなっ!!」
庵の拳が止まる。
その声は庵のものではなく、男のものでもなく、透き通った女性の声だった。
声の音源は前や後ろでも、ましてや右や左でもない。上だ。
庵と血まみれの男は紅がかった空を見上げた。
二人の前にある電器屋の屋上、そこに、
細長い剣を抱えた金髪の少女がいた。
5
「あなたねぇ……、早く逃げろって言ったでしょ?」
少女は空いている片手で頭を掻きながら、呆れた表情で言う。しかし、その顔には少し安心したような感情が混じっていた。
庵もまた、安心した表情を浮かべて言う。
「お、俺だってけっこう心配したんだぞ! この男にやられてしまったんじゃないかとか!」
なっ! っと少女の顔が赤くなる。
「私がこんなザコにやられる訳ないでしょ! バカにしないでよバカ!!」
「バ、バカだと!! お前だって敵逃がしてんじゃん! バーカ!!」
庵は怒ったような顔をしているが内心はすごく嬉しかった。なんだかんだでこの少女のことをけっこう心配していたのだ。
(……、あれ? なんか一人忘れているような……)
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! うるぜぇぇ!!」
庵と少女が男に注目した。ザコ呼ばわりされて少々キレ気味である。男は庵を引っ張り、盾のようにしながら頭に銃をつきつけ、
「いいか!! 動けばコイツを殺す! まず獲物を降ろせ!」
少女はヤレヤレとため息をついて、
はい、と
庵がいる方向に、剣を豪速球で投げてきた。プロ野球選手も驚愕のスピードである。
「えっ!? うっそ!? わーーーー!!」
時速200キロほどの速さで、自分目掛けて飛んでくる剣に、庵は絶叫しかできなかった。その剣は人間の神経の循環より速く、
バギャン! と庵につきつけられた銃を貫いた。
「なっ!?」
しかし、血まみれの男もそれでボーっとしているようなバカではなく、庵を引き付け手榴弾を構えた。
「あ゛―ガキィ……、ふざけたマネしてくれんじゃねーか……!」
「だーれがあんたみたいなのの言う事聞くと思ってるの? 私は警察でも自衛隊でもないのよ。人質とったところで何も変わりはしない。あんたを殺しちゃいけない必要も無いし」
人質の前で容赦の無いことを言ってくれる。要はその手榴弾で二人死んでくれた方が手っ取り早いということである。冗談でも怖い。冗談に聞こえないのだが。
「ま、それが私たちのマニュアルなんだけど、私は殺し屋じゃないしね。私の場合は人質は放っとけないし、あんたも放っとけない。できるだけ死人はゼロにしたいの」
彼女は軽い口調で言ったが、それは彼女が一番大切にしている事というのは庵にも良く分かった。もしも、この男のように人を殺しても何も思わないような奴なら、あの時庵に「逃げろ」とは言わなかったハズである。
「で、どうすればいいの?」
「……、両手を頭の後ろに組んで座れ」
彼女は言われた通りに両手を組み、その場で女の子座りした。
庵はホッとした。もしかしたら今度は飛び蹴りー!! とか飛び頭突きー!! とかくるかも、とドキドキしていた。彼もやっぱり自分の命は惜しいので「俺はかまうな! やれー!」などは言えないのである。だが、あの少女の睨み度を考えると迷惑かけてるなーとは思う。情けないことこの上なしである。
(言えません! ホントすいませんけどまだ死にたくないですまじでゴメンなさい!)
心の中で懺悔する庵に呆れ、少女が口を開いた。
「……ねぇ、なんでこんな力持ってて悪い事に使うの?」
その声は悲哀と、優しさで満ちていた。
「あ゛? 俺が何しようが勝手だろうが?」
男のその言葉に庵はムッとした。そうだ。あんな、軽い一撃で石像をスッパリ斬れる奴を出し抜くほどの腕前だ。何の動機があってデパートを爆破したかは知らないが、それで有名人のSPとかになったら儲かるだろうに。
少女は続ける。
「じゃあ、何で悪魔なんかと契約したの?」
……。
……。
…………………………は?
「うっせえな。どうでもいいだろうが」
いや!! どうでもよくない!! 悪魔!? あの角生えててコウモリみたいな翼のついたあの!?
えええ!? と庵は頭の中で絶叫する。
そんな奴を脇目に、話は進む。
「……そんなに組織が大事? 組織の為だったら自分も殺せるの?」
「ハッ。自分の為だよ。俺はよ、力が欲しいんだよ。何も恐れなくていい程の絶対の力がな」
……あの〜〜? 話についていけませ〜ん。誰か〜。説明して〜。……あ! そうか! ドッキリか! なるほど! こんな手の込んだドッキリ……。いや〜俺も有名人になったもんだな〜。どこにカメラあんのかな〜。
「……、悲しくなってきた……」
自分の平和ボケした想像力に脱力しかけた時、庵は気がついた。少女の方から何か、音がする。チリチリと大気が振動するように、カサカサと砂が鳴るように、とても小さいが複雑に絡み合った音がする。男は気付いていない。
風? 庵は思った。が、違う。感覚的に何かが違う。
「あんた……救えないね」
少女が悲しげに言ったその瞬間、風が、止んだ。そして同時に、大量の羽根が辺り一面に出現した。
「なっ……!!」
それはまるで天使の翼のような白く、微かに輝く羽根だった。
「チィ……!! てめえ!!」
「悪いけどのんびり語り合う暇はないな」
少女は立ち上がり、こちらへ飛び降りてきた。
そんなトコから飛び降りてくるなんて、もう何でもアリだなぁ!! この羽根もさぁ!! 心の中で叫ぶ庵はふと気付いた。
男が動かない。手榴弾を使えばいいのに、それをしないどころか手榴弾を持つ手が震えてさえいる。
少女が庵と男の前に着地した。
その手が地面に突き刺さった剣に触れる。
「てめぇ……名は?」
その声に勝気はなかった。
「竜串ルナ(たつくし るな)。絶対正義組織フリーメーソンのメンバーよ」
そして、白い羽根の中で鈍い音がした。
日記にもできないような平和すぎる日々は、終わった。