俺はあと何回、世界最強になればいい?
「くああぁっ……」
教室の窓際の席で、俺はあくびをする。
先生は黒板にチョークで字を書きながら、えー、であるからしてー、などと間延びした喋りをしている。
昼休みを終えての、五時間目の授業。
午後の麗らかな日の光はとても暖かく、心地よい。
そんな中、まったく健全な高校生男子であるところの俺が、食後にあのような眠気を誘う声の授業を聞いていたら、眠くなるのも仕方のないことだと思う。
そう、これは決して、昨日も夜更かしをしてゲームをしていたからではないのだ。
あくまでも自然の摂理であり、不可抗力である。
そうして俺が、机の上で眠りにつこうとしていると、どこかから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『アキラさん……聞こえますか、アキラさん……』
声は俺の頭の中に、直接響いてきていた。
俺は心の中で、がっくりと肩を落とす。
女神だ。
またあいつだ。
俺は勝手知ったる何とやらで、声の相手に思念を送り返す。
『何だよ。俺いま眠いんだよ』
『……えっと、アキラさん。女神から頭の中に直接声をかけられているんですから、もうちょっとこう驚くとか、せめて真剣に聞く姿勢とかないものですかね……』
『だってお前、これで何度目だよ。どうせまた異世界だろ。世界救うんだろ』
『はあ、ええまあ、そうなんですけど……』
声の主は、俺の反応にご不満な様子だった。
でもこれまで何度も異世界に行って、何度も世界を救っている俺としては、当然の反応だと思う。
『えっとですね? 私の管轄下の、とある異世界がまたピンチでして。それでですね、そのぉ……なかなかアキラさんほどの転生者の素質を持った方が、ほかにいなくてですね? できればまた、アキラさんにお願いしたいかなー、なんて』
『いや、別にいいけどな。俺も異世界嫌いじゃないし。でもチート能力出し渋るのだけは、勘弁してくれよ』
『やった! ええ、はいはい、もちろんですとも~。今回もまた、いいチート能力をご用意してますよ~』
その女神の声とともに、俺の意識は真っ白な世界へと飛ばされる。
先ほどまで俺の視界に見えていた高校の教室風景が、ガラス細工のように砕け散り、延々と白い風景だけが映し出される。
俺は椅子に座っていて、その正面に、同じく椅子に座った少女がいた。
純白の薄絹に身を包んだ、絶世の美少女だ。
「そろそろ何が現実なのか、分からなくなってくるな……」
「全部現実ですよ? それはともかく、そちらが今回のチート能力リストになるので、どうぞご覧くださいませ~♪」
俺の向かいに座った少女──女神がパチンと指を鳴らすと、俺の手元に淡く光る携帯端末が現れる。
この端末は、俺が扱いやすいように、形状と操作方法がスマートフォンを模している。
俺は端末をいじり、画面をスクロールしながら、チート能力を確認してゆく。
「前回異世界クリアの報酬で、今の持ち越しって何ポイントなんだっけ?」
「えっと……二十万飛んで三十六ポイントですね。っていうか、異世界をクリアって、ゲームみたいに言わないでほしいのですけど」
「実際似たようなもんだろ。ふむ……二十万あれば、目ぼしいチート能力はだいたいマックスで取れるな」
「はいはい、そりゃもう。お安くしてありますから~」
揉み手をする女神である。
大変にどうかと思う。
「ま、いいや。それじゃさっさと飛ばしてくれ」
「了解しました! それではアキラさん、今回も、良き異世界ライフを」
ビシッと敬礼するように言ってから、最後だけ一転、女神っぽく微笑んで見せてきた。
やっぱり大変にどうかと思うが、俺、結構こいつのこと嫌いじゃないんだよなー……。
***
とか思っていたら、異世界にいた。
鬱蒼と草木の茂る、しかしところどころ木漏れ日の落ちる森の中に、俺はいた。
「今回も森スタートか。最近多いなこれ」
俺はつぶやきつつ、ひとまず身体能力を確認する。
近くの木の幹を軽く蹴ってみる。
足から衝撃波が飛んだ。
蹴った木は粉々になって吹き飛び、さらに蹴った方角にあった木が数十本、衝撃波によってなぎ倒された。
「あー……いかん、能力上げ過ぎた」
異世界について早々、森林破壊を行なってしまった。
まあいいか。気にしすぎてもしょうがない。
そう思っていると、そのとき──
「キャーッ!」
どこかから、女の子の悲鳴が聞こえてきた。
「……素晴らしい」
俺は思わずつぶやいていた。
そうそう、これだよこれ。
このぐらい分かりやすくイベントが進んでくれると、こっちとしても無駄な手間を踏まなくて済む。
俺はとりあえず、ダッシュで現場へと急行した。
音速を越える速度で走ると、三秒ぐらいで着いた。
すると、少し開けた場所で、馬車が黒ずくめの集団に襲われているのを見つけた。
そして、今にも黒ずくめの振るう短剣が、一人の女の子の胸を貫こうとしていた。
刺されそうになっているのは、お姫様らしきドレスを着た少女をかばうように、両腕を広げて立ちふさがった女の子だった。
お姫様お付きの騎士かメイドか、そんなところだろうが──
「ちっ、いきなり胸糞展開かよ」
俺はひとまず、事がなされる前に、時間停止の能力を使って時間を止めた。
それからダッシュでお姫様とお付きの人の前に行って、その体を刃の軌道上からよっこらしょとどかす。
時間停止のチート能力で止めていられる時間は、最大レベルで取っていても、十秒間だ。
時間はすぐに戻った。
「──っ!? な、何だ、消えた……!?」
「ほい、ご苦労さん」
俺は黒ずくめたちの背後に回り、首筋に手刀を入れて回る。
「がっ」とか「げはっ」とか言って、黒ずくめたちはバタバタと倒れた。
殺してはいない。気絶である。
俺が数度の異世界体験で学んだことの一つは、自分の手は汚さないに越したことはない、ということだ。
この黒ずくめどもは、このまま活かしておいたら新たな悪事を働くかもしれないが、そんなの俺の知ったことじゃない。
俺に見えないところで、それなりによろしくやってくれればいい。
正義なんてものは、やりすぎるとろくなことがないのだ。
何事もほどほどが一番である。
「なっ……!? これは……あなたは、一体……」
お付きの女の子が、驚いた様子で聞いてくる。
お姫様の頭上にも、疑問符が大量に浮かんでいた。
「通りすがりの救世主だ。……ったく、これ俺が周回じゃなかったら、完全に胸糞だろ」
「えっと……何を言っているのかよく分かりませんけど……おかげで助かりました。お礼をさせていただきたいので、お城まで一緒に来ていただけませんか?」
そう言うお姫様の瞳には、一目惚れの色が宿っていた。
いや、早い早い。早いから。
近頃の異世界の美少女どもは、ビッチが多過ぎて困る。
俺も最初の頃こそ恥じらいとか持っていたが、そろそろどうでもよくなってきた。
「ええ、是非とも──美しいお嬢様」
俺は地面に片膝をつき、お姫様の手の甲に軽くキスをする。
お姫様の顔が、ボッと真っ赤に染まった。
そんなわけで、最近はもっぱら、キザな英雄ごっこをして遊んでいる俺である。
わりと楽しい。
そうして俺は、お姫様の馬車に揺られて、お城へと向かうことになった。
もじもじして赤くなっているお姫様の隣に座り、御者として馬を操るお付きの女の子のちらちらとした視線を受けながら、あのお付きの子どうやって落とそうかなぁなどと考える俺だった。
──こうして俺の新たな異世界生活が、幕を開けたのだった。
今回はどんな旅になるのか。
何だかんだ言っても、結構楽しみにしている俺なのであった。