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聖母の騎士  作者: 和音
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「話では聞いていたが、想像以上だな……」


 エミーナの持つ剣には、魔物の体液が付いていた。眼前には、八体の魔物が転がっている。


「これで何度目だろうな」


 うんざりした顔つきで肩で大きく息をした。

 サーザードの王都を出て、進むに従って魔物と遭遇する回数が確実に増していた。今日一日だけでも、魔物との交戦は五度目である。

 サーザード王国は魔帝の軍団に直接攻め込まれる事はほとんど無かった。その代わりに、数多くの魔物が放たれ、国土を荒らし回った。その名残で魔帝がいなくなった今でも、魔物が数多く闊歩していた。そして、未だに被害をもたらしている。


「アレックスも戦いにすっかり慣れたな」


 エミーナの胸元で袋のようにされた布の中で、アレックスは大人しくしていた。その様子に特に変わった所はない。最初の頃は戦闘後は不安げに外を見ようと頭を動かしていたが、今では何事も無かったかのように平然としていた。


「戦いに慣れられるのも複雑だがな……」


 剣を振り、魔物の体液を飛ばし、鞘に納めたエミーナはため息交じりに呟いた。


「んあっ」


 気にするなと言わんばかりに声を出すアレックス。大人しくしなければいけない時間は終わりとばかりにごそごそと動き始めた。


「こら、あまり暴れるな。もう行くぞ」


 進み始めたエミーナは今晩の宿について考え始めていた。サーザード王都を出立してからというもの、宿に泊まれたのは最初の一日だけである。この五日は野宿である。サーザード南部には、カナックが言っていたとおり、町はおろか、村さえ無かった。エミーナが目にしたのは、無人となったその残骸だけである。

 ある程度の厳しさを覚悟していたエミーナであったが、サーザード王都で聞いていた以上の過酷な歩みとなっていた。

 日暮れが近づいてきている。今日も野宿か、とエミーナは肩を落とした。もちろん、彼女自身も野宿はきつい。常に周囲を警戒しなければならないし、ゆっくり寝る事も出来ない。そんな状態で疲れが癒える訳もない。しかし、それ以上にアレックスが心配であった。いくら、救世主とはいえ、まだ赤ん坊である。そんな彼を毎日野宿させて体調がおかしくならないか心配であった。


「ん?」


 すっかり隈が出来たエミーナの目に煙が立ち上っているのが見えた。道から少し逸れた林の奥から煙が立ち上がっている。


「村だろうか……」


 立ち止まり、煙が上空で流されているのを眺める。少し考えた後、エミーナはその煙の出所を目指して、進む方向を変えた。もし、村なら一晩泊めてもらえないろうかと考えたのだ。見知らぬ村であるから、完全には安心できないが、せめてアレックスだけでもゆっくりと眠らせてやりたいと思ったのだ。

 森を抜けるとそこには、確かに村があった。村、といっても半分以上の建物は崩れ落ちている。周囲に柵を巡らせているが、簡素な作りで所々が朽ちてもいた。

 柵が朽ちた部分を通り抜け、村の中へとエミーナは入っていった。

 少し進んだ時、エミーナは人の気配を感じて振り向いた。そこには年のころ十歳くらいの男の子が立っていた。手にはその子の身長より少し短いくらいの棒を握りしめ、先端をエミーナに向けていた。目からは怯えを感じる。棒を持つ手も若干震えていた。


「だ、誰だっ!」


 男の子は恐怖を我慢した上ずった声を出した。


「怪しい者ではない。不安を与えたのなら申し訳ない。私は訳あって旅をしている者だ。すまないが大人の人を呼んできてはもらえないだろうか?」


 出来るだけゆっくりと落ち着いた感じでエミーナは男の子に話しかけた。


「ここには大人はいないっ」


 男の子は警戒は解く様子は無い。


「大人がいない?」


「ああ、いない」


 眉間に皺を寄せ、エミーナは男の子をじっと見る。嘘を付いてるようには見えないが、村に大人がいないという事がよく分からなかった。


「んあっ」


 静かにじっとしていたアレックスが声を上げ、手をバタバタと動かし始めた。


「あ、赤ちゃん?」


 棒の先端が少し下がり、男の子の目から警戒心が少し薄れた。


「ああ。この子を連れて旅をしている」


 エミーナは男の子に胸の前でぶら下げられている袋状の布の中にいるアレックスを見えるようにしゃがんだ。男の子は中で手足を動かすアレックスを覗き込んだ。しかし、エミーナとの距離は保ったままではある。


「……ちょっと、待ってろ」


 少し考えた後、男の子はそう言い残すと、村の奥の方へと駆けていった。

 エミーナは言われたとおり、その場を動かずに、改めて村の様子を見た。道から見えた煙はどうやら村の奥にある家から出ているようである。耕された畑もちらほら見える。一見廃墟のように見える村であるが、所々に手を加えられ、生活を感じられた。

 村の様子を見渡していたエミーナの所に先程の男の子が戻ってきた。隣にはもう一人増えている。最初に見かけた男の子より、二、三歳上であろう少年である。


「旅の人、だそうですね」


 少年は観察するような目でエミーナを見ている。


「ああ。私はエミーナ。アルゴンから旅してきた。君は……?」


「僕はここを纏めている者で、ファッツと言います。まあ、リーダーみたいな感じですね」


「君が? でも、君はまだ十歳を少し超えたくらいの年齢だろう? 大人がいないとさっき聞いたが、一体どういう事だ?」


 目の前にいるファッツがこの村の村長という事になる。エミーナは首を傾げる。


「大人はこの村には一人もいません。皆、死んでしまいました。ここには残された子や、他の村や町から逃げてきた子供ばかりです。僕は最年長なんで、自然とまとめ役になっているんです」


「子供だけで生活しているのか?」


「はい。大変ではありますが、何とかなってますよ。ところで、ここには何か御用でしょうか?」


 用心深くエミーナを見るファッツが尋ねた。


「あ、ああ。出来ればでいいのだが、一晩この村で泊めて欲しいのだ。もう五日も野宿続きで、この子が心配でな」


 エミーナは袋の中のアレックスを見せた。アレックスは手をファッツの方に伸ばしている。


「赤ん坊を連れていると聞きましたが、まだそんなにも小さな赤ん坊を連れて旅をしているのですか……」


 ちらりと隣にいる男の子にファッツは視線をやる。手に棒を持っているが、最初に見せた警戒感は感じられない。


「ああ。少し事情があってな。別に君たちに迷惑を掛けるつもりはない。廃屋でもいいから貸してもらえないだろうか?」


 ファッツは少し考えた後、小さく頷いた。


「赤ん坊を連れて大変でしょうし、あなたは害意を持っていないようですね。わかりました。快適な場所とは言えませんが、一晩泊まってもかまいません」


 観察するような目からにっこりと子供らしい笑顔になったファッツに村の奥へと案内された。


「ここを使ってください。きれいとは言えませんが、野宿よりかはマシなはずです」


 通されたのは一軒の木造の家。確かに古く廃屋と言われても不思議では無い様子である。しかし、所々に補修された後があり、それはまだ、新しい。ファッツら子供たちが手を加えたのだろう。どこかぎこちない仕上がりではある。


「十分だ。感謝する」


 今はどんなあばら小屋でも野宿続きのエミーナにとっては天国である。


「夕食までゆっくり休んでいてください」


 夕食に誘われたエミーナであったが、決して豊富な食料があるとは思えないエミーナは固辞した。しかし、どうしてもというファッツに夕食の準備を手伝うという条件で心苦しさを感じながらも誘いを受けた。





「あ、それ、まだ早いよ」


 かまどで熱せられた鍋に野菜をいれようとしたエミーナを少女が止めた。


「そ、そうか……」


 先ほどから、エミーナはこのアリアという少女に注意され続けている。アリアはこの村の料理長らしく、他の子に指示を与えていた。皆がてきぱきと役割をこなしている中、エミーナは一人足を引っ張っていた。


「あ、バルサ草を取って」


 炒め物をしているアリアから声が掛かった。野菜の炒め物である。


「あ、ああ」


「あの、ごめん。これ、クチナの葉ね。その隣がバルサ草よ」


 最初はエミーナに対し敬語であったが、今はすっかり同等かそれ以下の対応である。


「す、すまない……」


 家事関係が苦手な事は自覚していたエミーナであったが、十歳そこそこの子供以下である事には少々ショックを受けていた。


「アレックス君が大きくなったら食事を作ってあげなきゃいけないのに大丈夫? 心配だわ」


 エミーナはアリアから心配そうに見つめられる。


「面目ない……」


 落ち着いたら料理の事も少しは学ぼうと決意するエミーナであった。



 夕食は賑やかなものであった。村で一番大きな家に皆が集まり食事を摂る。

 村にいるのは全部で二十三人。もちろんすべて子供ばかりである。下は七歳から上は十三歳だとエミーナはファッツに教えられた。皆は不器用なつぎはぎを充てられた粗末な恰好であるし、今食べている食事にしても質素なものである。しかし、子供たちは皆笑顔である。楽しそうに話し、目も輝いている。


「ファッツ、君はすごいな」


 エミーナの素直な思いである。子供だけの村で皆を纏め暮らしていくだけでも大変であるのは簡単に想像できるが、それ以上に皆が笑って暮らしているというのはものすごい事であると思っていた。


「いえ、失敗してばかりです。うまくいかない事の方が多いですよ」


 謙遜するファッツは十三歳とは思えない程の落着きである。


「それにしても、アレックス君は大人気ですね」


 村の皆はアレックスに興味津々であった。子供ばかりだが、赤ん坊はこの村にいない。珍しさとかわいさでアレックスの周囲は村の子供たちに囲まれていた。アレックスも上機嫌のようである。

 村に初めての来客がエミーナであったらしく、その夜は遅くまで話し込んでいた。

 料理の腕はからっきしであるエミーナであったが、弓の使い方を教えた事をきっかけに、狩りのい仕方、罠の仕掛けなども教えると好評を博した。


「今までは我流でやってたせいか、成果はさっぱりでした。でもこれで、食卓に肉類も増えますね」


 ファッツも含め、子供たちはエミーナの教えを受けて喜んでいた。


「もう夜も遅いから明日の朝にでも、実演してみせよう」


 一晩の宿と夕飯に何とか恩返しをしたいと思っていたエミーナも時間の許す限り伝えたいと思っていた。




 真夜中。村は寝静まっていた。

 ふと、エミーナは目を覚ました。何か不穏な気配を感じた訳ではない。体を起こし、すぐ隣で眠るアレックスを見下ろす。小さな寝息をたててよく眠っている。旅を始めてから夜中に数度目を覚ましアレックスの様子を確認する事が習慣となっていた。

 久々にゆっくりと眠らせられたな、と目を細めアレックスを見つめる。

 野宿続きで彼女自身も疲れているはずだが、自然と目が覚めてしまう。本当に母親になったような気分だ、と思わず苦笑してしまう。

 その時、家の外から地面を踏みしめる音が聞こえてきた。どうやら人が歩いているようだ。

 こんな夜更けに……、とエミーナは枕元に置いていた剣を引き寄せるとそっと耳を澄ました。音はすぐに小さくなり、どうやらエミーナのいる小屋の前を通り過ぎていったようである。

 エミーナはそっと、窓から外の様子を伺う。月明りに照らされ、村の外に向かって歩く人影が見えた。大きさから村の子供の一人のようである。


「こんな時間に一体……?」


 エミーナやアレックスに危険があるわけでもないが、妙に気になってしまう。少し逡巡した後、小屋から出て、人影を追いかけた。


「ファッツ、君だったのか」


 人影はファッツであった。


「エミーナさん。すみません、起こしてしまいましたか?」


「いや、アレックスが気になって何度か自然と目覚めるのだ。その目覚めた時にたまたま人が通りかかったので気になってな」


「そうですか……」


 そう言うとファッツは星空を見上げた。多くの星が輝いていた。


「君はこんな時間に……」


「綺麗ですね」


 エミーナの言葉を遮るようにファッツは言った。エミーナもファッツにならい、夜空を見上げる。いくつもの小さな輝きが暗い空に散らばっている。

 ゆっくりと星空を見上げるなど、エミーナは久々であった。じっと夜空を見上げていると星空に吸い込まれるような感覚に捉われる。しかし、その感覚を悪いものとは感じなかった。むしろ、心地良さを覚える。


「確かに、綺麗だな……」


「でしょう?」


「ふむ。それになんか癒されるな」


 満天の星空を眺めていると心が癒されるのをエミーナは感じる。やはり、旅に出てからというもの緊張が続いており、知らず知らずのうちに心も疲労していたようだ。


「……そうですね。僕もこうやって夜空を見上げる事で辛い事や不安な気持ちを一時でも忘れる事が出来るんですよ」


 昼間に見たファッツからは考えられない弱気な言葉にエミーナは思わず彼の方へと視線を移した。その顔は皆に頼られている村のリーダーのそれでは無く、年相応の子供らしい面差しであった。しかし、月明りに照らされているその横顔の表情は言葉通り弱々しかった。


「そうか……」


 エミーナは星空に再び顔を向けた。

 村のリーダーとして皆を纏めているとはいえ、やはり彼はまだ十代半ばにもなっていない。それでも、下の子供だちの為に必死で努力や苦労をしてきたのだろう事はエミーナにも想像に難くない。そして、同時に大きな重圧にさらされていた事も容易に想像できる。それでもそんな思いを微塵も感じさせずに夜、皆が寝静まった後にその重圧と一人戦ってきたのだ。


「……確かに幾分落ち着いたとはいえ、まだまだ生きていくには大変な世の中だな」


 そう呟いた後、沈黙に包まれた。

 ファッツにエミーナはなんと声を掛けていいのか、分からなかった。彼もすぐに昼間に見せる表情へと戻ると、何も言わずに黙々と夜空を見上げていた。

 結局は、翌朝もまた早いから、というファッツの言葉でエミーナはあてがわれている家へと戻る事になった。

 戻ってからもエミーナは疲れているはずなのになかなか眠りにつける事ができなかった。頭の中からさっき見た、ファッツの思いつめる顔が離れなかった。


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