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聖母の騎士  作者: 和音
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 すっかり木々が赤く染まり、秋が深まった様相を見せていた。

 国境を越え、アルゴン王国の南に位置するサーザード王国へと入っていた。元々が山間部の多い国で豊かとは言えない国であったが、魔帝の被害を受ける事により、貧しさに拍車がかかっていた。寂れた町や、悲嘆で嘆き悲しむ者を見たりという事はあったものの、エミーナ自身の旅は順調に進んでいると行っていいものであった。

 国境を越えて、四日目にはサーザード王国の王都へと辿り着いていた。

 盆地の中心部にあるサーザードの王都であるが、アルゴン王国の王都と比べると小さなものであった。幾度も魔物の襲撃を受けており、今でもその傷跡が街の至る所に見受けられた。しかし、魔帝との戦争が終結し、日に日に進む復興に住民の表情は明るかった。


「けっこうな賑わいだな……」


 エミーナがそう呟く程、商店が立ち並び、商人たちはそれぞれの商いに夢中になっていた。ほとんどがテントだけで仕切られたような店であるが、品揃えは充実しているようだった。

 国境を越えてからというもの、この国にはまだまだ苦しみ、争いの傷跡が色濃く残っている場所が多く残っている事を見せられた。全てを一気に復興させるのは不可能であるという事はエミーナも分かっている。それでも、一刻でも早く、平穏な日が、全ての人に訪れる事を願わずにはいられなかった。


「まずは、宿を探すか」


 複雑な思いを抱きながらも、エミーナは自分が今するべき事へと意識を戻す。

 宿探しは順調とはいかず、どこも一杯で、五件目のかなりくたびれた感のある宿にやっと落ち着く事が出来た。どうやら、サーザード王都と鉱山を結ぶ道が復旧したらしく、今王都には、その鉱山を目指して多くの人がやってきているようであった。

 ザーザードは山間部の多い貧しい国である。そのサーザードの財政を支えていたのが鉱山である。武器の原材料となる鉄鉱石が多く取れるのだ。もっとも、魔帝との戦争で多くの魔物がこの地に放たれたのも、それが理由であった。魔帝は武器の供給を絶とうとしたのであろう。


「今のところ予定より少し早いくらいであるな」


 宿の個室でエミーナは地図を広げていた。アレックスはミルクを飲んで、ぐっすりと眠っている。

 地図を眺めながら、これからのルートを確認する。鉱山はサーザード王都より西である。西への街道が復旧されたのは、宿屋探しの中で知ったが、エミーナが進みたいのは南である。南への街道がどういう状況かは、分からない。サーザードに入ってからは道なき道を進んでいる事の方が多い。


「街道がまだ復旧していなかったら、また厄介だな」


 進行速度や安全面から、出来ればエミーナは街道の復旧されているのを望んでいた。

 アレックスが目覚めたら、情報収集と物資補充の為の買い物を兼ねて少し、町を歩いてみる事にエミーナは決めた。


「後もう少しで起きるの頃か……」


 エミーナは穏やかに眠るアレックスの寝顔に見入る。

 考えてみれば、アレックスも不憫である。本人の意思とは関係無く、突然救世主として召喚されて、今は元の世界に戻す為に赤ん坊にしては過酷とも言える旅をしているのだ。召喚した当事者ではないとはいえ、エミーナは申し訳けない気持ちもした。召喚した側の世界を救いたいという思いは理解できるが、召喚された方にとっては、まったく関係のない別の世界の話である。


「赤子ゆえ、何も言えぬが……」


 アレックスが自らの意思とは関係なく、召喚されたという事を理解出来るのなら何と思うのだろうか、とエミーナは思わずにはいられなかった。






 アレックスが目覚めた後、エミーナは決めていた通り町へと出かけた。

 目ぼしい物はないかと一通り立ち並ぶ店を見て回る。品揃えは豊富であったが、どれも非常に値が高い。元々、復興途上の為に十分な量があるわけでは無い所に鉱山を目指す人々が多く押し寄せた事もあり、物価が高くなっていると、エミーナは商人から教えられた。


「赤ん坊を抱え、女一人で気の毒だが、こっちも商売でしてね」


 粉末ミルクの値段に驚くエミーナに言葉とは裏腹に商人は面倒くさそうな顔つきであった。


「仕方ないか」


 アレックスを飢えさせるわけにもいかないエミーナは購入する旨を伝えた。面倒くさそうな面持ちから笑顔に変わった商人に少々呆れながらも、代金を支払いながら尋ねた。


「少し聞きたいのだが、ここから南へと続く街道はどんな感じだ?」


「南ですか? 南の方はまだまだ酷いらしいですよ。鉱山が多い北部の復興を王国も優先させているらしいですからね」


 商品をエミーナに手渡しながら、商人は答えた。


「街道は通じているのか?」


「さあ、どうでしょう。まったく通じてはいないという事はないみたいですが、魔物もいまだに数多く残っているって話は聞きましたねえ」


「街道が寸断されているのか?」


「らしいですよ。私も、聞いた話ですがね」


 商人の顔から、笑顔が消え、また面倒くさそうな表情が出てくる。 これ以上、この商人から話を聞くのは無理か、と思ったエミーナは礼を言って、その場を離れた。

 それ以降も、南の様子を尋ねたが、やはり旅をするには厳しいという事は間違いないようであった。それでも、進む以外の選択肢の無いエミーナは、出来る限りの備えをするしかなかった。幸いにも資金は多めに与えられている。多少値段が高いと思いつつも、無くなっては困る粉末ミルクを多めに買い足したのだった。

 情報収集と買い物の目的を終えたエミーナは宿へと戻る道を歩いていた。アレックスは胸元の袋の中でいつの間にか眠っている。


「ちょっと、ちょっと、お姉さんよ」


 背後から声が聞こえた。自分を呼んでいるのか、とエミーナは足を止めて振り返った。振り返った先に五人の男が立っていた。決して善良そうには見えない五人であった。

 面倒だな、とエミーナは眉間に皺を寄せた。


「お姉さんよお。さっき、見かけたけど、随分と景気が良さそうじゃねえか。ポンポンと高けえ粉末ミルクを買い込んでたなぁ」


「……何か用か?」


 エミーナはゆっくりと近づいてくる男たちにさらに眉間の皺を増やす。


「いやな、俺たちに投資しねえか? 俺たちはよ、鉱山目指してここまで来たんだが、ちょっと資金不足でな。そこで、裕福そうなお姉さんに出資を願おうと思ってよ」


 男たちはエミーナから数歩離れた位置で止まった。皆、にやけた顔でエミーナを見ている。


「はあ……」


 面倒事なのを確信して、エミーナはため息を吐いた。


「早いとこ、返事くれねえか」


 エミーナの反応など気にする様子もなく男は続ける。


「断る」


「断る? しゃーねーなぁ。じゃあ、言い方変えてやる。さっさと黙って、有り金出しな」


 男はにやけた顔のままである。


「それも、断る」


「あんまり女相手に物騒なマネしたくねえんだけどな」


 男たちは剣を抜き、エミーナの方に構えた。


「なあ、見たら結構いい女じゃねえか。ついでに、商品になってもらうか」


「そうだな。ま、その前に俺たちも楽しむのもありじゃねえか」


「そりゃあ、いいな。だったら、あんまり傷付けたらいけえねえな」


 男たちは好き勝手な事を話し合っている。女一人のエミーナを完全に舐めていた。


「無駄口を叩くのは好きではない。早い所終わらせてもらうぞ」


 エミーナも剣を抜き、男たちに神経を集中させた。


「おお、怖い、怖い。なら、ご希望通りさっさと終わらせてやるよ」


 男たちは一斉にエミーナへと襲いかかった。しかし、その動作はエミーナからすれば素人同然であった。

 素早く体を男たちの動線から逸らすと、一番近くの男の剣を持つ手を切り付けた。


「ぐわあっ!」


 その男は手から剣を落とす。他の四人はそれを見て、にやつきいていた顔が固まった。


「て、てめえっ!」


 一人の男がそう叫び終える前に、エミーナは一気に踏み込んで、立て続けに二人の男の剣を持つ手を切り付けた。その二人も顔を顰めて、剣を手放してしまう。

 エミーナは落とされた剣を素早く蹴り飛ばす。


「もういいだろう。見逃してやる。さっさと、行け」


 エミーナは出来るなら、命まで奪う事は避けたかった。眠っているとはいえ、アレックスの前で人を殺めるのを避けたいという気持ちがあった。

 手傷を負っていない残りの二人は後ずさりをする。


「くそったれがっ!」


 最初にやられた男が傷を受けていない手で石を投げつけてきた。エミーナはその男の方を見る事もなく、投げられた石を上体を反らして避ける。

 そこに男が一人、剣を振り上げて飛び込んできた。残っていた二人のうちの一人である。しかし、男の剣が振り下ろされる前に、エミーナは横一線に自らの剣を振り切った。男の胸を一筋に切り裂く。男は勢いそのまま、転ぶ様に倒れ込んだ。


「まだやるのか。傷は浅いはずだ。急いで手当すれば、一か月もすれば元通りになれるぞ」


 倒れこんだ男を冷たい目で見下ろした。エミーナはあえて、踏み込んでおらず、致命傷を負わさないようにしていた。

 そんなエミーナに自分たちが敵う相手ではないと、やっと分かったのか、ふらふらと立ち上がった男たちは一目散に逃げ出した。

 そんな男たちを冷めた表情で見送ると、エミーナは胸元も袋の中を確認した。中では何事も無かったかのように、相も変わらずアレックスが眠りについていた。


「たいした相手ではないとはいえ、眠ったままとは。肝が据わっているのか、鈍感なのか……」


 その時、ふとエミーナは人の気配を感じる。まださっきの男の仲間がいるのかと、気配の感じた方を見る。


「ちょーと待った! そんな目で見ないでくれよ。俺はあんたに危害を加えようとはこれっぽっちも思っちゃいねえよ!」


 そこには、旅装に身を包んだ男が立っていた。男の言ったように、殺気や害意は感じられない。しかし、さっきまで気配が感じられなかった人間の出現にエミーナは警戒を解かない。剣先を向けないが、その視線は鋭く旅装姿の男に向けられている。


「いつから、そこにいた?」


「へ? いや、何か騒ぐ音がすると思って見に来たら、アンタとさっきの奴らが丁度やりあってるところでよ」


 エミーナの鋭い警戒を気にする様子もなく答えた。


「……そうか」


 剣を鞘に戻し、再び宿へと向かってエミーナは歩き出した。これ以上の騒ぎは彼女は望んでいない。一刻も早くこの場を去るのが、賢明だと判断した。


「あんた、すげーな。たった一人、しかも女の身であっという間に五人を相手を蹴散らすなんてさ」


 そんなエミーナに何故か男は付いてきたが、無視を決め込む。


「驚いたよ。俺も結構いろんな強い奴を見てきたけどよ、その中でもかなり上の方だぜ、あんた。あ、俺、カナックっていうんだけどよ。戦争が終わったから、あっちこっちをぶらぶらしててよ」


 明らかにうっとうしそうな雰囲気を隠さないエミーナを気にする事なく、カナックと名乗った男は一人で話続ける。


「おっ、ぶら下げている袋は何かと思ってたら、赤ん坊じゃねえか。何だ、あんた、若そうに見えるけど、子持ちだったのか」


 アレックスに気づき、覗き込んできた。


「おい、この子に触れるなよ」


 エミーナは鋭い目つきでカナックを睨み付けた。


「うーん、残念。これでも、子供好きなんだけどなぁ。ま、あんた強しみたいだし、下手に触って怪我するのも嫌だから、諦めるか」


 おどけたように、わざとらしく肩をカナックは落とした。


「あれだけの腕がありゃ、この子も安心だな。ちらっとしか見てねえけど、すごかったな」


「あれくらいなら問題ない」


 立ち去る様子も無く、話し続けるカナックに根負けして、エミーナは会話に応じた。


「すごい自信だな。どっかで騎士でもやってたのかい?」


「何故そう思う?」


 多少の動揺を感じながらも表情を動かす事なくエミーナは聞き返した。


「いや、剣筋が随分とお上品だったからよ」


「私に剣を教えてくれた師が元騎士だったからかもな」


 新たな設定を付け加える。


「へー。なるほどな」


 特に疑う素振りもなく、カナックは頷いた。


「それより、聞きたいのだが、ここから南の方へ続く街道はまだ通れないのか?」


 エミーナがカナックとの会話の応じたのは、諦めもあったが、同時に旅をしているらしい彼に何かしらでも情報を聞きたいという思いもあったからである。


「あんた、南へ行くつもりなのか。いやあ、厳しいぜ。ガルゼナとの国境辺りまではひどい有様だ」


 ガルゼナとは、サーザードの南にある国である。エミーナが通過しようと考えている国でもある。


「やはりそんなに酷いのか?」


「ああ。魔物に徹底的に荒らされたからな。しかも、いまだ、手つかずのまんまだ。道にしたってまともに残っちゃいねえ。ほとんど山の中の獣道を突き進むみたいなもんだ」


「町とか、村は?」


「あるわけないだろ。住んでた奴はほとんど殺されたか逃げ出したからな。今はとても人の住めるようなモンじゃねえよ」


 カナックはサーザードの南部を実際にその目でみたのか、顔を顰めた。


「そうか……」


 改めてエミーナは厳しい旅程になる事を痛感する。 


「あんた、まさか南に向かうつもりなのか?」


 初めてカナックはその顔に驚きの感情を浮かべた。


「ああ。そのつもりだ」


「やめといた方がいいと思うぜ。確かにあんたの腕はたいしたもんだ。でも、まだ多くの魔物がうろつくような場所だ。しかも、ゆっくり休めるような所もねえ。それに加えて赤ん坊を連れてだろう? 無茶だ」


 どこか軽い雰囲気のカナックであったが、真剣な面持ちとなっていた。


「忠告、感謝する」


 カナックの意見はもっとなものであるのは、エミーナにも理解できる。しかし、彼女には行かないという選択肢は無い。


「おい。あんた、行く気だろ。やめとけって。下手したら……」


「宿に着いた。それでは失礼する」


 丁度、宿の前に着いたエミーナはカナックの言葉を遮り、軽く頭を下げると中へと入っていった。


「お、おい」


 エミーナはまだ、何か言いたげなカヤックに振り返る事はなく、宿へと入っていった。


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