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聖母の騎士  作者: 和音
14/25

12

「では、気を付けての」


 翌朝、エミーナはモントレーの見送りを受けていた。


「本当にご老人には世話になった。感謝する」


 朝食を出された上に、昼の分だと弁当まで持たされていた。


「暇を持て余す年寄りの相手をしてもらったんだ。礼を言うのはこっちの方だ」


 白い顎鬚を撫でながら、モントレーは首を振る。


「おっ。そうじゃ。もし、良かったら、その剣をワシにくれんかのう」


 エミーナの腰からぶら下がる剣をモントレーは指差した。


「剣を?」


 首を傾げるエミーナ。 


「ああ。その剣だよ。いや実はの、お前さんに褒められたら新しい魔道具を作りたくなっての。その材料に使いたくてな。ちなみに、大きな魚を捌く魔道具だ」


 モントレーは楽しそうに新たな魔道具の構想を披露した。


「だが、この剣は……」


 もう使い物にならない――エミーナの表情が曇る。


「もちろん、旅を続けるお前さんには武器の類は必要だろうから変わりの剣は用意する」


 ちょっと待っとれ、と言葉を残し、モントレーは家の中へと戻る。

 残されたエミーナはヒビが大きく入った剣を手に取った。やはり、どこか気分が晴れない彼女であった。覚悟を決めていたとはいえ、初めて人を殺めたのだ。しかも、その後の事は思い出したくもない凄惨な出来事であった。折れ掛けた剣はそれを否応なく思い出させる。


「待たせたの」


 戻ってきたモントレーは一本の剣を抱えていた。特に装飾などは施されていない至って普通の剣である。幾分くたびれた革製の鞘に入っている。


「これと交換してくれんかのう」


 持ってきた剣をエミーナの前にモントレーは差し出した。


「ご老人。実はこの剣はもう使い物にはならんのだ。ヒビが入り、いつ折れてもおかしくない」


 鞘から剣を抜き、大きくヒビの入った剣を見せる。


「それくらいなら構わんよ。この厚みが気に入ってのう」


 問題無いと、モントレーは持ってきた剣をエミーナに持たせると、ヒビの入った剣を受け取り、家の壁へと立てかけた。


「無理言ってすまんの。ほれ、その剣はどうだ?」


 モントレーに促され、エミーナは剣を鞘から抜くと握り構える。


「これはっ!」


 騎士として何本もの剣に触れてきたエミーナには瞬時にわかった。本能的なものである。

 この剣はとてつもない――見た目と異なり普通の剣とはエミーナは思えない。


「その剣はワシが作った唯一の武器でのう。魔力を注ぎ込みながら精錬したものでの。ちょっとやそっとでは折れん。しかも、持つ者の意思の強さが加われば、その剣自らも力を増す。非力であっても力負けせん」


「こんな立派な剣を頂くには……」


 じっと剣を見つめていたエミーナは困惑した。昨日からそうであるが、どうしてモントレーはここまで自分によくしてくれるのかという思いである。


「やるのでは無い。交換だ」


 モントレーのはエミーナの言葉を訂正した。


「お前さんには、これくらいの得物が必要だ。ワシはこれでも、魔導士の端くれ。しかも、特殊な能力付での。お前さんが……、いや、正しくはその子かの。何者かはおおよそ想像がつくわい」


 モントレーの言葉にエミーナは目を丸くした。


「ワシは魔力が見える。そしてその魔力がどんな魔力かも。それが、ワシの持つ特殊な力でのう。その子から美しく光り輝く魔力……に近い不思議なモノを発しておる。遠くからでも分かるくらい強くの。長く生きてきたが、そんな珍しいモノは初めて見たわい」


「ご老人、あなたはこの子が何者かを……」


「何も言わんでええ。すべてはワシの想像でのう。昨日の朝から近づいてくるその光り輝く存在に気づいておった。神かそれに近い存在か。ワシは年甲斐もなく胸が踊ってのう。ところが、昼過ぎであったかの。突然、黒い邪悪に染まった力を感じた。その輝く存在のすぐ側に。間違いなく、魔帝の力を受けし存在であるとすぐに分かった。幸いその黒い力は間もなく消えて、光がこちらにやってきた。ワシは是非ともその存在を見てみたくてのう。釣りをしながら待っておったら、そこにお前さんらが来たのだ」


 モントレーの目からは力強さを感じる。


「その子の放つ光はとても強い。遠くからでもわかるくらいだ。邪悪に染まった者達もその眩い光に気づき、近づいてきたのだろうの。そして、これからも、奴らは近づいて来るだろう。その子の持つ強大な力は死せる者を蘇らせる力にも利用出来る程だ。だからこそ、その剣はお前さんが持つべきだ。その光を、希望に満ち溢れている光を悪しき考えを持つ者から守る為にもな」


「ご老人……」


「それとの。要らぬ口出しかもしれんが、もう一つ。ワシは自分の魔術で人を殺めたから分かる。お前さんの気持ちがな。もしかしたら、ワシ以上に嫌なモノを見たかもしれん。忘れろとも言わんし、気にするなとも言わん。起こった事実は変わらん。ならば、己のやった事を受け入れるしかない。ワシは命令されてであったが、お前さんは違うであろう? 信念に基づいて行った結果だ。これから先も似たような事が起きるであろう。だが、それを恐れてはならん。お前さんのその子を守るという信念に従えばええ」


 この老人には何もかも見透かされている気持ちにエミーナはなる。だが、悪い気はしなかった。


「そのお前さんの信念、間違ってなどおらんからの」


 エミーナは深々とモントレーに頭を下げた。


「ご老人、貴殿には何から何まですまない。心より感謝致す」


 片膝を着き頭を垂れて、エミーナは騎士としての最上級の礼を取った。


「ふぉふぉふぉふぉ。そんな事をされると照れるわい。なーに、年寄りの気まぐれだ。気にせんでくれ」


 大きな笑い声を上げて、モントレーは顎鬚を撫でる。


「あうー」


 エミーナに合わせて、アレックスも声を上げる。


「ささ、もうお行きなさい。これからの旅の無事を祈っておる。坊やも達者での」


 礼を取り続けるエミーナをモントレーは促した。


「ああ。貴殿も息災で」


 エミーナはモントレーに別れの言葉を告げ、歩き始めた。

 昨日からの心の中の靄が晴れたような気がしていた。







 その日の夕刻には、町へと辿り着いて着いた。小さな町ではあったが、宿や商店など一通りは揃っているようである。

 宿に入る前にエミーナは買い物を済ませる。これは最近の日課でもあった。とにかく、町に着いたらまずはアレックスのミルクを購入する事にしていたのだ。

 買い物を終え、町で唯一の宿へと入る。

 粗末なカウンターが一つが置いてあり、そこに女性が一人立っていた。


「いらっしゃいませ」


 この宿の女将であると名乗った女性が威勢よく出迎えてくれた。


「お一人様でしょうか?」 


「いや、この子もいる」


 エミーナは胸元の袋の中にいるアレックスを女将に見えるようにした。

 すると、女将は何かに驚いた様な表情を見せ、エミーナを凝視する。


「……どうした?」


「い、いえ。失礼しました。その、何と言いますか、女性と赤ん坊連れのお客様はあまりおられないないもので。つい……」


 落ち着きの無い様子で女将は頭を下げて詫びる。


「お部屋は二階の奥になりますので」


 鍵を渡されたエミーナは女将の態度を不思議に感じつつも、部屋へと向かった。

 部屋も簡素な造りで、素気の無いものであった。しかし、小さな町の宿屋であるし、何よりエミーナにとっては野宿よりはよっぽどマシである。

 ベットの上にアレックスをそっと下ろすと、待ちわびていたかの如く、ハイハイで動き出した。その手には熊のぬいぐるみがしっかりと握られている。


「あう。あうー」

 

 エミーナが一息ついて荷を解こうとした時、それまでベットの上で遊んでいたアレックスが声を上げた。。


「ん?」


 見ると、アレックスは窓の方に手を伸ばしている。


「ああ、窓から外を見たいのか」


 エミーナはアレックスを抱き上げると窓に近づき、外を見せてやる。表の通りに面しており、先ほど歩いていた道が見える。いい景色とは言い難い。

 そこへ一台の幌馬車がやってきた。宿の前で止まると、乗っていた男が積んでいた荷物を下ろし始める。


「んきゃあ、んま、んま」


 曳いていた馬を見たアレックスはひと際大きな声を出した。モントレーから貰った動く絵を映し出す魔道具に馬が出てきていた事もあり、興味が湧いたようだ。


「アレックスは馬が好きか」


 エミーナは自身も騎士であり、馬には愛着がある。自分が好きなものに興味を抱くアレックスに嬉しくなる。

 飽きる事なく、アレックスは窓に張り付くように外を眺めている。

 一緒に外を何気なく眺めていたエミーナに三人の警邏隊らしき人物を引きつれた女将が見えた。

 女将は宿の前で何やら説明をしているようである。そして、宿の方を指差す。


「何か騒ぎか?」


 しかし、エミーナには別段、変わった事は感じられなかった。

 首を傾げながらもアレックスを抱え、そのまま窓の外を眺めさせていると、扉を激しく叩く音がした。


「開けろっ!」


 エミーナは眉を顰める。タイミング的に女将が連れてきた警邏隊と思われた。


「早く開けろ! 蹴破るぞ!」


 怒鳴り声が扉の向こうから聞こえてくる。


「ちょっと、待て。今、開ける」


 エミーナは素早くアレックスを胸元の袋に入れて、荷物の入っている袋を背負った。そして、扉の鍵を開けた。

 扉を開けた途端、窓の外に見えた警邏隊の三人が入ってきた。


「一体、何の用だ?」


 努めて冷静にエミーナは対応する。


「赤子を連れて旅をしているのか?」


 高圧的な態度で、いきなり尋ねてくる。


「ああ。それがどうかしたか?」


 エミーナは警戒を強めながら、聞き返した。


「なら、一緒に来てもらおう」


 真ん中に立つ警邏隊の男が合図を送ると、両脇の二人がエミーナの腕を掴もうとしする。エミーナは体を反らし、それを避けた。


「理由は? 謂れも無く、捕らえられる覚えはない」


「俺らは命令を受けているだけだ。何でもいいから、大人しくしてろ。俺たちを煩わせるな」


 素早く逃げたエミーナに苛立ちを滲ませて、睨んでくる。


「命令?」


 じりじりと後ずさりするエミーナ。


「ああ、赤子を連れた旅の者はすべて捕らえろって話だ。さあ、大人しくついてこい。こっちも、女子供相手に手荒な事したかねえ」


 追い詰めるように、エミーナの方に三人は寄ってくる。


「そうか……」


 エミーナはガルゼナへ入国した時の出来事を思い出す。

 救世主の存在が漏れている。あの時は気づかれなかったが、今は赤ん坊を探している。エミーナはすでに、救世主が赤ん坊だと知られている可能性が高いと確信を抱いた。          

 警邏隊が動くという事は国が動いているという事でもある。ガルゼナは何らかの方法で救世主の情報を手に入れ、更に、それがまだ生まれて間もない赤ん坊であるという事まで掴んだに違いなかった。そして、今その救世主を探している。

 窓際まで追い詰められたエミーナは、窓を外をちらりと見る。


「おい、いい加減にしろっ! 窓から飛び降りるかっ?」


 言われた通りにしないエミーナについに怒鳴り声を上げた。


「いいな。悪くない考えだ」


 エミーナは不敵な笑みを浮かべるとと、さっと身を翻し、勢いよく窓を開け放つと、そのまま飛び降りた。


「なっ!?」


 予想もしなかったエミーナの行動に驚愕の表情を浮かべ、窓の側に警邏隊の三人が駆け寄った。

 エミーナは宿の前に止められた幌馬車の幌へと身を投げ出していた。怪我もなく幌馬車から飛び降りたエミーナは一目散に通りを駆け抜けていく。

 

「お、追いかけるぞ!」


 その様子を呆然と眺めていた警邏隊の者たちであったが、我に返ると慌てて部屋から飛び出していく。

 しかし、彼らが宿の外に出た時にはどこにもエミーナの姿はなかった。


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