プロローグ
邪神とも称される魔帝の存在と彼の率いる軍に日に日に追い詰められていく人間諸国。幾多もの街や国が蹂躙され、滅ぼされていったが、あまりにも強大な魔帝とその軍団に対抗する術もなかった。
そんな中、人間諸国の中のとある王国が最後の望みとばかりに古の儀式を執り行っていた。
召喚の儀式である。
過去、人間の危機のおり、女神の加護を受けた異世界人を召喚し、迫るその危機を救ってくれたというお伽噺に近い伝説があった。その王国の王を始め大臣たちは一縷の望みを抱いて、その伝説を半ば疑い、半ば信じて儀式の術を研究したのだ。そのような何の確証も無い話に縋る程、人間は追い詰められていた。
魔力を持ち、魔術を扱う魔導士と呼ばれる者たちにより密かに研究が進められ、いよいよ人間がこの世界から駆逐されようかという頃、ようやくその研究が完成し、儀式を迎えられた。
「では、これより魔法陣へと魔力の注入を始めます」
巨大な魔法陣の周囲を取り囲むように、八人のローブを纏った魔導士が一定間隔で並んでいた。その中の一人の声が蝋燭の炎だけの薄暗い部屋に響く。
魔法陣を囲む魔導士たちのさらに外側にいる国王や大臣など、この国の重鎮たちは固唾を飲んで儀式を見守っていた。
始まりを告げる声と同時に魔導士たちはそれぞれの魔力を魔法陣に注ぎ込んでいく。赤い魔力の籠ったインクで書かれた魔法陣が青く光り始めた。その光はどんどん強くなっていき、その眩しさに国王たちは目を細める。それでも、目の前で起こる事を見逃さまいとしていた。
強い青い光が部屋一面に広がった時、突然、その光が掻き消えた。
失敗か――国王たちが、不安な面持ちで魔法陣を見た。
「あ、あれは?」
大臣が呟くように言った。
魔法陣の中央に何やら小さなものが見える。そして、周囲の魔導士たちは何故か、戸惑いの表情を浮かべている。
その時、大きく力強い、そして誰もが一度は耳にした事のある音が聞こえてきた。
「ほんぎゃあ、ほんぎゃあ」
魔法陣の中央には元気よく鳴き声を上げる赤ん坊の姿があった。
儀式は成功した。お伽噺のような伝説は真実であった。確かに、異世界からの召喚は成功した。
ただ、召喚した救世主となる者は赤ん坊であったのだ。
国王たち国の重鎮は困惑に包まれた。そして同時に絶望も感じていた。それも当然である。期待した世界を魔の手から救ってくれるはずの救世主となる者が赤ん坊なのだ。赤ん坊に人間を救う事など出来るはずは無いと思っても仕方がなかった。
もう、我々人間も終わりだ――その場にいる者達は皆がそう思っていた。
しかし、召喚から数日間、絶望に打ちし抱かれて悲嘆に暮れていた国王たちの元に驚愕の知らせがやってきた。
魔帝が死んだ――。
当初、誰もその知らせを信じなかった。無類の強さと邪悪さを誇った魔帝が死ぬはずがない――皆がそう考えるのも無理はなかった。
しかし、戦いの前線から魔帝軍の撤退と、それに続く占領された地の奪還の報告、さらには魔帝の直轄地への侵攻との一報に、魔帝の死が現実味を帯びていく。
それから一月もたたないうちに魔帝軍は壊滅し、魔帝の死も確認された。人間にとり、喜ばしい事ではあるが、長く続いた戦いにしては、あまりにもあっけない終わりであった。
そして――救世主と呼ばれる赤ん坊が残った。