現代農家の次男が不思議体験 その3
*注意*
一般的ではないと思われる名詞、単位などが作中で使われていますが、作中において説明などは一切ありません。
ニュアンスで読み流せない、自分で調べるのは面倒だという方には薦められない作品となっております。
上記の点を理解した上でお読みください。
バカみたいな量まで増えていた大根の作付面積を減らし、小麦大麦稲トウモロコシの穀物類や、小豆大豆甜菜なんかの俺が食べるわけでもないのに俺にとってとても大切な作物、作付け計画書に認可のサインをしたら次の日には綺麗に並んでいた林檎や蜜柑に桃やバナナの果樹園といった多様性に富んだ農場へと我が家は方針を転換した。企画書作成はローラ。筆談を持ちかけると面倒くさそうにバージョンアップを要求する旨しか返してこないのに書類仕事は完璧だ。
仮称神様への嫌がらせを兼ねてひたすら大根だけ作付けを増やしたおかげで仮称従者のためのカウンセラーが派遣されたのが、虎の木津ハチが我が家に加わってから大体一年あたり。その後はすぐにローラの企画書にサインをして収穫の終わった大根畑から別の作物へとシフトし、更に一年ほどでおおよそ農場の基盤が完成。今後は必要があれば畑の面積を増やしていくらしい。農場の経営はすでに俺の手を離れているのだ。事務はローラ、現場はジェフリー、総括にマーシャル。俺はオーナー。不労所得。最近ではトラクターに乗って歌う仕事すら遠慮されるようになりマジでやることない。
農場の経営といえば従業員の話は外せない。我らが農場の主な従業員である仮称悪魔さん達はだいたい二百人くらいで増員が止まった。我が家の第一ペットである熊の井伊睦月さんの口元の染みになった人たちも含めると、うちの農場に来たのはたぶん千人くらい。彼らはどこからどういった理由でうちに来たのかをたまになんとなく考えるけど、ぶっちゃけ興味もないしどうでも良くなって毎度そのまま忘れる。
従業員に自律行動のデッサン人形や自律走行する農機なんかは含まれるのだろうか。
そして今日も雨。
半年前に仮称神様から俺の出身である地球がある方の世界の神様と仲良くなって、仮称神様の世界も落ち着きを取り戻したから交流がどうしたとかお互いの世界の間に橋をかけてとか楽しそうな文面のメールが送られてきたのだが、その最後に我が農場のある場所もその余波でしばらく天候が荒れたり変な生き物が生まれたりするかもしれないと綴ってあった。
メールを受け取った二週間後からずっと雨。敏腕ローラの手配で作物は新しく植えておらず被害は軽微、果樹園も仮称神様がくれた特別結界が守ってくれている。我が家と従業員寮も同じく。
強制的な長期休業へと追いやられた我が農場の従業員である仮称悪魔さん達は、アイバーとヒルダによって走ったり棒で殴りあったりの訓練に駆り出され、ローテーションで休日をもらっている一部以外は暇をもてあましている様子もない。
そもそもこの仮称悪魔さん達はよくわからない生態をしている。ご飯は魔力だかが固まった石の様な何か。飲む物は魔力だかが液体化したヤバげな蛍光虹色のデロデロした何か。彼らのために用意した従業員寮の売店では魔力云々の石とかヤバげなデロデロの二つしか在庫が減らない。彼らは給料の全てをその魔力云々の二つにつぎ込むのだ。おかげで初期に用意した雑貨類とか不良在庫ですわ。
二階にある自室の窓から見えた運動場を走り続ける彼らを見て寝起きから暑苦しい思いをしながらリビングに入ってみれば、改築によって作られた縁側で熊と虎が何かやっている。
彼らは将棋と囲碁と三メートル四方のジオラマを使ったウォー・シミュレーションゲームの三面勝負をしている。リビングがほぼジオラマに占拠されて邪魔だからパソコンとかでやってくれないかな。もしくは外に置いてくれよ。ジオラマの中の駒は二匹でちょいちょい作ってる自作品だし趣味を満喫してますね君たち。虎が駒を動かすのに明らかに魔法みたいな何かを使ってるのは気にしたら負けだ。熊も口から火を吐くし似たような物だろ多分。
朝ごはんを食べながら考える。今日何しようか。いつもと同じくフルグラを食べてオレンジジュースをジョッキで飲み、食器を洗って予定を決めた。鶏ハム作るか。鶏胸肉の下処理を済ませたら寝かせること三時間。その三時間に何しましょうかね。予定を決めたのに暇をもてあます不~思~議。
ぼーっとしながら熊虎ペアの三面勝負を見ていると、居心地が悪くなったのか握りこぶしくらいの木材と彫刻刀とノパソを渡された。ノパソの画面にはサルでも分かる彫刻刀の使い方みたいなサイトが表示されている。何を言いたいのかと一応井伊睦月に視線を戻せば、この間木津ハチが彫っていた木彫りの犬を追加で渡される。ああ、やっぱりこれで暇つぶしてろってことですね。
何を彫るのかを悩むことすら面倒で、なんとなくチェスのルークを目指して木を削る。たまに休んで熊虎ペアの三面勝負の観客をしたりしながら三時間後。ルークを目指した木材は、なんと、邪神像にすらなれずに木屑と化した。まあ、初心者なんてそんなもんだ。
寝かせた鶏胸肉にあれやこれやと手を加えて沸騰させたお湯にドボン。あとは蓋して火から下ろして三時間放置だ。遅くなった昼飯をおざなりに済ませて木彫りにリベンジ。鶏ハムは晩酌のアテだな。晩御飯どうしようか。
雨が振り続けて止む兆しを見せないある日、ウーナが仮称従者のカウンセラーと一緒にやってきて仮称従者との会話が成り立つようになったと報告してくれた。正直カウンセリングとかいいからもって帰ってくれないかなと淡い期待を抱いていたが、表情すらなく直立して微動だにしないウーナから一度だけでもと懇願する空気を感じたので面会することにした。
仮称従者隔離ハウスのリビングルームで待っていると、ウーナとカウンセラーに連れられた仮称従者が部屋に入ってくるなり挨拶をした。理解できなくて間抜け面を晒したが、とりあえず四人でテーブルを囲んでお茶を飲みつつ会話をする。会話が成り立つという驚愕の超常現象。
俺のキャパシティが飽和した忘我にも近い状態だったが、仮称従者から謝罪と事の経緯を聞かされた。
まず、俺がこのワンダフル農場を与えられるに際して、仮称従者は俺の取引相手の仮称神様に作られた。目的は俺のサポート。そして仮称神様は無料提供という形で不思議通販神通に仮称従者の雇用ページを置いていた。
俺がこのファンタジー農場にやってくる前から、仮称従者はいつ呼び出されても万全の補佐ができるようにと一瞬たりとも気を抜かずスタンバっていた。しかし俺は半年経っても仮称従者を呼び出さずに放置したまま。もう耐えられねえと、勇者タッパが俺の元を訪れるのに同伴させてもらってあとは俺の知るとおり。
カウンセラー曰く、仮称従者は俺と顔を合わせた時にはとっくにストレスフルで病んでたそうだ。
なぜ病んでいたのかといえば、なんらかの使命のために神様に生み出された仮称従者のような存在がその使命に従事できないというのは、人で言えばあらゆる生物の断末魔の叫びを聞かされ、強弱をつけて明滅する七色に光る球体を目の前に置かれ、あらゆる香水を撒き散らした腐乱死体の臭いを嗅がされ、濃縮したガムシロップとデスソースと雑草の汁で煮込んだ三年履き続けた靴下を口に詰められ、全身にゴキが集るみたいなストレスなのだという。そんな状態で半年。
不思議通販神通にそんなもんあったなんて知らんがな。そもそも最初っから家の前とかマーデン家の皆さんと一緒に待機させてろよと婉曲な表現でやんわり言ってみた。
返ってきた答えは、仮称神様の指示によるものとのこと。俺がマーデン家と名づけた彼らは、労働力は最初からあったほうがいいよねと後から追加されたのだそうだ。
仮称従者さんも同じようにしておけよふぁっきん。
話が一区切りつき、さてどうすっかとお茶を一口。
俺が悩んでいると察したカウンセラーさんが、仮称従者のせい状態は良好なまま安定しているがこれからもリハビリをしていった方が良いとこれからについての判断材料をくれる。
カウンセラーさんの提案を受け入れ、仮称従者の希望を汲み、ウーナに頼み、基本的には今までどおりのリハビリをしつつこれからは仮称従者隔離ハウスからの外出も少しずつしていこうと決まった。快復後に関しては決めていないもののまともに会話が成り立つならまっとうな付き合いをしていきたいし、ファンタジック農園を知っていくのも役立つだろう。今は強制休業ですけども。
仮称従者隔離ハウスを出てどうすっぺかと突っ立っているとエステルが犀の角にリード引っ掛けて歩いてきた。犀の両脇には左手に丸めたリードを持った井伊睦月と、束ねたリードを咥えている木津ハチ。どちらもリードは首輪に繋がってないしそれ以前にどちらも首輪をしていない。
おーけー。ファンタジーにも慣れた俺だ。このくらい何の問題もない。だが熊と虎、お前らそれリードもって歩いてるだけで何の意味もないだろ。
ただ直立しているだけで、できればこの子もうちで世話してあげられないでしょうかと控えめに訴えかけてくるエステルに大きく一つ頷いたあと、とりあえず犀を洗ってくるように指示した。俺はひねり出した時間で名前を考えよう。
漢字辞書で犀の字を調べるために家へ向かう途中ローラに会って名前の候補を聞いて、いつもどおり平仮名でばーじょんあっぷとだけ返された。妖精さんにくすくす笑われた。いや、何も無くても妖精さんはいつも笑ってる。
さい、サイ、犀っと。尸、尸部、しぶ、止部。尸と牛の間の部分ってこれ名前ないのかな。この辞書には載って無いし横線四本と縦一本で圭でいいよね。圭だと本当は縦線二本だけど。牛、うし、ぎゅう、ご、吾。犀の名前は止部圭吾で決定。
リビングに下りていくと縁側の外でエステルと愉快なペット達が並んで待っていた。犀の名前を発表すると全員が頷いて解散。エステルは止部圭吾を連れてどこかへ行き、井伊睦月と木津ハチはジオラマを挟んでがうがう言ってる。まるで違う鳴き方なのに意思疎通できてるのは不思議だわー。ふぁんたじーふぁんたじー。犀ってどんな感じに鳴くのかしら。
雨は止み、特に何事も無いまま業務は再開された。当然俺に仕事は割り振られない。
この農場の真の支配者はマーデン家の皆さんなのだ。反乱でもされた日にゃあ即時に降伏するまでもなく決着します。でもあの人たちにそこまでの自我があるかはわからない。初対面の時と比べて個性は見られるようになったけど、それぞれが役割に順応しただけにも思えるし、欲求ってものが感じられない。やっぱりそこら辺はバージョンアップが関連しているのだろうかと、農道をふらふら散歩しながら考えたり。
犀の止部圭吾はやっぱりただの犀じゃなかった。まだ雨が降って地面がほとんど水没してた結界の外で水の上を走って遊んでたのを見たし、寝る時に水の玉を作ってその中で寝ている。彼はファンタジーな犀だったのだ。ああ、いや、性別確認せずに名前付けちゃったわ。今更確認するのもなあ。そういえば熊と虎も性別確認してないけど睦月とハチはユニセックスな感じだし大丈夫だよね。
我が農園の従業員である悪魔さんたちだが、畑仕事に励んでくれているところを眺めているととても重大なことに気がついた。彼らの悪魔悪魔していた肌の色や質感、爬虫類みたいな目や角や爪や翼に尻尾なんかがホモサピエンスに近い感じで落ち着いたりぱっと見なくなったりしている。遠目から見るとだいたい普通の人っぽい。
気になったので近くに居た一休みしてる人に聞いてみた。言葉が通じなかった。頭を抱えている俺と困っている従業員さんのすぐ側に気づいたらウーナが居た。彼女が言うところによると、悪魔さんたちは魔力云々の虹色デロデロとか石を食べることでパワーアップしてホモサピエンスのような見た目になるのだという。もちろんウーナは喋らないし筆談もしないが、マーデン家のみなさんならなんとなく言いたいことが分かるというファンタジーパワーがあるので何の問題もない。
疑問を解決しようとしていくらか疑問は増えた気もするが細かいことを気にしているとここでは生きられない。あー、いや、不思議通販神通でその辺の知識も買えた気がするなあ。そこまでするほどのことじゃないからしないけど。
農園の業務もすっかり元通りとなって俺が暇をもてあましながらふらつく日々を過ごしていると、勇者タッパが久しぶりにやってきた。
世界を巻き込んだ戦乱を鎮め仮称神様のなんかすごい人と友達でタッパに一家言持つ勇者タドコロンこと勇者タッパ。彼はしばらく見ない内に過労死するんじゃねえのって感じでやつれていた。てっきり職業旅人とかタッパの伝道しとかやってるもんだと思ってたからお疲れな雰囲気でびびった。
彼曰く、仮称神様の推し進める二世界で仲良くなろうプロジェクトにより勇者タッパのストレスと仕事がマッハで増えたそうだ。大変だね。
その仲良くプロジェクトってあれでしょ、頭軽そうな酔っ払ったテンションが透けて見えるメールと農園が強制休業になった原因のダバ降りな雨が関わってるやつでしょ。結局その二つ以来こっちにはなんの影響もないし、前と同じように農園やってるだけで良いってマーデン家のみなさんが言うから気にしてなかったわ。
しかし、勇者タッパの方は違った。もともと国家とか種族とかの摩擦が強いところで仲裁役として引き摺り回されていたというのに、仲良くプロジェクトで二つの世界が近くなり俺と勇者タッパの故郷の方から人が舞い込むようになったことでそっちの面倒も見なければならなくなったのだという。大変だね。これでも飲んで落ち着けとトマトスープを手渡した。
俺は選ばれたのだというニートや、会社に行かなくちゃならないという死相の浮かんだ社畜。言葉の通じないよその国の人や山のど真ん中に打ち上げられた鯨。直径二百メートルくらいのちっさい島が町の近くに落っこちた。
そんな勇者タッパの苦労話を、おざなりな相槌を打ちつつルークを目指して木片を削る。ああ、また木屑になった。
俺の方からは犀が増えたとか、会話をできる程度に治療が進んだ仮称従者の最近だとか、鶏ハム作ったらおいしかったとかくらいのことを話した。俺と勇者タッパの温度差すげえ。
勇者タッパは一週間滞在し、自身の戦場へと帰っていった。滞在中に食べた物で一番喜んだのは鮭フレークをぶちまけた白米だった。ああいうチープなものってたまに無性に食べたくなるからしかたない。鮭と鮭フレークは別の食べ物だもん。
勇者タッパの愚痴を聞いてから半年ほど経ったころ、我が農園にも二つの世界から人がやってきた。やってきたっていうか事故に巻き込まれた感じで唐突にそれぞれの世界から五人ずつ。作為を感じた。
明らかに現状を理解できてない総勢十名の方々はパニックを起こしたのか従業員である悪魔さんたちに稽古をつけていたジェフリーとアイバーとヒルダに襲い掛かり、鍬の柄で軽く殴り倒され簀巻きの状態で俺の元へつれてこられた。ヒルダは残って訓練の続きをしているという。確かに人間大の動くデッサン人形は怖いけど襲い掛かるほどだろうか。
ジェフリーとアイバーにこれどんすんのと不思議テレパシーで問いかけられても俺だってどうしたらいいかわかんねー。とりあえず何かあったら不思議通販神通のサポートページから苦情だとテレビを点けようとリビングに入ると、強制的にお知らせページが開かれて仮称神様からの緊急連絡を表示。勝手に動かすのまじやめてほしい。
内容は簡単。強制送還砲を従業員の分も手配するので人が迷い込んだら片っ端からもといた世界へ送り返してほしいとの事。強制送還砲の銃口を向けて引き金を引くだけのわかりやすい仕事である。ちなみに迷惑料はもらえる。
倉庫に強制送還砲を送ってほしい旨を不思議通販神通で仮称神様に注文。いつの間にか側に立っていたウーナに総括のマーシャルさんや現場責任者のジェフリー、裏方をまとめるレアに知らせてくれるよう頼み、俺は強制送還砲を持ってジェフリーとアイバーのところへ戻った。一人ずつよくわからないビームを当てるとみんな居なくなった。成功したのか分からなくてキョドってたら足元に無事完了したとの通知が唐突に現れて無駄にビビッてちょっと泣きそうになった。自分が撃った得体の知れないビームで人が消えたら誰でもビビるだろうとジェフリーに詰め寄って引かれた。仮称神め許すまじ。
初めてタッパじゃない人たちが我が農園にきてから十日。来往者数は右肩上がりだ。今では夜間の身回りが悪魔さんたちの臨時業務シフトに組み込まれているほどひっきりなしに人が来る。
迷惑料がもらえるって言ってもこうも頻発すると割に合わないなんて考えている時にふと気づいた。悪魔さんたちもある意味外の人たちで来訪者に数えるべきではないかと。今まで気になるたびに棚上げしてたけど悪魔さんたちってどっから来てたんだろうか。
そこんところをウーナを通訳にして悪魔さん達に聞いてみた。イマイチ分かりにくい情報ばかりだったが、取引先の仮称神様が管理する世界から来ていたらしい。そういや勇者タッパは悪魔さん達を見ても無反応だったか。見慣れてたならおかしなことじゃない。
一月ほどで来訪者数は落ち着き、更に二月ほどで週平均二人程度まで減った。一日三桁とか来た挙句にほとんどが襲い掛かってきてたのはいったいなんだったのか。作為というか悪意すら感じる。たぶん、仮称神様がなんかやってたんだろうなあ。迷惑この上ない。
突発的な来訪者も週一人程度で落ち着いて暫く経ったころ、恐れていた通知がリビングのテレビに表示された。俺のもといた世界の方の神様的なアレから、勇者タッパが居る方の世界に存在する植物の栽培を依頼されたのである。作物とは言えない物の品種改良も含まれる。
二世界間交流が始まるならそんな仕事もくるかもなーとは思っていたが、やりたくない部類の仕事だ。なぜならファンタジー世界の植物なんて名前すら知らないから。でもこれ断れない類の話なんだろうと、渋々従業員を集めてくれるようウーナに頼んだ。
マーデン家に熊虎犀のペット組、トラクターを始めとした自律系農機の皆さんと悪魔っぽい人たち。うむ。マーデン家が従業員なら、同系のAI的ななにかを突っ込んだ農機の皆さんも従業員と数えるべきだな。今度から気をつけよう。
仕事の手を止めさせたお詫びと集まってくれたことにお礼を言っていざ本題。二世界間交流ガーとか新しい取引先っぽい神様みたいなナニカガーとか、悪魔さんたちが居たらしい世界の方の植物も育てて出荷することになってーとかをざっくり説明。通訳はマーシャルさんである。
経緯を話し終わり、では本題。悪魔さん達の中に元居たところで農業とか家庭菜園とかとにかく植物育てる系のことやってた人はいるかと尋ねる。半分が挙手。まじで。予想以上に居たわ。いや、だからこそうちで従業員になったのかも知れん。その経験者の中から二十人ほどを試験区画で新しい事業に着手してもらう旨を通達して、次は責任者だ。マーデン家の皆さんに視線を向けてみるとレアが一歩前へ出た。あれ、あなた従業員寮の管理とかしてませんでしたっけ。訊けば、最近は従業員の皆さんもここでの暮らしに慣れて裏方のラモーナ、レア、エステルの仕事もずいぶん減っているのだと言う。エステルがペット組の世話に手間を割いてもちょっと暇気味なので一人抜けても問題はないと。暇してるのって俺だけじゃなったのね。一応とはいえ農園のオーナーだしみんなのこともちゃんと見ないとなあ。
事務員のローラに事業計画の立案を、現場監督のジェフリーには別チームとして二十人の選抜を、総括のマーシャルとその補佐のアルフレッドにはローラの事業計画に沿ってシフトやらの調整と関連する諸々を、裏方組リーダーのラモーナにはレアが抜けても大丈夫なように対応をそれぞれ頼む。
後何かやることあったかなーと皆を見回しても特に何もなさそう。じゃ、今言った感じでお願いします。何かあったら都度言ってくださいと〆て解散。ペット組は暫くおとなしくしてエステルの邪魔をするなと言いつけておく。熊虎愛と素直に頷いてくれて何よりです。普段から面倒ごとなんてほぼ起こさない子達だけど一応ね。
やべえ。俺、かなり久しぶりに農場主っぽいことやったんじゃないの。農場主が本来何をやるか知らないし、いまだに一人とも会話らしい会話は成り立たないけどさ。
新設されたファンタジー区画は順調である。俺がファンタジー区画と呼んでいたらマーデン家の皆さんも同じ呼び方に合わせてくれたので正式名称となった。ファンタジーな農園って言ったらここ全部ファンタジーっていうのはわかっていてもそっとしておくべき点である。
そもそも悪魔さんたち的には馴染み深い作業なので、我らが農園で育てていた俺の故郷の作物を扱うよりも楽なのだという。レアによるアンケートの結果をまとめた紙にそう書いてあった。
今は組織的にも品種的にも大規模な作付けを行える段階ではないものの、ファンタジーパワー的なアレで品種改良を得意とする悪魔さんも居るしノウハウの蓄積も滞りが無いため次のステップへの移行は想定よりも早そうだとローラの経過報告書に書いてあった。
ただこれから先に起こりうる問題点として、大規模栽培に着手すると収穫時に大型農機を使えないことによる人手不足が予想される。そもそも農機は各種品種や使い方に合わせた開発がされているので近いものを流用するにもいちいち大金を投じて試行錯誤を繰り返す必要があるとマーシャルさんとローラとレアの会議に議事録に書いてあった。俺その会議に呼ばれてないわ。
総じて特に問題はないし、先々に懸念される農機の選定にしてもかなりの投資ができる程度には貯蓄がある。なんたってマーデン家の皆さんは優秀ですから。
施設の維持もファンタジー的なアレにより保護されているのでさほどの出費ではなく、人件費にしてもみんな欲がないからかなり安くあがっている。マーデン家の皆さんは何かないか訊いても何もないって言うからマーデン家として分けた不思議通販神通専用ポイントも減らない。農機の皆さんは最初にメンテナンスフリーのファンタジーパワーをオプションで設定したので洗う時の水と洗剤くらい。悪魔さんたちは魔力何たらの蛍光虹色デロデロと石しか要求しない。虹色デロデロと石って不思議通販神通だとめっちゃ安く仕入れられるから供給過多気味なのだ。給料制をやめてバイキング形式にしようかと悩むほどである。
一番大きい出費は俺の生活費か、ペット組がジオラマ作るための材料費だ。両方合わせても月の出費が日本円にして五万ほどである。なぜ日本円に換算できるのかといえば不思議通販神通にレートと専用の計算機が付いているから。俺が日本の製品を不思議通販神通ポイントで購入するとひょっとしたら現地で誰かが買ってるのかも知れないとか考えちゃう原因の機能だ。その辺は神様的なぱわーとかでどうにかしてくれてる方がなんとなく神様すげーって思えるからそうであってほしい。実際に神様かどうかは知らんが。
ファンタジー区画の報告を受けたので様子を見に来てみた。妖精さんの笑い声が他のところよりも明らかに多い。持ってきていた報告書に一応目を通しても妖精さんのことは報告書に無かったよ。
その辺にいたメルヘンチックな悪魔さんに声をかけて何か知らないかを訊こうとして、会話が成り立たないことを思い出す。そもそも悪魔さんが声で会話しているところに遭遇した覚えがない。ひょっとして悪魔さん達はテレパシー的ななにかで意思の疎通をしているのだろうか。マーデン家の人たちとはコミュニケーションできているしその可能性が高い。
妖精さんのくすくす笑いを聞きながらじーっとメルヘン悪魔さんを見つめていたらキョドられた。視線が右に左に落ち着かないし足とかもぞもぞしてる。唐突に会社の重役が来て無言で睨まれたらそら怖いっすわ。そうか、俺今重役っぽい感じだったかー。
すぐにちゃんと謝って、お詫びに魔力何とかの石をあげることで口止めをした。通訳はもちろんウーナ。ウーナのこの神出鬼没はなんなのだろうか。俺が困った時は大体斜め後ろでスタンバってる。
ファンタジー区画にいる妖精さんの数とかなにしてるかとかの記録をとってみたらどうかとレアに提案してから数日後。
ファンタジー区画の進捗が順調なのは妖精さんのおかげだと判明した。
今までも我が農園の作物は妖精さんたちが近くで飛び回って遊ぶことによりなんか良い感じの影響を受けて発育が良かったのだと添付された資料に書かれており、今回のファンタジー農園においてはそれが顕著だという旨の報告書を渡された。
何でこんな報告書とか議事録とか作れるのに筆談はダメなんですかねと後ろに居たウーナに問えば、どこからともなくばーじょんあっぷしてくださいのお札を取り出した。君達も頑なですね。
マーデン家の謎仕様はさておき、妖精さんだ。さも当然のことといった体で妖精さんの影響で作物が元気とかいう資料があるけど、俺このことも知りませんでしたわ。俺ずっと妖精さんのお世話になってたのか。いつも耳元とかでくすくす笑われるから慣れるまですごい気にしてたのに今じゃ屋外で長時間聞こえないと気になるもんなあくらいの距離感で居たわ。
俺、妖精さんにすごい失礼だったんじゃね。笑い声しか聞こえないとはいえ、不思議通販神通で妖精が見えーるアイ機能とか妖精語喋れマウスとかいうふざけた名前の商品を買えば多分コミュニケーションとれるんだし、今までそうしなかったのって感じ悪いですわよね。お嬢様言葉っぽくウーナに同意を求めると面倒くさそうに頷いてくれた。
そんなわけで妖精が見えーるアイ機能とか妖精語喋れマウスの二つを早速購入。取説通りに発声練習を五分ほどした後に付属のアイマスクをしたまま十五分の仮眠から目覚めてみれば、そこには、っていうか目の前五センチくらいに見れば一発で妖精さんと呼びたくなる掌大の女の子が飛んでいた。別にトンボとか蝶々とかみたいな羽は生えてなかった。ちょっときらきらしながらふわふわ飛んでる。
予想外に近距離でビビッてどもりながら始めましての挨拶をすると、妖精さんは開口一番こうおっしゃった。
「私も鶏ハム食べたい!」