は?婚約破棄?
今更ですが楽しんでいただければ幸いです
「エリザベス・トリニダード!今、この場で貴様との婚約を破棄する!」
今日は王立エレメンタル学院の卒業式。この国の貴族の子供達は学院で学ぶ事が義務付けられ、卒業する事で成人と認められる。その大事な卒業式で第三王子から婚約破棄宣言を言われた。
は?婚約破棄?出来るわけないじゃん。
私が目の前で喚き散らす王子を冷めた目で見ていると、彼の側近候補達も私を非難し始める。はっきり言って側近候補達も大馬鹿野郎だ。
「お前がマリーに嫉妬して虐めていたのはわかっている。素直に罪を認め謝罪しろ」
「私は誰も虐めていません」
何もしてないのに認められるか。それにマリーって誰さ。第一、嫉妬ってなんだ?されると思ってるのか?とんだ感違いナルシスト野郎だな。
「シラを切るつもりですか。貴女がマリーを罵ったのを見ていた人がいるんです」
「フューラー様。その方は見ていただけなのでしょう?何故罵ったとわかるのですか?」
「マリーが泣いていたんです。それだけ酷い事を言ったのでしょう」
「あら。では、この後私が泣けばフューラー様も私を罵った事に、酷い事を言った事になるのですね」
「なるわけないでしょう!」
「何故です?二人の人物が会話をしていて、その後一人が涙を流した。ほら、同じじゃありませんか」
「貴女は男爵令嬢であるマリーを見下しているでしょう」
「フューラー様も伯爵令嬢の私を見下してますよね」
「!……そんな事はありません」
「では、何故、私は事情を訊かれないのでしょう?こういう場合、双方の事情を聞き調査するものでしょう。それもせず私が悪いと決めてけていらっしゃる。それは公爵家の自分が決めた事だから伯爵家の私は逆らうなという見下しではありませんか」
何が違う?ジュリアーノ・フューラー。
「黙れ性悪。貴様、マリーのドレスを切り裂いただろう」
「いいえ」
「ほう。ではコレはなんだ?切り裂かれたドレスの側に落ちていたぞ」
見せびらかすように掲げたのは小さなナイフ。鞘には『桜』を模した意匠が散らばめられている。私がデザインして作ってもらったペーパーナイフ。
「確かにそれは私の物です。けれど、そのナイフでドレスを切る事は出来ません」
「言ったな。試してやる。………くっ、何故だ?何故、切れん」
懐から取り出したハンカチを切り裂こうとしたが無駄だった。コイツの馬鹿力なら素手で破れるよな、と思ったのは内緒だ。
「アロガンス様。切れなくて当然です。それは手紙を開封する為のナイフ。刃は付いていません」
「何っ?」
おいおい。こっちが指摘するまで気付かないってあり得んでしょう。本当に騎士志望か?スチュアート・アロガンス。
「君、マリーを魔法攻撃したよね。可哀想にマリー、傷だらけになったんだよ」
「ディクライン様。事実を捻じ曲げないでください。私の攻撃魔法で怪我された方は実技試験中の演習場に勝手に入り込んだのです。それも的の前を横切るようにして」
「よくもデタラメを…」
「授業を取り仕切ってらしたのは魔導師長様です。お疑いなら確認されてはいかが?」
教員席にいる魔導師長様に視線を送ると、小さく頷いてくれた。
「トリニダード伯爵令嬢の言う通りだ。メンティロソ男爵令嬢のおかげで彼女達のクラスは後日、実技試験のやり直しを余儀なくされた」
崇拝する魔導師長様の言葉なら信じるしかないよねえ、バーソロミュー・ディクライン。
「もういい!とにかく、貴様との婚約は破棄だ!」
「出来ません」
「ちょっと!王子であるリカルドが破棄するって言ってるの!あなたは黙って頷けばいいのよ!」
ついに尻軽女が口を出す。さっきまで被ってた超特大の猫は出かけたようだ。目は吊り上がり、口はへの字。まさに鬼の形相。
この女、噂や言動からすると私と同じく転生者のようだ。この世界は乙女ゲームの世界で、自分はヒロイン。そう思っているフシがある。そんな事あるか!私達はこの世界で生きてる。ゲームオーバーは死んだ時。セーブも無ければリセットも無い。
「私とリカルドは愛し合ってるの!邪魔しないで!」
邪魔なんかしてないだろうが。何もしてないのに罪人にされそうだから抵抗しているだけでしょ。アンタこそ、自作自演してんじゃないの?言い返そうかな…と思ったところで肩が温もりに包まれた。背後に誰かいる。驚いて振り返ると見慣れた優しい笑顔があった。
「遅いから迎えにきた」
「旦那様」
今日も格好イイですね。今朝も会ったけど。紅い髪を後ろに撫でつけて正装姿もバッチリ!大人の男の色気を感じます!ん?迎え?ごめんなさい。私も早く帰りたかったけど、王子達の所為で長引いてます。でも来てくれて嬉しい。
その逞しい胸に頬を寄せて素直に甘えると頭にキスしてくれた。
「エリザベス!何だ!その男は⁉︎貴様は俺の婚約者だろう!」
「違います!」
即答。旦那様の腕の中から王子を睨む。
「私の婚約者は殿下ではありません!旦那様です!」
本当に何度も何度も何度も何度も否定した。だが、全然!まったく!微塵も!思い込みは治らなかった。おまけにストーキングされるし。だから私は徹底して避けて逃げた。そして一年ほど前、漸く王子が私の前に現れなくなったので喜んでいたのにこの始末。本当に迷惑。超迷惑!誰かこの王子を隔離しろ!
「初めからずっと否定しているのに!まったく話を聞かないし!聞いても自分に都合良く解釈するし!ベタベタ触ろうとするし!付き纏ってくるし!おかげで眠れなくなるし!食も細くなるし!胃は常に痛むし!何度、自主退学しようと思った事か!」
感情が爆発した。全部曝露してやる。
「漸く離れたと思ったらやってもいない事で糾弾されるし!罪人扱いだし!反論すれば権力で押さえこもうとされるし!私…私、本当に辛かった!もうこんな国知らない!勝手にすればいい!旦那様の側で引籠る!」
「それは辛かったな。よく頑張った」
「旦那様ぁ!」
旦那様に優しい言葉をかけてもらって私の涙腺が決壊した。恥も外聞もなく、旦那様の胸で号泣する。そんな私を旦那様も優しく抱きしめて、あやすように背中をトントンしてくれる。
「いったい何の騒ぎですか?」
落ち着いた男性の声がした。
「ジョゼフ。いい所に来てくれた。エリザベスが自分の婚約者は俺ではないと妙な事を言うのだ」
ジョゼフ……ジョゼフ・フューラー。宰相様だ。そして王子はまだ勝手な事をほざいてる。さっき私が叫んだ事、聞いてないのか!スルーすんな!
「は?婚約者?殿下に婚約者はいらっしゃいませんよ」
「ジョゼフ、隠さずともよい。はっきり言ってくれ」
「隠してなどおりません。正真正銘、殿下に婚約者はいらっしゃいません」
シーン…。まさにそんな感じ。会場の空気というか、雰囲気が変わったのを肌で感じる。そりゃそうだね。私の曝露に加え宰相様の言葉。信憑性が増すってもんだ。何より。十八になるのに婚約者がいないって欠陥あり!と見なされたって事だ。
「ん?おお、火の王ではありませんか」
宰相様が旦那様に気付いた。気付くのはいいけど火の王は言っちゃダメでしょ。世間一般には某国の貴族『グレン・ブレイズ』なんですから。誰かに旦那様が火の精霊王だと気付かれたらどうするんですか。重要機密ですよ。
「ご無沙汰しております。今日おいでになるとは……ああ、トリニダード伯爵令嬢のお迎えですか。相変わらず仲睦まじいようで何よりです。婚姻の日が待ち遠しいですな」
「宰相も変わらんな。婚姻の書類は今朝提出し受理された。披露目は後日だ」
「そうでしたか。それはおめでとうございます」
和やか。実に和やかな会話だ。宰相様はこんなにデキた人なのに。なんで息子はああなんだ?
「ああ、宰相。王に伝言がある」
「承ります」
「そこの馬鹿達を〆るように」
うわ。きっと旦那様は超イイ笑顔で言ったんだろうな。見たいけど、しっかり固定されてて旦那様の胸から顔が上げられない。
「…あ、あの、それは?」
宰相様?声、震えてますよ?
「エリザベスが王子と親しいその娘に嫉妬して虐めを行ったそうだ」
「は?トリニダード伯爵令嬢が、ですか?」
「ああ。エリザベスの言い分も聞かず、調査もせず、処罰しようとした」
「なっ…!」
あ、宰相様が絶句した。うん。普通はそうなるよな。マトモな人なら。
「それ以前に王子は勝手な思い込みでエリザベスに付き纏い、体調を崩すほど精神的にも追い詰めた」
「はあっ⁈」
吃驚でしょ。王族が重度のストーカーだなんて。私も吃驚。
「だから〆ろ。充分、調査してからな。それからエリザベスからの伝言もある」
「…はい」
伝言?頼んでませんよ、旦那様。
「もうこんな国知らない。勝手にしろ。引籠る、だ」
「ヒッ…!」
「わかったな」
「……か、必ずお伝えします」
今、宰相様の顔は真っ青だろう。あの台詞は絶縁宣言したようなものだから。御愁傷様です、宰相様。その怒りは是非!大馬鹿野郎共にぶつけてね。
「帰るか」
「はい」
こうして私は旦那様の側でのんびり、まったり、穏やかに暮らした。後の事?知らん!どうなろうが自業自得でしょ。