「すべてを手に入れる5」の後のプールの小話
高校生だもん、プール行こう!(二度目)
鋼介視点です。
ついに今日が来た。
夏休み前に名波とチャコに声をかけ、プールへと誘ったのだ。
名波もチャコもかなり嬉しそうで、ノリノリで承諾してくれた。
名波は妖が寄って来るらしく、勇晴に頼んで結界を張ってもらうらしい。
なので、四人でプールに行くことになった。
……これってダブルデートって言ってもいいよな。
たぶん、意識してるのは俺だけで、他の三人は何も考えてないだろうけど。
「鋼ちゃん!」
プールの最寄り駅を出た所で待っていると、きれいな声が響いた。
パッと後ろを振り向くと、駅から出てくるチャコと名波の姿が見える。
チャコは白いマキシ丈のレースワンピースの上に半そでのデニムシャツを羽織っている。
黒い髪は編みこまれ、後ろでお団子っぽく整えられていた。
名波は薄い黄緑色の半袖のシャツワンピースを着て、髪は高い位置で一つに結ばれている。
二人とも、制服の時とは全然違って……。
名波とチャコが何やら話しながらこっちに向かって歩いてくる。
なんだか二人の周りだけキラキラと輝いているように見えて、ボーッと見惚れてしまった。
「おい、見ろよ。あの二人が俺達の連れとか、神だな。」
「……ッ、勇晴……。」
突然後ろから聞こえた声にビクッと肩を震わせる。
なんで、俺が駅の方を見てるのに後ろから声をかけてこれるんだ?
……ああ、車送迎か。こいつ安倍家の坊ちゃんだしな。
「勇ちゃん!」
チャコが勇晴にも手を振る。
名波はそんなチャコの横でふわふわと笑っていた。
「いい天気で良かったねー。」
「そうだな、快晴だな。」
四人で合流して空を見上げる。
雲一つない青空だ。
「鋼ちゃんも勇ちゃんも、おしゃれさんですなー。」
チャコが俺と勇晴を見て、イヒヒと笑った。
俺の服装は灰色チェックの七分丈クロップドパンツに柄入りの白色Tシャツ。
勇晴はグレーの半袖パーカーにダメージ加工のデニムを着ている。
言うほどおしゃれではない。
……多分、勇晴も気合入れてきました感が出ないようにしたんだろうな。
なんとなく気持ちがわかってしまいチラリと勇晴を見る。
勇晴は少し肩を竦めて、俺にだけ聞こえるようにボソリと話した。
「こういう時、リア充との違いを感じるよな。」
「……ああ、そうだな。」
リア充というのは女にモテて、人生を謳歌しているヤツの事を言うらしい。
俺は女と付き合ったことはないし、こういう時、どうしていいかわからない。
……でも、勇晴よりはリア充よりだと思うけどな。
男二人でボソボソ話している間に、名波とチャコはバス停に向かって歩いていく。
プールにはこの駅から専用のシャトルバスが出ているので、それに乗っていくのだ。
バス停には既にシャトルバスが来ていた。
それに乗り込み、チャコは当たり前のように名波の隣に座る。
もちろん、俺の隣は勇晴で……。
なんでだろう。
なぜかわからないが、すごくこれは違うと心が言っている。
なんだかもっといいことがあったような、そんな気がする。
「ねね、鋼ちゃん、勇ちゃん、楽しみだねー。」
前に座っていたチャコがぴょこんと顔を出して、えへへと笑う。
……いや、十分、幸せだろ、俺。
チャコは顔をひっこめて、名波と何やら話しているらしい。
漏れ聞こえる声はウキウキとしていて、まずはあれに乗る―、次はこれに乗る―とすごく嬉しそうだ。
そうこうしているうちにバスが出発し、あっという間にプールに着く。
タダ券をフロントへ見せると、ウォータースライダーの一日券としてシリコンブレスレットをくれ、中に入れてくれた。
これを手首に巻いとけば、ウォータースライダーは乗り放題らしい。
チャコは喜んでそれを受け取ると、名波と一緒にさっさと女子更衣室へ入っていった。
名波とチャコにはタダ券だと言って渡したが、実はタダ券ではない。
友人が福引で当てたのを、正規の値段の半額で買い取った。
俺と勇晴で二枚ずつ。
女には教えられない、男の苦労ってやつだな。
名波とチャコと別れて、俺と勇晴も更衣室へ入る。
特に何の変哲もない黒色のサーフパンツに着替えて、名波に頼まれた灰色のラッシュガードを手に持った。
名波曰く、チャコはそういうのに無頓着だから貸してくれ、との事だ。
俺が着替えている間に勇晴も着替え終わり、ブルーのボーダーのサーフパンツ姿になっている。
二人で更衣室から外へ出て、シャワーの門をくぐった先には既にチャコがいた。
「チャコ、早くないか? 」
「うん、実は家から着てきてたー。 脱ぐだけ! 」
手早く着替えたつもりだったのに、チャコはそれよりも早かった。
驚きながら近づくと、チャコが嬉しそうに笑う。
白地に青い小花柄のホルターネックビキニ。
一応下はショートパンツっぽい形になっているけど、胸が……。
思わず見てしまうのは仕方ない。
チャコは長身で痩せ型な体型だと思ったが、出るとこは案外出てる……。
そこで俺はハッとなった。
ここにいるのは俺だけじゃない。他の男だって、勇晴だっているのだ。
パッと横を見ると勇晴が楽しそうにチャコを見ていた。
やめろ。
お前は見るな。
勇晴とチャコの間に立ち、勇晴の目線を遮る。
勇晴は一瞬眉を顰めたが、すぐにフッと鼻で笑った。
「今、俺の目線を遮って何になる? 今日一日中、チャンスは溢れてる。」
「……くっ」
「チャコだって見られてもいいって思ってるから、あの恰好なんだろ? だから俺は見る。何度でも。」
勇晴がバカな事をかっこよさげに言った所でバシンと音が響いた。
勇晴の後ろには名波がいて……。
どうやら、名波が勇晴の背中を叩いたらしい。
「いてぇ。」
「次に言ったらグーだよ。」
名波がじとりと勇晴を睨んだ後、俺を呆れたように見た。
そして、俺の手元を指差す。
「ねえ、鋼介君。それをチャコに。」
「あ、ああ、そうだな。」
そういえば、ラッシュガードを持ってきてたんだった。
勇晴の目線を遮るより、これを渡せばよかっただけだ……。
俺は自分自身に飽きれながら、チャコへとそれを渡した。
チャコは不思議そうな顔でそれを受け取る。
「ん? これは?」
「今日は紫外線がすごいから。着とけ。」
「えー、大丈夫じゃない?」
「帰ってからピリピリするよ?」
「うーん、でも唯ちゃんはいいの?」
「私は日焼け止めばっちりだから。」
「んー。そうかなー? わかった。じゃあ借りるねー。」
納得したのかしてないのか、チャコは俺から受け取ったラッシュガードを羽織る。
そして、ジーッとチャックを閉めた。
俺のラッシュガードだから、もちろん大きい。
下に来ていた小花柄のショートパンツもほぼ隠れて、手の長さもブカブカ。
なんか、こう。なんていうか。
「こういうのもいいな。」
「……だまれ。」
勇晴が横でボソリと言うのをぎっと睨む。
お前、名波にグーパンされるぞ。
「唯ちゃんの水着かわいいねー。黄色似合ってるよ。」
「チャコもかわいいよ。」
俺たちが二人の水着を褒めないうちに、女同士で褒め合っている。
名波の水着は黄色が基調になっていて、色とりどりの蝶が描かれていた。
水着の上から更にワンピースのような物を着るタイプらしくて、とてもよく似合っている。
チャコは名波の水着を褒めると、その手を取って、早く早くとウォータースライダーへ向かう。
そうして、何度も何度もウォータースライダーを滑るチャコは本当に楽しそうで……。
チャコと名波が二人乗りをしているのをプールサイドから見たり、ちょっと早めの昼食を食べたり。
チャコがずっと笑っている。その姿を見ていると、胸がギュッと苦しくなった。
「チャコ、楽しそうで良かったね。」
「ああ、そうだな。」
勇晴と二人でウォータースライダーに向かったチャコを名波と一緒に下から眺める。
チャコがおーい!と手を振るのに、名波が笑顔で手を振り返した。
「チャコが笑うと、名波も本当に嬉しそうに笑うよな。」
「うん。まあ、鋼介君と一緒だよね。」
「……そうか。」
それから名波は、生徒会に行くから、とみんなで売店のテーブルに座っている時に切り出した。
チャコはえー!? またぁ!? と声を上げていたが、名波はあははと笑うだけだ。
チャコが何度も引き止めたが、待っている人がいるから、と。
それなら、と一緒に帰ろうとしたが、勿体ないからとプールに留まらせた。
「チャコ、いっぱい楽しんで。でね、プールが終わったら、友幸さんの所でみんなで待っててよ。」
「……理事長の所?」
「うん。生徒会が終わったら行くから。ゲームとかしてて。」
「んー……わかった。」
チャコがしゅんとしながらも頷く。
「チャコ、あっちのウォータースライダー、すごかったな、また滑ろうぜ。」
「……うん。」
「頭から滑るのもいいと思うんだよな。」
「いいねー。」
「いや、係の人に怒られるからやめろ。」
多分勇晴がチャコを励まそうとしている。
わかりにくいけれど。
「じゃあ行くね。……鋼介君、勇晴君、おねがいします。」
名波が手を振って、帰っていく。
チャコは笑顔でそれに手をふっていたけれど……。
名波が見えなくなると、またしょんぼりと肩を落とした。
「チャコ……かき氷食べるか?」
「ん。食べる。」
「よし、買ってくるから待ってろ。」
「俺、メロン。」
「勇晴は自分で買え。」
チャコと勇晴をその場に残し、かき氷を買いに行く。
後ろで二人の会話が聞こえた。
「勇ちゃん、半分こしよ半分こ。」
「いーな、それ。夢がある。」
「ね。半分こには夢が詰まってるよね。」
わかるわかる、と二人は頷き合って笑っている。
いや、そのかき氷を買うのは俺で、なんでチャコと勇晴が半分こするために買いに行かなきゃいけないのか全然わかんないけどな。
でも、チャコの笑い声が聞こえると、それだけで胸が熱くなった。
チャコが笑う、それだけで俺は……。
名波は名波と俺が一緒だと言っていた。
そうなんだろうと思う。
きっと、名波と俺の願いは同じ。
チャコに笑っていて欲しい。
ずっと。