「共に生きる幸せ3」で判明した最強の陰陽師ルートの話
『最強の陰陽師』ルートの友孝視点の小話です。
夏休み~文化祭前ぐらいまでです。ちょい微グロ。注意。
どうやら妖雲の巫女は安倍の嫡男を選んだようだ。
せっかくチャコを見つけて、同じクラスにしたのに無駄になってしまった。
これ以上一緒に過ごさせても意味がない。
チャコは夏休み中に学校をやめさせ、家へと戻らせた。
茶色の肩までの髪に大きな金色の瞳。
白い肌にふんわりとピンク色の頬。
一六〇センチほどの身長にひきしまった身体。
長い黒髪の少女はもういない。
友永茶子は終わりだ。
ただ、名前はあった方が便利だと思ったので、引き続きチャコと呼んでいる。
妖の姿が茶色いという理由だけでつけた、思い入れの無い名前だが、なかなかどうして、ぴったりだ。
妖雲の巫女が安倍の嫡男を選んでしまったため、私にかかる両親の圧力は更に強くなってしまった。
今ではほぼ毎日のように、本家へ行き、クドクドと嫌味を聞いている日々だ。
生徒会長をしながら、本家へ通い、夜は陰陽師として仕事をする。
正直、疲れている。
これが後どれくらい続くのかわからないが、先を思って溜息が出るのは止められなかった。
「おかえりなさい。」
今日も本家からの圧力を受け、クタクタになって家へ戻ると、チャコが廊下に立って出迎えてくれる。
別にそこまで従者のような態度を取らなくてもいいのに、ピンと背筋を張り、目線を斜め四十五度に下げた状態だ。
「ああ、ただいま。ご飯を食べてから出かけるよ。」
「はい。」
私が部屋に入り、制服を着替えている間にチャコが夕食の準備をする。
夕食の準備といっても、基本的な事は家政婦がやってくれているので、チャコがやるのは温めたり、器に入れたりと簡単な事だけだ。
部屋から出て、ダイニングテーブルにつく。
そして、二人で向かい合って夕食を食べた。
「チャコ、おいしい? 」
「はい。」
チャコに言葉をかけると、本人は笑わないようにしているようだが、顔がほころんでいる。
チャコは妖のくせにご飯を食べるのが好きなのだ。
他にもテレビを見るのも好きだ。
少し変わった妖だな、といつも思う。
二人で夕食を食べ終わった後、出かけるまで時間があったので、ソファに座ってテレビを見た。
チャコは床に座り、ソファを背にしてテレビを見ている。
丁度やっていたのは世界遺産を紹介する番組だった。
斜め後ろからでも、チャコが真剣にテレビを見ているのがわかる。
なんとなくその顔が見たくなって、体を前に倒してチャコの顔を覗き見た。
きらきら光る金色の目。
興味を抑えきれないのか、口許が時々ニッと笑ってしまっている。
そして、それを抑えるようにギュッと唇を噛んだ。
楽しそうなその横顔。
私が見ている事に気づきもしないで、テレビを食い入るように見つめている。
……チャコ?
そんなに熱心に見て、どこへ行こうと言うんだい?
なぜだかわからない。
けれど、その顔を見ていると心に熱い炎が上がったようだった。
その炎を消そうと、身を正し、背もたれへ体重をかける。
ゆっくりと深呼吸をしてみたけれど、その炎は収まりそうになかった。
「チャコ、行くよ。」
その炎を持て余したまま、立ち上がり玄関へと向かう。
チャコも慌ててテレビを消して、私の後に続いた。
今日はこれから、陰陽師としての仕事がある。
チャコにはしばらく妖を食わしていない。
ああ、そういえば妖雲の巫女が安倍の嫡男を選んだなら、私はもっと強くならなくてはいけない。
そして、私にはチャコがいる。
「チャコ、今日からチャコに戦ってもらうからね。」
私の言葉に後ろにいるチャコが戸惑ったのがわかる。
「……はい。」
それでも、チャコは頷く。
頷くしかないのだ。
だって、チャコは私の式神なんだから。
そうして、チャコが妖を食い続けて二か月が過ぎた。
初めの頃は、日常生活もそれなりに送っていたが、今では部屋のベッドからあまり出てこなくなった。
あんなに好きだった夕食も食べないし、テレビを見る事もない。
仕方がない。体が辛いのだろう。
「チャコ、仕事に行くよ。」
ベッドの上で丸まってるチャコに声をかける。
チャコは苦しそうにハッハッと短い息を吐いた。
「友孝……様……。」
「ん? 」
「も、無理……です。もう、むりです。」
白目を作ることができなくなった目を開き、こちらを見る。
金色の目はその言葉とは反対にギラギラと光っていた。
「チャコ、仕事だ。」
何が無理なのか。
ああ。よくわかっているよ。
それでも、チャコの言葉は聞かずに、背を向けて歩き出す。
チャコはハッハッと短い息を吐きながらも、ゆっくりと体を起こし、私の後に続いた。
玄関を出て、マンションのエントランスまで降りる。
そこには車がつけてあって、その後部座席へと座った。
私に続いて、チャコも隣へ座る。
私達が座ると、程なく車は発進した。
「今日は隣の県の湖だよ。夏の間に力を溜めたみたいでね、行楽客が何人か連れて行かれてしまったようだ。」
「……はい。」
相変わらず、短く息を吐き、金色の目をギラつかせている。
私はフッと笑いながら、チャコの頭を引き寄せた。
「まだ時間がかかるからね。苦しかったら私に持たれていればいい。」
昔のチャコなら、とんでもない、と言って、背筋を伸ばし、横に座っていたのだろう。
だけど、今は薄目でこちらを見ると、そのまま体を預けてくる。
車内にはチャコのハッハッという息遣いだけが響いた。
チャコは私の式神だ。
どんなに苦しんでいても、私の命令から逃れることはできない。
茶色の柔らかい髪に手を滑らす。
ふわふわとした触感が手に熱を帯びさせた。
チャコが私から離れるはずがない。
式神の契約はどちらかが消えるまで、なくなることはないのだから。
けれど、心が叫んでいる。
チャコとの時間は永遠ではないのだと。
いつでも逃げられるのだと。
この焦燥感が何なのかはわからない。
それが私の心に炎となって、じりじりと胸を焦がす。
「チャコ、着いたよ。」
夜の闇の中、葉の擦れる音と静かな水音だけが響いている。
家を出てから、二時間ほどか。
高速を走り、山中の湖についたのだ。
車から出て、チャコと二人、水面の前に立つ。
陰陽師が来た事に気づいたのだろう。
水面は泡立ち、周りの木が風に踊る。
「じゃあ、チャコ。いつも通りに頼んだよ。」
チャコに告げてから、少し離れる。
チャコはそんな私をチラリと見たけれど……諦めたように、水面へと視線を戻した。
チャコが無理と言ったのは今日が初めてだった。
きっと本当に無理なんだろう。
今、この瞬間が人型でいられる最後なのだ。
チャコが手から鉤爪を出す。
そして、その鉤爪で自分の腕を切り裂いた。
赤い血が湖へと滴り落ちていく。
たくさんの妖を食ったチャコの血は妖気の塊だ。
そしてそれは、妖に取っては毒となる。
湖に潜んでいたであろう妖は、チャコの血から逃れるように、水面へ姿を現した。
チャコは怯むこともなく、その妖へと飛びかかると、右手で一閃する。
妖はあっけなく腰から半分になり、その身を湖に沈めた。
ボチャボチャと湖に何かが落ちる音だけが響く。
そして――
人型を取れなくなったチャコは咆哮を上げ、茶色の狼の姿へと変化した。
大きなその体から殺気を漲らせ、凶悪な牙が覗く口からは涎をポタポタと落とす。
チャコの自我がなくなったのだ。
後は暴走するだけ。
私は焦ることなく、印を結び、呪を紡ぐ。
すると暴れ出そうとしていた茶色の狼に黒い鎖が巻き付き、あっという間に平伏せさせた。
「チャコ? もうチャコじゃないんだよね? 」
わかっている事だが、もう一度確認する。
茶色の狼は返事をする事もなく、苦しそうに唸るだけだ。
「じゃあ、少し眠っていて。また時が来たら起こしてあげよう。」
光の無い金色の目を見ながら、用意していた札を出す。
そして、先ほどよりも少し複雑な印と呪を施した。
これは式神を札に宿らせるためのものだ。
本来なら低級な妖を札に封じ、消耗品として使うような類の呪文である。
だが、今回は少し違う。
チャコのような力の強い妖を札に宿らせるのは並大抵ではできない。
チャコが妖を食い、妖気を増したおかげで私自身が強くなったという事。そして、封じられるチャコに自我が無く、低級の妖と変わらない思考しかないために、できるようになったのだ。
うまくいくかどうかは五分五分と言った所だろうと思ったが、チャコは大して抵抗もせず、あっさりと札になった。
チャコ自身がこれ以上、姿を保ったままで苦しみを味わう事を嫌がったためかもしれない。
チャコの宿った札を取り、ゆっくりと息を吐く。
湖は静かに水を湛え、木々は柔らかくそよいでいる。
空を見上げれば、葉と葉の隙間から、星がキラキラと光って見えた。
静かだ。
手に持った札だけが、熱を持っているようで、じわりと掌が温かくなる。
チャコはここにいる。
チャコは私の傍にいる。
それを感じると、掌だけでなく体全体まで温かくなったような気がした。
「私から離れるなんて……。」
信じない。
そうだ。
チャコは私の式神なんだ。
契約は切れたりしない。そんなわけはない。
だけど、信じきれないなら。
――壊してしまえばいい。
チャコの意思を無くせばいい。
式神の契約をしているのだから、意思があろうとなかろうと関係ない。
意思があるから、私から離れると言うのなら、その意思を無くしてしまえばいい。
札にして手元にずっと置いておけば、この焦燥感から逃れられるはず。
だって、チャコを見つけたのはぼくだ。
チャコはぼくのものなんだ。




