「この世で一番強い妖2」のチャコ視点の小話
「この世で一番強い妖2」の後半部分を少しだけ。
チャコ視点です。
気づけば白いモヤの中。
懐かしい小さな狼の体でぼんやりと座り込んでいた。
『チャコか? 』
どこかから声がする。
優しく響くこの声は先生の声だ。
「先生? 」
『……賀茂の式神だったんだな。』
どこかこちらを非難する色を湛えたその声にブルリと体を震わせた。
先ほど、首筋をガブリとやられたのを思い出したのだ。
「色々ありまして……、ごめんなさい。」
『いいさ、もうお仕置きは終わったからな。』
悪戯っぽい声が響いた。
『お前にこの体をやる。好きに生きろ。俺は奥でこの力を抑えておくから。』
「は? 」
『俺は力が強すぎてどうせ先がなかった。お前が代わりに生きてくれるならそれでいい。』
「は? 」
『時間がない。楽しく生きろよ。』
「は? 」
先生が何を言ってるかさっぱりわからない。
意味はわからないが、白いモヤはなくなり、グッと意識が浮上する。
そして、目を開けると、そこには濡れた瞳でこちらを見る唯ちゃんがいた。
まさか。そんな。
だって、私はあの時に先生に食われたはずなのに。
バッと体を起こし、自分の姿を見れば、そこには自分の体とは違う物が映った。
灰色のスーツは土に汚れ、手は大きく筋張っている。
「……どうしよう、唯ちゃん。」
唯ちゃんのきれいな深い緑色の瞳が驚きに揺れていた。
「……チャコなの? 」
先生の体なのにすぐに私だとわかってくれる唯ちゃん。
それが嬉しいような悲しいような、よくわからなくて変な笑顔になってしまった。
「先生がこの体をくれるって……自分は奥で力を抑えとくからって……。」
なんで先生は私に体をくれたんだろう。
唯ちゃんと二人でずっと生きていけばよかったのに。
唯ちゃんの傍に安倍勇晴と友孝様が見えたけど、私はじっと唯ちゃんを見ていた。
ねえ、唯ちゃん。
唯ちゃんは私が友孝様の隣にいても、全然驚かなかったね。
いつから知ってた?
私がウソをついてる事。
「チャコなのか? 」
友孝様が困惑した目で私を見る。
私はコクンと頷いた。
「そうか……でも、どうやらもう私の式神ではないようだね。」
友孝様は力の流れを確認していたようだが、私と友孝様の繋がりは切れている。
私は式神から解放されたんだ。
待ち望んでいたその事。
だけど、心は一向に晴れない。
「チャコ、ごめんね。私のせいなの。私が先生に言ったから……。」
唯ちゃんが苦しそうにその瞳を揺らす。
ごめんね、唯ちゃん。
私が唯ちゃんから先生を奪ってしまった。
……疲れたな。
なんだかとても体が重い。
先生の体だからかな。
「唯ちゃん……。」
じっとその瞳を見る。
きれいで吸い込まれてしまいそうだ。
私は目を瞑り、ゆっくりと体にめぐる力に意識を向けた。
唯ちゃんの温かい光がそこにある。
きっとここに先生がいる。
目を開けて、えへへっと笑った。
「大丈夫。先生はここにいる。」
ゆっくりと唯ちゃんの手を掴む。
「今は先生が奥にいるけど、私が交代する。先生、力が強すぎてあんまり長生きできなかったみたいだけど……私がずっと先生の力を抑えておくから。」
だから泣かないで。
唯ちゃんが大好きな人といられるよう、見守ってるから。
「これで先生と唯ちゃんでずっと一緒に暮らしていける。……トゥルーエンドだー。」
うん。これでいい。
私が消えて、先生が残る。
唯ちゃんは幸せになれる。ばっちりだ。
「チャコは交代したらどうなるの? 」
「どうかな……、主人格は先生になるから、先生の中でずっと眠ってるような感じになるのかな? 」
「そんなの……消えちゃうのと一緒だよ。」
唯ちゃんが、ギュッと手を掴み返してくれる。
優しいな、唯ちゃん。
私がウソつきだってわかっても。
先生を奪っても。
それでも、私を見てくれる。
そんな目で見られたら、揺らぎそうになる。
ここにいてもいいのかもしれないって思ってしまう。
私はもう唯ちゃんを見ていられなくて、目を閉じた。
自分の欲望に負けないうちに先生と交代しよう。
ホント、私って欲望に弱い。
自分が嫌になる。
だから――
消えてしまえばいい。
それで唯ちゃんに何か残せるならそれでいい。
これがウソつきの私にできることだ。
――幸せになって。
先生、優しいからさ。