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今の所、人物描写をしていないのはわざとです。
……ホントウダヨ?
まだ出てきている主要人物が主人公一人だけだって知ってました?
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出雲佳苗にとって、その場所は全く馴染みがないと言う場所ではない。
実を言えば、町名こそ異なるが近所が本籍地なのだ。姉と兄が幼い頃は通っていた幼稚園の関係でそこに住んでいたそうだし、今でも実家の名義で住む場所はある。最悪、そこに転がり込むと言う手がないわけではない。
では、佳苗はどうかと言えば泊った事が一日ある程度で住んだ事はないし。そもそも、泊った場所は建て替えられていて泊った時の記憶もかなり薄れている。
何故住んだ事が無いかと言えば、単に「生まれる予定では無かった」佳苗が生まれてしまった事で手狭になった事と、それ以外にも幾つかの理由があって引越しをしたからだ。
その為、佳苗はこの場所に住んだ事がない。
予定外と言うのは、それだけ難しい立場だと言えなくはないのだと。40を過ぎた今、そう思う。
「ついたぁぁぁぁぁぁっ!」
小さく、声を上げる。
周辺……正確には、至近距離に人はいない。だが、世の中のどこに人がいるか判ったものではない。
あれから道に迷わずに辿り着く事が出来たのは行幸だ、初めての場所ならば道に迷う事も普通にあるが、初めてではないので迷わない自信はある。あるが……それでも、駄目な時はダメだと諦めているのでこれは普通に嬉しい。
問題があるとすれば、この神社は非常に……急な坂なのだ。
神社に社に至るまでは、参道として階段が用いられる事は普通にある。地形上、上の方に建てられるのは過去の歴史に基づいたりして建立される事が少なからずあるからだ。他には、佳苗の個人的想像からすると「目立つ」所に建てて人の視線を集めたり、何か起きた時の集会所の様な役割を担っていたのではないかと最近は思う……テレビの街歩き番組でかつて神社仏閣と言うのは今で言う所のご近所テーマパークの役割を担っていたと言う説を聞いたからだ。古くは火事があった際の避難所の役割もあったと言うのだから、それなりの広さがあると言う事は必然的にそうなるのだろう。
かと言って、今の占いのお店の様な神秘性を高める為にどこにあるのか判らないような所になると不親切と言うのもあったのかも知れないし、そんな事は想像もしなかったのかも知れないけれど。
「……そうだった、前回はコレで断念したんだよねえ」
石段に板を張り巡らせて雪を降らせ固めれば、さぞかし立派なジャンプ台になるだろう。
初めて、実物の石段を見た時に佳苗はそう思った。
それだけ、石段は……角度がすごかった。
「見たまま絵にしたら、あんまり信用しないかも知れないなあ……私もしないだろうけど……」
神社は、階段の数は100もない。様な気がするが、数えたら心が挫けそうな気がするので見ない方向にするとして実家の階段を数える癖は止めたいと常に思っている。数える度に「13段……」と心が折れるからだ。
説明書によると、近所にかつて存在したお城の築城の際に隣県の神社を分社したと言う。所が、その後で戦火に晒される事により今の場所に移築され当時は茶屋や芝居小屋などもあったとかで例祭などでは人々が行き交い大変賑わったと言うが。時代が移った際に神仏判然令と言う、お寺はお寺、神社は神社としてきちんと分けると言う法律に従った所、同じ敷地内にあったらしいお寺が廃寺となった関係で取り潰しとなり。その場所は樹木などを植える事によって(恐らく)場所が無くなった事や歴史の流れにより神社仏閣が今で言うテーマパークの様に扱われていたものが寂れた。
のではないかと、佳苗は説明書きから解釈した。
説明を見ても「ふうん」としか思わないが、こう言う時代背景があると思うだけで訪れる側の気持ちも変わるものだと言うのが持論だ。難しい言葉で書いてあったりすることが多いので、解読するのが時に難解だったりもするが、今すぐ帰って眠らないとならないと言うわけではないのだから気楽なものである。
「この階段の先には、何があるんだろうなあ……」
これもこれで、階段を昇る前の現実逃避だと言う気はするが。金属製の手すりがついているとは言っても、急な階段を昇らなければならないのだ……嫌なら行くなと言われそうな気もするが、ここで階段から落ちたからと言って明日からの会社に出勤出来ずに仕事がたまる現実に恐怖心を覚える……なんて事はないのだ。
収入など欠片もないけれど、同じだけ誰かに迷惑をかけると言う事もない。
そう思えば、ちょっとくらい面倒だったり手間がかかったり、失敗率があると思っても気にしないで挑戦出来るのは今のうちだ……と前向きに考える。
本当に前向きかと問われたら、内心で「ええと、どうかなあ?」と首を捻るかも知れないけれど誰が聞くわけでもないので問題はない。誰かはあると言うかも知れないが、言い出す人がいないので佳苗にとって問題にはならない。
「大使館かな? それとも……テレビ局は反対側だったな。あれ、でも方向からすると政府関係が近い筈だからマスコミはあんまり近くない方が良いのかな……巻き添え食らうのも困るだろうし。
あ、でも駅の向こう側にあった気がしないでもないけど……あ、でも隣の駅だったかなあ?
住んだ事ないから、全くもって検討が付かないわ……母なんてここから散歩がてらに三つ向こうの町まで行ってたとか言ってたけど……」
とは言っても、佳苗に土地勘がないのでどれだけ歩けば良いのかさっぱり見当がつかない。ついでに言えば、それも母曰く「私が若い頃」と言うので、かれこれ何十年も昔の話だろう。母親は佳苗達の三人の姉兄妹を産んで引越しをしてから……もしくはそれ以前から、父親と結婚してからかも知れないが出歩く事は無くなっていたのではないだろうかと言う気がする。
単純な話、用事が無かったのと気分転換に出掛けるだけの余力が無かったのだろうと踏んでいる……何しろ、逆算してみるとちょうど社会に出てすぐの頃であると同時に、両親それぞれの言い分を聞いてみると「母方の小母にはめられた」と言っていたのだから気分的には微妙だ。その人物はすでに亡くなっているので確認のしようがない……。
「てか……想像していたつもりだけど、やっぱり怖いかも……スキーは出来ないな、ここ……」
階段を踊り場まで昇り、段数がそこまでないからと言って駆け上がるのは流石に危険度が高くて止めたけれど。幾ら移築された経緯がある神社ではあると言っても、少なくとも数十年はたっている……石段の綺麗さ加減から考えると、もしかしたら近年になって改修工事されたのではないかと思える程のものではあるが、石段である以上は下手な工事はしていない筈だ。出来ればまともな工事をして欲しい、ついでに見てくれだけじゃなくて中身もきっちり詰まった石で出来ていると良いなあ……急だけど。
とか思いながら、まだ段数はあるが立ち止まり振り向いてみる。
ここで恐怖心に負けたら、とりあえず手すりに縋って降りれば良いと思ったからである。
え、ここまで来て帰るなんてありかよ! と思わないでもないが、怖いものは怖い。
下から見るより上から見る方が恐怖度は高いと言うが、下から見た時点で十分怖かったのだから上から見て怖くないわけがないのも道理である。
「まさか、階段の一本道ってわけじゃないよね……?」
誰かに言われたわけでもなく気づいてはいるが、佳苗は自分自身が「今、仕事を貰えない」と言う現実から逃避する一環として「仕事をしていない事で気にしなくてすむ利点」を出来るだけ考えている。と言う思考の方向に気が付いている……そうでも無ければ、いっそ不安感で潰されてしまいそうになるからだ。
それと独り言は関係ない、幼い頃から独り言はとても多い……例え「早死にする」とジンクスと言うか言い伝えと言うか、そんな風に言われても。あっさりと「その方が良いのかも知れない」と小学生の頃に思ってしまった時点で佳苗は自分自身を「一風変わった所がある」とは思っていた。
もっとも、近年でネットが普及して調べてみたが検索方法が悪いのか直接的なつながりは無さそうだと発見してしまって少し残念だったと言う思考回路が残念だったりする。逆に、ずいぶんと以前に風邪をひいて寝込んでしまい、三日間一度も声を出さなかった後で声を出そうとしたら出なくて驚いたと言う事があるので。意外とツッコミと言うのは人生で大事なのではないかと思った事もある……ボケが不在なのは少し問題かも知れないが。
「……よ、よし。行ってから決めよう。
こんな急な石段しかないって、お参りするのに老人と子供と女性に不親切な事ってないよね!」
気持ちは負けているし、手すりから手を離すのは心底嫌だったが、同時に「この手すりって掃除してないよねえ?」と言う潔癖症な気持ちが喧嘩して恐怖心に負けた。汚れたら綺麗にすれば良いが、怪我をしたら汚れる上に痛い追加で治療費が確実にかかる。
どちらかと言えば、これは恐怖心と言うより……怪我に対する恐怖心と言うより、経済的な恐怖心かも知れないなどと頭の中で考えて、人知れずくすりと笑った。
やってもやらなくても後悔するかも知れないが、どうせなら「やったら痛い目に合う」と言う教訓くらいお土産に持って帰ろうと思っているのは学生の頃にやるべきだったのかも知れない。少なくとも、世間一般の42にもなった独身女性の思考及び行動する理由としては左程多くは無いだろう。自覚はある。
「歩こう歩こうって言う歌あったけど、昇ろう昇ろうって歌あるのかなあ……」
確かに、現実を逃避するのに頭の中でぐるぐる考え込むのは有効な手段だ。ただし、一人で考えている場合は滅多に思考の迷宮から抜け出す事は出来ないし、大抵が「まあいいや」で放り投げる癖があるのであまり意味はない。
足元が疎かで危険ではないかと言われそうだし自分自身でも思うが、そこはステンレスの手すりに手をしっかりと捕まえている限り危険度は減る……と良いと佳苗は思う。ついでに、走ったり爪先立ちで一段飛ばしとかしなければ尚良い。ちなみに、そんな愚行はしない。
出来れば、石段はかかとまでしっかりと足を踏みしめて。ゆっくりじっくりと足の裏に硬い感触を認識して、それでいてふらつかないように一歩一歩を踏みしめる。それが正しい「階段の昇り方」だと佳苗は己に言い聞かせつつ、ここはどんな神様が祀られているのかとか、昇ろう昇ろうで始まる歌はあるのかと覚えていたら後で調べてみようとか、神社を昇った向こう側に通じる道があると……出来れば、駅まで戻れる緩やかな道か、自宅方面に続く坂道とかがあると良いと思っていた。
大抵「後で調べよう」と思う事はほとんどが忘れるし、仮に思い出しても大多数が「その時に必要な事」だったりするが、百科事典でもカバーしきれない情報を持ち歩く事が可能になる全世界ネットワークの存在について事あるごとに居るんだか居ないんだか好きにしてくれて良いと思う神様に礼を言いたくなる……ほどほどに罰当たりな思考回路だが、大抵の事を時の政府と神様のせいにしておけば佳苗の内心は納得するのだし誰に迷惑がかかるものでもないのだと思いこめば、それで天下泰平と言うものだろう。
もしかしたら、知らない所で政府関係者やどっかの神様あたりがくしゃみをしているかも知れないが、それは有名税と言う事で是非とも受け取って置いて貰いたいものだ……知られてる君たちが悪いのよ、的な意味で。
いや、何も悪い事ではないのだが……。
「え……?」
別に、と佳苗は思う。
仕事が決まらないのも、両親が一時期離婚の危機だったのも、姉はともかく兄とは一家まとめて9年程度会いたくないと心の底から思っても。
先細りしてゆく知り合いとの関係性も、建設的な事がどんどん出来なくなって行く自分自身も。
これから先、江戸時代なら老衰で亡くなる平均寿命はあと10年もなくなっていただろう。幸か不幸か、今の現代社会は女性の平均寿命が80越えたとか人によりけりだとは思うけれど。
だけど。
続きます