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06

書いている時点ではまだ梅雨が終わっていないのでアレですが、作中ではすでに真夏です。暑いです。作者の趣味ではありません。

でも熱いです。じりじりです。呼吸するだけで喉の奥が焼けそうです。

6



 コンビニエンスストアとは、人類が作り上げたものの中でトップクラスで素晴らしいものだと出雲佳苗は常々思う。


 まず、一日の大半は誰かしら存在する。その点だけを言えば、三ミリほど申し訳ないとは思うけれど警察や交番よも余程頼りになると佳苗は思う。最近では、パトロールに出掛けているからと不在になる交番が少なからず存在するので、24時間誰かしら存在すると言う事はない。作りが不明なので判らないが、もしかしたら漫画に出て来る派出所みたいな仮眠できる部屋と言うのも奥に名残として残っているだけで実際には「仮眠」と言う役割で使われていないのではないか? そんな風に想像する事もあった。

 地方に行けば、コンビニエンスストアと言えど夜間は閉店している場合もあるが。少なくとも大都市で24時間営業のコンビニエンスストアはゼロではないだろう。旅行に行ける程の財力も体力もない佳苗には不明だが、事実がどうあれ関わる事がないなら気にする必要はない……いつかは興味が出て調べるかも知れないけれど。


 元々、コンビニエンスストアと言うのは日本には無かった。

 少なくとも、佳苗が子供の頃には「お店と言うのは夜になったら閉まるもの」と言う常識があった。その当時は幼かったから知らないだけだったかも知れないが、佳苗が小学生の頃に近所に朝から夜まで開いているコンビニエンスストアが初めて出来た時の母親の驚愕具合は今でもうっすら覚えている……30年以上前の記憶に期待しないで貰えるとありがたい。

 それから、気が付けば店名とは異なり24時間営業を始めた頃には近所以外に行動範囲が広がると佳苗は「コンビニエンスストアって素晴らしい」とは思ったが働いてみたいと思った事は無かった。あまりにも近所過ぎて、知っている顔が多かったからと言うのもあるけれどアルバイトが出来る年齢では無かったからだと言うのもある。

 当時は知らなかったが、コンビニエンスストアの経営者一家は町内会とか佳苗が通っていた学校関係でも面識があっただろうから色々な意味で気まずいと思っただろう……佳苗本人には該当しなかったが、佳苗の歳の離れた姉兄にはどこでどうつながっているか判ったものではない。


「うう……あづい……」


 食べ物もあって椅子もある、お手洗いもあるので時間を潰すにはすこぶる快適な環境から出るには勇気が必要だと言うのが佳苗の持論だ。それでも、少し前に冷え切った体といつまでもここにいるわけにはいかないと言う事、ついでに言えば「雨が降ってないだけマシ」と先日までの梅雨時を思えば歩くと言う動作をする気になれた事を前向きに考える事にした。

 かつて、一か月半ほどコンビニエンスストアでアルバイトをした事があったけれど。体力仕事の中では作業の多さを気にしなければなかなかにマイペースでも問題が少ない業種だったと思う。世の中ではテレビで言うコンビニ強盗なんてものも地域さえ勝ち合わなければ基本的にはどんな業種であろうと事件性は少ないとも思っている。

 ちなみに、と購入したお菓子と飲み物のパッケージをゴミ箱に廃棄しながら「ごみを捨てられると言うのもポイント高いよな」と佳苗は思う。

 数年前から、日本では通りには元々ほとんど存在しなかったベンチも。大都市の大通りにはあったゴミ箱も撤去された事は諸外国から訪れる人達には不評だ。その代りと言うわけなのかどうかまでは知らないが、コンビニエンスストアでの役割は幅を広げて休憩所、ゴミ捨て場、お手洗い、加えて最近では緊急非常時における連絡先の拠点の役割まで買って出ている。かと思いきやそこでは終わらず、店舗によってはオンライン注文における配達に、場所によっては電気自動車の電気スタンドを供給する所も実験段階ではあるが実働実験されているのだから、もはや本来のコンビニの役割とは違う存在になっているのだろうなあとは、ぼんやりと思う。

 いつか、コンビニエンスストア発祥の国に行ったらまだ本来のコンビニエンスストアは存在するのだろうか。それとも、そんなものはすでに過去の遺物と成り果てているのだろうかと言う事を、三秒程度考えて思考を断ち切った。

 暑さに負けたともいう。


「ああ……なんで午後なのに吸う空気も吐き出す空気もこんなに熱いんだろう」


 そして、日差しは僅かながらに(やわ)らいでる筈なのに先程のコンビニエンスストアでは口にしなかったヨーグルトドリンクに思いを馳せてしまう……バニラアイスはきちんと口にしたけれど、舌打ちさえしたくなった気持ちは全部を飲み切らなかったコーラを一口飲む事で誤魔化す。

 全部飲んでも良かったのだが、そうすると後でお手洗いに行きたくなった時に困るかなあと思ったあたり佳苗は己を若くないと思う。太っていると、そう言う部分がある人と言うのは体質的に存在するのだ。


「いや、少なくとも冷たいものを飲み食いしたんだから体の中は若干下がってる筈だよねえ……いや、考えると辛い……」


 常ならば、人に聞こえない程度の音量で脳内駄々漏れ妄想を口にする事も少なくはないのだが。流石に熱さに負けて閉口する。口の中や鼻の中に入る空気の時点で熱いのだ、余計な体力の消耗は可能な限り減らしたい……ので、イヤフォンから聞こえて来る音楽に意識を集中させる事にする。100以上は軽く入っている音楽全ての中からランダムに選ばれた音楽を、時に飛ばして時にタイトルを確認しながら、てくてくと歩く……たまに、意識の中ですとんと「私、何やってるんだろう……」と我に返る事があるが、そんな事はよくある事である。

 そうして、歩き続けて横目で見る建物がある。

 ハローワーク……職業安定所と呼ばれるところだ。

 佳苗は昨年、この施設で世話になった事がある。正確に言えば世話になる全ての権利を使いきれなかったと言うべきか……どうせなら、もう少し得られる金額はあった筈なのに、面倒くさがって行かなかったと言う親に知られたら怒られそうな理由がある。しかし、佳苗に言わせて貰えれば派遣会社が自分の仕事をしなかった為にこちらが不利益を被っているのだから訴えてしまいたいくらい腹立たしいのはこちらなのだ、わざわざそんな事を言う面倒を自ら被るつもりはない。


「……どうも、ここには縁が無いと言うべきかどうなのか」


 かつて、二十歳頃にお世話になった会社は三か月でリストラにあった。

 そうして昨年、夏にお世話になった会社も三か月でリストラにあった。

 自分に全く非が無いない、なんて事は流石に思わない。けれど運も悪ければ関係も悪かったと思う。

 どちらにしても、共通点である「アットホームが売りの小さな会社」だったと言う共通点を考えれば、人と慣れるのに時間がかかる佳苗は零細企業には向かないと言う事になる……相性もあるのだろうが。

 少なくとも、ある程度の大きな会社に潜り込める事が出来れば派遣社員の一人くらいを会社は気にしないと言うのも、佳苗が学んだ事だった。

 大きすぎる会社もどうかと思うが、家族ぐるみでやっている様な会社も佳苗には向かないと思う。

 親や最近の知りあいは佳苗を人当たりが良くて怒った所を見た事がないなどと言うが、近年の知り合いに関しては「お前に何が判る」と言うセリフが当てはまるのだろうと思う。

 そうして、大抵がそう言うセリフを言って来る人は自分自身を見抜けられると逆切れをする人も多かった。


「こっちに行けば、いつもの神社……」


 真っ直ぐ足を進めれば、隣の駅まで進む事が出来る。

 ここで道を曲がれば、いつものテレビや雑誌で紹介されている縁結びの神社になる。

 しかし、何度も訪れた縁結びの神社は僅かにあった気がしないでもないが、今もって会社が決まっていないと言う事は御利益があると言いきるのは納得が出来ない。

 絵馬か? お守りか? 御札か? かける金額が少ないからなのか?

 内心で口から零れ落ちそうな本音があったが、それは何とか押し留めた。

 自分だって日本人特有の「苦しい時『だけ』神頼み」の信者であって敬虔なる神の使徒でも無ければ、実家には仏壇も神棚もある。別に何かを思ったわけでは無いが、兄嫁など洗礼名も持つクリスチャンだ。

 日本の宗教に対する寛大と言うべきか気にしない大らかさは世界から見ると不思議な感覚だと言われるが、単に目に見える部分と見えない部分とに境が少ないだけではないかと言う気がする。


「あんまりあちこち行くのも良くないとは言うけど……」


 何か……恐らく、昔読んだ本で「幾ら受験だからと言ってあちこちの神社のお守りを数揃えれば良いわけではない」と言う一文を読んだ様な気がしたのだ。

 引っ越してきた当初、二年参り(もう)でにご近所を練り歩くぞ! と思った佳苗は、幾つもある神社を歩き回って地味に楽しかった覚えがある……それが原因かどうかは知らないが、その数か月後に腹痛を覚えて会社で「帰れ」と追い出され、確かに胃袋の当たりに痛みを覚えたので胃腸科に行ったら女医の先生がにこやかに「胆石が出来ていますね」とエコー写真を見せてくれたのだが……超音波の反射で表示された写真を見せられても「はあ、そうなんですか」程度の感想しか浮かばなかった。

 しかし、親切心なのか「紹介状書きますよ、おススメの病院ありまますけどどこが良いですか?」と聞こえた声が非常に軽かった気がするのは佳苗の気のせいだったのだろうか……最終的に、胆嚢ごと切除する腹腔鏡と言う「何本かの棒を刺して腹の中で行う手術」と解釈した手術をされた。乱暴な言い方ではあるが、傷口から考えるとそう言う解釈で間違えではないだろうと佳苗は思う。


「よし、足を伸ばすか。せっかく来たんだし」


 ただし、手術が終わって大病院の担当女医の先生が言っていた言葉は今でも少し気になっている事がある。

 先生は非常に口ごもりながら「原因は幾つかある事があるし、出て来た石から考えると脂分の取りすぎだけではないと思うんだけど……ストレスと言う事もあるし、石が大きくなる速度とか解明されていない部分があるの」だと。そして、胆石と当時患っていた低血圧に関係があるのかどうも判らないと言っていた。

 が。

 佳苗にしてみれば「何が言いたいのか教えて下さい」だったのだから、女医先生も浮かばれないものである。


「ええと、地図アプリ地図アプリ……」


 方向は、何とか判らなくはない。近くにあるご近所の地図看板を見たり、多い目の道路を見れば大体の方向と言うものは書いてある。隣町や高速道路の入り口等は結構手前の当たりから看板が設置されている事も多いので、最終的には地理的な意味で警察官もそこいらを見回せば歩いているかも知れないが。それでも、やはり心の安寧が欲しくなるのが人と言うものである。


「方向からして……大きな道一本で行けそうだな、と。

 後は、日が出てる間に帰れれば……どうするかな?」


 自宅から、いつものルートでのんびり歩いたとは言え1時間もたってはいない。途中でコンビニエンスストアに寄りはしたが、かと言ってのんびりとしたとも思わないので逆算して考えると途中で「何も無ければ」ぎりぎり太陽が出ている間に帰れない事もなさそうだとは思う。思うが……世の中はそんな簡単に上手く行くだろうか?


「まあいっかあ、ちょっとくらい太陽が沈んでもまだサマータイムだしね……急激に気温が下がるわけでもないし。何なら、取り込むの明日でも良いし」


 洗濯ものは、出来れば夜露に晒したいとは思わない。

 ただ、考えてみれば朝のうちに干したとか言うのならばともかく昼過ぎに洗濯したものが数時間で乾くだろうかと言う疑問点はある。冬場ではないから、ある程度乾いていて後は室内干しに切り替えても良いだろうし、薄手の物ならば乾いているかも知れない。

 何より、無職と言うのは「明日の事を考える」必要があまり高くないと言う素敵な職業だ。

 もっとも、明日以降の生活の保証は欠片も無いと言う高確率の危険度でもあるけれど。

続きます。

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