05
一人暮らしをしている人ならば想像がつくかも知れないが、一人と言うのは本当に一人である。
つまり、後回しにしても結局は自分以外は誰も行うものが居ない。
だからこそ優先順位は必要なのだ。
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出雲佳苗は、基本的に外出をしない方向性にある。
つまり、運動不足だ。
いや、問題はそこではないとは言い切れないが少し違う。
外出をすると財布の紐が緩む傾向にあるので、それを回避したいのだ。要するに。
なので、会社から呼び出されたり買い物の日と決めている時以外は可能な限り外出しないと言う事で、財布の紐を固める様に努力している……今時ではネットショッピングも珍しくはないので、買い物をしようと思えば出来てしまうのは事実だが。
「ふふ……人生なんてろくなもんじゃねえわな……」
佳苗が一人で沈痛な面持ちをしているのは、理由がある。
理由と言っても、悪い理由ではない。
先日の期間限定アルバイトで駄目だしを食らったのはさて置いて……その後で会社の側の神社に立ち寄ってお参りもしたのに、どうやら神は見放してくれまくりの様だと認識するだけだった。今度から御賽銭は成功報酬にすると神を脅してやろうかと思ったくらいだ。御礼参りと言う言葉があるくらいなのだから、後払いだって神様は許してくれても良いだろう、神社の人は不満かも知れないが「願いが叶わなかったら御賽銭を返却します」なんてサービスはしていないのだ。宝くじならば引換券をくれるけれど、完全に神社への御賽銭やご寄進は基本的に見返りのないものへの支払いだ……一人当たりの金額はそれぞれだけれど。
「たまには散歩でもしますかあ……」
次の話が進むまで、自動的に完全暇状態になってしまった。おかげで、また母親に嫌な報告をさせられる羽目になる……黙っていた所で嘘でも「決まった」などと言った所で後でバレる嘘などしても面倒は消えてはくれないのだ。
普通のアルバイトは探さないのかとか言われそうだが、年齢とかを考えると電話して面接の許可を取ってと言う手順を考えるだけで佳苗は嫌になる。そんなのは人生で二度で十分だ、大企業だの公務員の汚職だの犯罪だのを見ると思わず眉根が寄ってしまう程度に脳裏で「表に出すとろくな事にならなそうな言語」が秒速で通り過ぎる……そうして、やはり鍵のかかる金属製の箱にささっと詰め込んでガンガンに鍵をかけるのだ。
「私、別に錠前マニアじゃないんだけどな……ルイ16世じゃあるまいし……太陽王が14世で16世がギロチンだっけ? あれ? 息子って王位継げなかった気がするけど……まあ、いいかあ……。
なんか、知識が交じってる気がする……」
ちなみに、「何か知らないけれど浮いた」次の日である。
佳苗は良い天気になったので速攻で布団を干して洗濯をして、布団を取り込んで洗濯物を干して、その間に食事をして……としていたら、うっかり思い出したのだ。
合否決定の最終日。
この場合、合格だと郵便物が届く事になる。しかし、失格だと連絡は来ない……一応、会社側は預かった個人情報を廃棄してくれるとは言っていたけれど信用度は高くない。知らない会社と言うか、仕事として取引をした事がない会社だからだ。東証一部に出る様な歴史ある企業ではあるけれど。
ここで、佳苗の前職の知識が邪魔していると言うのもあるのだろう。前職は金融業で金融業における個人情報保護法では7年間のお客様の個人情報をストックすると習った記憶があるが、現在はどうだか判らない。個人情報の保護法全般でそうなのか、それとも販売業では異なるのか、それすらも知らない。気にならないとは言わないが、すでにあちらさんが雇う気が無いと無言で言って来ているのであれば犯罪に巻き込まれない限り気にするだけ無駄だ……後ろ向きだとは思うけれど、思考の世界でくらい自由の翼を広げたい気持ちの方が強かった。
それが、先程からの沈痛な面持ちの理由だ。
「いってきまあす……」
佳苗の荷物は、少しばかり大きい。
肩掛けのトートバッグには、汗拭きのタオルとウェットティッシュ。携帯に7インチのタブレット、wifiルーター。ついでに充電器と充電電池が入っている……ついでに紙の本が一冊。
日差しはまだまだ強く、御昼時を過ぎたあたりで宛も無くさ迷い歩くと言う風には見えないけれど日傘をさしながらどこまで足を伸ばそうかと思う。
駅三つ分の場所か、駅一つ分の場所か、それとも駅二つか四つ分か……最初の方向を選択するだけで辿り着く場所は全く異なる。ただし、熱い。暑いではなく熱い。しかも湿度が高い。おまけに天気予報に言わせると何年か前から話題のゲリラに注意とか言われて内心「スナイパーに打ち抜いて貰えよ」とか言いたくなる。
けれど、出かける。いっそ近所のコーヒーショップでぐだぐだするとかファーストフードでうだうだするとかすれば良いのにと自分自身でも思う。何なら漫画喫茶やネットカフェでも良いだろう……しかし、そのいずれも「金がかかる」と言う前提の前にすれば佳苗には選択の余地がない。
すでに汗はだらだらと流れており、化粧水とUV乳液とグロスだけ着けて出て来た身の上では化粧などドロドロだろう……これを世の女性の皆様は毎日更に気合を入れてやっているのだから尊敬する。化粧をして5分でドロドロなのも無駄な気がして嫌だし、化粧と汗で皮膚が荒れるのも嫌な為に出来れば化粧はしたくないのが本音だ。ファンデーションを付けなければタオルで汗を拭きとる事は出来るので妥協はするべきだとは思うけれど。
実際には、乳液も化粧水も汗で落ちるしタオルで拭き取れば着くだろう……色覚的に見えないだけで。
「とりあえず……駅四つかなあ?」
行先は決めた。
道程の半分以上を真っ直ぐ行けば辿り着ける目的地は、徒歩で一時間半ほどかかる。急ぐ散歩ではないのだからまだ良いが、これで会社に遅刻寸前だったら嫌な道のりである。
「体力が持たなかったら、途中で休むか……なあ?」
性格から考えれば「あとちょっと、もうちょっと」と言いながら目的地まで歩ききってしまうのも普通の事ではあるが、何しろ日傘があっても日差しはきつい。ついでに言えば気温も高い。湿度も高い。足元は細めの靴……近所ならば下駄で出歩くが、服装はロング丈Tシャツとミニスカートにストッキング素材の靴下だ。正直、環境も服装も「散歩」に向いているとは言いにくい。ついでに荷物の中身もだ。
本当に駄目ならば倒れる前に何とかするだろうと、他人事の様な気持ちで歩き出す。
「……あれ?」
最初、確かに四つ先の駅の方に向かおうと思っていた。実際、足はそちらに向けていた。
「むう? なんでだぁ?」
途中まで向かっていた筈の足は、途中で方向を変えていた。誰よりも自分自身が訳が分からない。
だが「まあいいか」と言いながら気の向くまま足の向くままと言った感じで足を進めた……こういう事が、実を言えばたまにある。ので、気にしなかったのは良かったと言うべきなのか悪かったと言うべきなのか。
「あぁ、でもなあ……こっちは案外不案内なんだよねえ……」
心配事の一つは、よく道を知らないと言う事。駅三つ程度の近場ならばまだ帰れるし、線路沿いならば大丈夫だろうが。いかんせん、この路線は一日一度は停車すると言われても否定出来ない程度によく止まる。この沿線に昔住んでいた知り合いなど「大学で試験がある時は二時間前に家を出る」と言っていたくらいだ。
一番近い駅ではないが、使おうと思えば使えない事もない路線なのだ。時間さえ気にしなければ最短区間で最も安上がりな路線なだけに色々な意味で考え込む。
その隣の駅にならば、縁結びで有名な神社があるけれどご利益が足りている気がしないので。これもこれで、何となく複雑な気分だ。それならば、心情的には別の神社にお参りに行きたいと思う……有名な神社で駄目なのだからひねくれたくもなると言うものではあるが、落ち込むだけで運勢が変わるものでもない。
「……そう言えば、その次の駅まで行くと側に神社あったな」
以前、テレビの街歩き番組で見てあたりを付けた事があったのだが、運よく見つける事が出来た。その時は行かなかったのだが、次回は是非行きたいと思っていた……方向を変えれば、実を言うと恐怖映画でモデルとなった現場の神社があったりもするのだが……恐怖映画は出来ればお付き合いしたくないと言うのが正直な意見だ。
そう、掛け値なしに思う。
何が怖いかと言えば、どうやら本人も微妙だが「そっち系」らしいのだ……確かめたわけではないが、時々他人が見ているものとは異なるものが見えている気がするのだ。確かめてそうだと確認するのも面倒くさいので眼鏡をかけて回避している……昔読んだ漫画の中で「人が見えてはいけないもの」は人工物を通すと見えなくなる的な事を読んだ事があったからだ。もっとも、それでもどうしようも無くなったら手立てが無くなりそうな気がするので数珠とか持ち歩かないと駄目だろうかと言う気もしないでもない。
問題は、一応の実家は仏教徒と言う扱いになっているが佳苗自身は「いや、別に信じる信じない以前の問題だし」と言う基本スタンスなのだが。と言うより、その事で10代の頃に少し考えて菩提寺の住職に聞いた事があると言う事実もある。
「夕方になる前には帰れるかなあ?」
全く道が判らない、と言うわけではないのだ。
そう言う意味では気楽に足を進められるのは確かではある、あるのだが……。
「何でだろう? なんか嫌な予感がする?」
予感と言うものは、当たる事もあるけれど外れる事もあるので。
出来れば、外れて欲しい時と言うものはある。
「いつもの神社に行けば良いのかなあ? それとも、次の駅の神社に行けば良いのかなあ?」
内心、恐怖映画の所縁の神社には行きたくない。心の底から行きたくないと思う。
神社の、樹木が植わっているからなのか少し空気の変わった感じのする所は好きだと思う。けれど、何阿起こるとも限らないとは言え何も起こらないとは限らない場所に好き好んでいきたいとは限らない。力の限り行きたくない。
何が面白くて恐怖心を呼び起こす場所など行きたいかなど……そんなのは世間を舐めたバのつくカップルが遊び半分で出向いて人知れず世界の何物をも信じられない状態になっても良いと思う。羨ましいのではなく、巻き込まれたくない。かなり切実に。
「どうすっかなあ、迷うなあ……」
考えて、バッグからイヤホンを出して携帯につなげる。
以前に購入した最初のスマートフォンは型落ち品だった事もあるのか、それとも単に相性が良くなかったのか電池とか容量とかが色々駄目で。2年の縛りを超えた後で修理に出そうとすると携帯キャリアから断られるくらい嫌がられた。うっかり「分割払いが終わったから修理したくないって事ですかね?」と聞いてみたら否定されなかったので肯定されたと思うと腹も立つが、新しくお迎えした時には型落ち品が店頭で見つからずに最新機種を購入する羽目になったと言う事実がある。もっとも、性能的にはとても満足してしまったので内心では複雑だ。
それでも、内臓している容量の多さはとても満足できる。外部にも色々と多方面に渡って仕込むのは楽しいけれど、一つの機械で収まると言うのも楽しいわけで。
「……あれ、何だか今ちょっぴり寂しくなった気がする?」
電子機器や本だのビデオだのにかまけているから、未だに子供どころか結婚もしていないのだと身内が噂しているかの様な寂しさが過りつつ、一瞬だけ背筋が寒くなったのは汗をかいた揮発のせいだろうかと佳苗は思う。
幸い、近場にコンビニがあったので迷わず駆け込みペットボトル飲料を購入した。
もしかしたら、熱中症なんじゃなかと言う気が為である。
「電子マネーでお願いします」
購入したのは、溶けないチョコと水。それとコーラにバニラアイスである。
コーラとバニラアイスは、佳苗の夏場における「異常食」として必ず冷蔵庫に一つは常備されている。どれだけ夏バテで食欲が失せても、少なくともコーラとバニラアイスは口に入れる事は出来る。最悪、口を動かさなくても流し込む事は出来る……間違いなく、そんな生活を続けていたら健康には悪いだろうけれど。
「ああ……やっぱり夏はアイスだねえ……」
口の中を、ひんやりとしたアイスが滑り落ちる。
最近はコンビニエンスストアの中でも簡易的なイーとインスペースがあって、気の利いた所だと充電の為の電源も用意されている店も亀の歩みで増えて来た。涼しい空間の中で食べるバニラアイスは一気に体温を下げてくれる優れものだ。何しろ、乳製品と卵と砂糖で出来ているのだから栄養価が高い。コーラとて、開発時は栄養剤として世に現れたのだから繊維質とか、ビタミンとか、そんな事を考えなければ一日くらいならば悪いとは言わない。他の人は言うかも知れないけれど。
「……もう、帰っちゃおうかなあ?」
そのセリフに賛同する者は。
無かった。
続きます




