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長いかどうかは別ですが、お付き合いいただきましてありがとうございました。
佳苗自身は周囲で本当に色々な事が起きていましたが、本人は知らされません。
全ては夢も届かない世界で起きました。
この辺りの詳細については、また続きを書く気になったら書きたいと思います。
一部補足を後書きに追加します。
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外の喧騒はここには遠く聞こえた。
広さ的には「ちょっと良い飲み屋」にしか見えない、とてつもなく豪勢な内装でもないし置かれたテーブルの上のつまみや酒も「ちょっと手の込んだ」ものにしか見えない。
コンビニエンスストアで買う事は出来ないだろうが、専門店で注文すれば手に入らないわけではない程度の酒と料理。
並べられているそこでは、一人の長身の男性が座って手酌で呑んでいる。
「もう帰るんですか、赤松サン?」
「……本来、私はここにいる予定では無かったからね。それと、君も」
「私は本来の予定通りですよ? それを横やりを入れて来たのは赤松サンの所のちびちゃんです、子飼いの愛玩動物はもう少しきちんと躾けて欲しいものですね……ペットの散歩までは私の契約条項には入っていません」
片方は、黒フレームの眼鏡だ。
片方は、細いニコ目の裸眼だ。
知らない人は、恐らくほんわかした空気を出すにこやかな人当たりの良い人に見える事だろう。
実際には、そんなものでは済まないのだが。
「何なら、契約書に追加しても良いんだけど?」
「彼女を連れて海外に逃亡しても良いんですけどねえ?」
「……明石君、星也の事は悪かったよ」
「本当に困ったものですよねえ……君もそう思わないかい?」
明石、と呼ばれた長身の青年はちらりと視線を向けた。
そこには、明石には黒い塊にしか見えない物体がもごもごと佳苗の頭の周辺でせわしなく蠢いている……様に見える。明石には、ソレが動物的な形には見えないのだ。
『……うるさいなぁ、起きちゃうから余計な事おしゃべりしないでくれないぃ?
あれらが守っていたから何とかなったけど、せっかく助言したのに台無しにした癖にさぁ……』
「おやおや、嫌われてしまったね」
「私だけだと思うなら、まだまだ甘いですよ?」
すやすやと眠っている……少なくとも、眠っている様にしか見えない佳苗は眼鏡を外している。
お気に入り、と言うわけではない。単に価格が安かった中で使ってみたかったフレームを選んだだけであって、予算があれば別の眼鏡も考えた事だろう……今ならば、物凄く軽いフレームだとか、ちょっと手の込んだ一見しては判りにくいお洒落なデザインのフレームもある。
だが、無職の今で眼鏡を買い替えるとなればフレームのデザイン性より機能性を重視する事になるだろう。そうなると、デザイン性よりもはるかに高価格になってしまって半泣きになるだろうが。
けれど、今は夢の中。
「布団でも入れてあげれば良かったかな?」
「起きたら可哀想だから止めましょうね……その前にブチノメシマスよ?」
「……明石君、本気だね」
「可愛い後輩を毒牙にかけさせるなど、私の数少ない良心が許しません」
「……明石君、君。良心なんてあったんだね」
「ヤりますよ?」
「おお、怖い怖い……。
明石君、君はどう思う?」
この二人、どう言う関係かと言えば上司と部下と言う間柄と言って良いだろう。
政府の管轄する組織の中で、表立って活動出来ない部署の。それなりに偉い地位にある人物が赤松。
明石は、どちらかと言えば直轄の部下と言うより派遣とか外部とか言う扱いに近い。自由業に近く常に控えているわけではなく必要な時に呼ばれると言う感じだ。
「まず、赤松サンの所の坊やがコレを捕獲しようなんて思いこんだのがバツでしょう? 何を勘違いで思いこんで図に乗ってるんです? どんな教育したらそんな事になるんです?」
「……うん、それは本当に申し訳ない。
ただ、彼は下手すると倍の年齢って言う可能性もあるんだけど……」
「成長率と実年齢と精神年齢は肉体年齢と比例するとも限りません、肉体年齢が全てを決めると言うのならば日本の政治はもう少し何とかなってくれないと困ります」
一刀両断と言った感じで、ばっさりと断ち切った明石の言葉に赤松は「本当に怒ってるんだな……」と内心で面倒になった事を複雑な思いでいた。
ペットと明石が言っているのは、星也と言う青年だ。
青年……そう、佳苗にとっては「ふしぎなおどりを踊って精神値をざっくりと削除してくれる謎の誘拐魔」と目出度く認定された「青年」である。彼は照寺星也と言って、父はサラリーマンだが本家の実家は寺の住職で赤松の部下として日々を過ごしている。
佳苗と初めて会う……と言うより、佳苗を石段で突撃をかまして落ちる羽目になったのは仕事の一環だった。
「……明石君は、『創世記』を知ってるよね?」
手酌で御猪口に日本酒を注いで呑んでいる明石は、畳の上で上着を腹にかけてバッグを枕に眠っている佳苗が目覚める気配がない事を確かめた上で。気軽に面倒な単語を口にした赤松を睨み付ける。
これは、そう簡単に「今の佳苗」に聞かせて良い話ではない。
判っているのに口にしたと言う事は、眠っている事が理解の上での事なのか。それとも「こちら側」に巻き込む気満々だからなのかは不明だが……もしくは、その両方と言う可能性も捨てきれない。
「ええ、当然でしょう?
創世記第一章の天地創造で、キリスト教ではこう言い伝えらえた。
1日目。暗闇がある中、神は光を作り、昼と夜が出来た。
2日目。神は空(天)をつくった。
3日目。神は大地を作り、海が生まれ、地に植物をはえさせた。
4日目。神は太陽と月と星をつくった。
5日目。神は魚と鳥をつくった。
6日目。神は獣と家畜をつくり、神に似せた人をつくった。
7日目。神は休んだ。
日本では知る人ぞ知るジャンルですよね……日本では陰陽歴が使われていたから六曜だったけれど。太陽暦を取り込んで一年は365日になった」
しかし、と明石は内心で思う。
そんな一部の人にしか知られていない知識でも、下手すると映画や本の影響とは言っても佳苗ならば知っていたとしても驚く事は少ないだろうと言う気はする。
本職はまっとうなビジネスマンだが、赤松の仕事でも天地創造なんて知らない者も少なくはない。専門家じゃないのだろうかと首を捻った事もあるが、系統が違うと言われればそれまでだ。
天地創造については大抵の人達が「いつ起きたか」とか言う事については言及しないと言うあたり、流石に「神が世界を作った」と言うのは乱暴すぎる理論だと思っているのだろうと言う気もしないでもない……思い込みが激しい人達は別だが、第三者に物理的証拠を提示出来ない以上は人心をつかむのは難しいのだから同情はしない。
「それは『こちら側』の事だよね?
私が言っているのは『あちら側」の事だよ?」
赤松の微笑みを食えないな……と思いつつ、勝手に座って酒に伸ばされた手を弾き飛ばす。
割と本気だったし、弾き飛ばした手が赤くなっているのだから痛みはそれなりにある筈だが、見ただけでは余裕の笑顔で腹が立つが笑顔一つで隠し「立っているのが疲れましたか?」と返す。
「いいじゃないか……酒も食べ物も時間がたつと美味しくなくなるよ? 彼女はまだまだ目覚める気配がないんだし?」
でも、と明石は知っている事に口を噤む。
佳苗の持つ「知識」は、赤松が思うよりも……もっと、本人の意識とは「別の所」にある様な気がする。
まだ、これは予感に過ぎないが。
「寄る年波には勝てませんか?」
「……話題を逸らそうとしても無駄だよ?」
ちっと舌打ちをするが、言っている言葉は完全に他意はなかった。
話題を逸らしたいと言う気がしないでもないが、それは無意識の領域であってわざとではないから厳密には正しくないのだ。
それでも、言われると腹が立つ程度には当たっているのだと思いだされる。
故に、舌打ちだ。
赤松は、言い当てられた事への不満だと思っただろうが。
「1日目。混沌より、神は光を取り出し固めた。その為、光が遮られて生まれたものが影が闇となった。
2日目。神は幾つもの空間を固定した。それに伴い、銀河系と言う概念が生まれた。
3日目。神は光を中心に空間から水を取り出し闇と混ぜて周回する様に配置した。幾つもの種類の星が生まれた。
4日目。神は全ての星に風を、水を送った。風が留まり水が水となった星は僅かだった。
5日目。神は光より魂を闇より器を核とし星々に撒いた。星によっては塵となり凍り付き留まる事も無かった。
6日目。神は核を命名付け用いて虫を拵えた。それらは世界を作り変えて草木となった。
7日目。神は一つの虫より魚を作り命の循環を命じた。
8日目。神は別の虫から鳥と獣を作り、虫も含めて共に生き抜く事を命じた。
9日目。神は自らを分かち祝福し休まれた。
神は人を作る事は無かったが、人は生まれた。
神に祝福された世界で人は、何も持たなかったが故に「力」を得た。
神が直接作らなかった故に人は、神に感謝を捧げながらも神に不信を感じた。
神の愛を知らぬ人は数を増やしたが、神への想いを忘れなかった。
神を求める者があれば、神を憎む者があった。
神への想いを武器に戦うものがあれば、逆に求めぬ者もあった。
神で自らの欲望を肥大させる者があれば、嘆く者があった。
そうして神が知った時、世界は終わりを迎えた。
九天の扉の創世記……」
赤松は、満足そうにうなずいた。
ついでに、小鉢の突き出しで出されたイカの塩辛と酒で「くぅぅぅぅぅっ!」と言うのだから顔の割に親父臭いと感想を明石は抱く。更に言えば、佳苗は漬物の類が苦手だからちょうど良いかと考えを改めた。
発酵食品は平気な筈だが、どうにも野菜の漬物は子供の頃の影響で体が受け付けないのだそうだ。一時期は浅漬けでも駄目だったし、今でも駄目だったが紅ショウガは何とか食べられるようになったと自慢げに言っていた事がある……外見と同じく中身も若いのだろうと言のは善意的解釈だ。
「そう、我らの『世界』は神が作ったとされる「七つの美徳」と相対して「七つの大罪」がある。
まさしくダンテだな」
「……ダンテは13世紀の詩人であって、神が現れたとされるはここ数十年の事だとばかり思っていましたが?」
「甘いな、ダンテが生まれたのは12世紀だと言われているよ?」
だから何だと明石は思ったが、そんな事はどうでも良い。
赤松は、酒がまわったのか気分が高揚してきた様だ……確か、この後は車で帰るから酒は控えるとか最初は言っていた気がするが。飲酒運転で捕まるのも交通事故で痛い目にあうのもこの男なので気にする必要はないと、意識を切り替える。
「しかし、そう……ここ数十年で『突然』この『世界』は変わった。
この『世界』に別の世界から『概念』が持ち込まれた。
信じられるかい? この世界で別の世界の神が力を与えたのは当時13歳程度の女の子だと言われているんだよ……彼女が神を、正確には『神としての概念』を受け取った瞬間からこの『物理法則の世界』は書き換えられて『魔力』と言うものが『物理的に作用する世界』と書き換えられた……」
「まあ、知っている人にとっては有名な話ですよね。
でも13歳ですか……」
「もう数十年も前の事ではあるけど、出雲佳苗さんではないよ。
名前も姿も判明はしていないが、当時の事から想定してみると「学園都市」あたりの住人が怪しいとされている。生まれも育ちもこの地方から出た事がない以上、その可能性はないと見て良いだろう」
赤松の言葉を信じきる事は出来ないが、それでも明石は内心でほっとした。
もし、赤松達「政府」の関係者が探しているとされている「異世界の概念を受け取った存在」が見つかった場合、どんな目に合されるのか明石は知らない。知らないけれど、上げ膳据え膳と言うわけにはいかないだろう、何しろ相手は「存在してるだけでどんな影響が起きるのか不明な存在」だ。言いくるめて実験動物にされない可能性の方がゼロに近い。
だとしても、今や世界中で起きている「超常現象」に対抗する為には大元である力の源だと言われている「呼称:神」……もしくは「魔神」と呼ばれている存在を入手したいと思っている国はそこいら中に存在する。
生き神として崇めるにしろ、実験動物として都合よく扱うにしろ、「人」としての尊厳はズタズタにされる事は間違いない。
「さて……お姫様が、女王様かな?
お目覚めになる前に退散しよう……いと気高き天上の御方はいかがされますか?」
『……ふん、まぁ良いさ。
その代り……』
「委細承知しております、うちの照寺星也にはいずれ対価を支払わせましょう」
『とぅぜんだね……オマエも、預けるからには完璧を命ずるよぉ』
「ああ、はい……しかし……」
「『しかしは無し(だよぉ)』」
「……了解しました」
思ったよりも早く姿を消した上司を前に、吐息を出す。
上司と呑んだ所で美味い酒も味がしないのは、今も昔も国が違っても変わらない。
そう言う意味からすれば、赤松もあの不定形生物も「上司」と言うカテゴリーで構わないだろう。
「……んぅ」
「あ、起きた? 出雲ちゃん」
明石にはよく判らなかったが、佳苗が目覚めるタイミングを見計らっていたと言う事なのだろう。
後を任せられるのは別に構わないが、はてどうしたものか……上手く先輩フィルターのお蔭で騙されてくれるのを祈るべきか、そこで完全に信用しちゃ危険だと思うべきか明石は少し悩んだ。
どうせ、帰ったら「もう一人の上司」にも呑み会の件も含めて微細に入り報告をしなければならないのだ。どうせなら、ある事ある事を報告して赤松をちくちくと困らせて貰う事でトントンにしよう。
「……あれ、明石せんぱぁい?」
目をぐしぐしする佳苗を見て、普通なら「化粧が落ちるよ」と言うとセクハラと言われるのだろうが。
テーブルの上のおしぼりで無造作に顔を拭く様子を見て「すっぴんで良かったね」と言うべきかどうか悩んだ。
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珍しく二日酔いで寝込んだ翌日、佳苗は派遣会社からの「お断りメール」を見てため息をつく。
実に、サブの派遣会社に登録して四か月に入り502通目の「社内選考」で落選のお知らせだった。
佳苗の新たな同居相手は、皆さまご存じの事と思いますが「生物」ではありません。
最初に階段から突き飛ばした出会いをかましたけど恋愛にさせない相手、照寺星也は佳苗の相棒を手に入れる為に事故って逃げられました。佳苗がアイスクリームを食べている時に未熟さ加減を突っ込まれていたと言う会話が実はありますが、佳苗は興味ないし自分に言われた言葉ではないのでノー眼中でした。
幾つかちょろ出しをしてきましたが、佳苗を含めて世界には「魔女」やそれに近しい洗剤…もとい、潜在因子がいます。明石先輩は別件も含めて渡米した際に色々と情報を入手して戻ってきたら後輩が監視対象にされているのを知って自ら監視役に立候補しました。が、監視対象を見守るのが基本なのに飲み友達になってるとか事故で接触した星也(母親が少年誌愛読者)に激おにおこぷんぷんな明石が上司から鬼おこされて余計にぷんぷんです。ただし、能力値が低いので赤松は恐怖心でぶるぶる内心震えているのですが感じなくて「何あの黒いまっくろくろすけ?」程度の認識しかありません。
今後も、明石先輩は星也くんへの警戒心を忘れません。
まっくろの正体は町に封印されていた霊的な何かで、かつて祀られていた神の残骸と言っても良いでしょう。大体の人には見えないので、通りすがりの人から「あれ?」って思う程度の生気な様なものを掠め取って生きてきましたが佳苗の所に転がり込んでご機嫌です。場合によっては明石に力を貸してやっても良いと思っていますが、星也の「運命」について少しお冠の様です。
星也は本人の知らない所で速攻「消失」コースでしたが佳苗と接触した事で運命が少し変わりました。でもどう言う風に変わったのかよく判らずに戸惑っているのと色々あったので上から目線です……おかげで佳苗の評判が悪くて別の意味で危機です(笑)
君達、どいつもこいつもマイペース過ぎて会話が全く足りてねえ……。




