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佳苗の見てくれは体型からして肥満体です。とりあえず童顔なので化粧をしないと若い子を相手にしている様な錯覚をするけれど、実年齢が高いので会話をしている相手が途中で違和感を覚える程度に「ずれ」を感じるせいかナンパされる率は低いです。
若いのに落ち着いてる、と言うのが評判ですが写真では認識されません。ついでに顔が化粧映えするけれど眼鏡装備な事もあって化粧は苦手です。
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出雲佳苗の怒りの範囲は、とても狭い。
なので、見た事がある人は多くないが代わりに、一度怒ると頑固で手を付けられなくなる。
大抵の場合、その対象者は「二度と会わない」事が多いので佳苗自身に不都合はないと言って良いだろう……それを第三者目線で見たら「寂しい人生」だと言う人もいるかも知れない。
けれど、佳苗にとっては学生の頃の同級生と同じ程度の価値観にしかならない「オトモダチ」に格下げとなる。
事実を知っているのは佳苗の実母だけだし、他の誰かが聞いたら別の意味で心配されそうな気がするので誰にも言った事がないだけで、内心では「アイツ等全員身内含めてまとめて油ぶちまけて生きたまま火をつけて踊り狂うどっかの童話の原典みたいになっても『臭いなあ』程度で終わる自信がある」と言ったら、流石に何も言わなかったが内心でどう思っていたのか佳苗は知る必要はないだろうと思っている。
言うだけなら犯罪ではない、それはとても便利な言葉だ。
「ここからだとお……こっちからこっちのルートがベターだよなあ……」
地上線のルートのうち、常に止まりやすい路線を脳内ではじく。
地下鉄のルートでは、現在位置からだと乗り換えも少なく止まりにくいと言う意味では良いだろう。
ただ、調べてみた所では「影響」が出来始めているのか全く関係ない地域で路線が二本ほど遅延している線路がある。だからと言って、バスのルートにすれば遅延するのは当然と言うものでどうなるか判ったものではないと言う懸念がある……それでは、水上バスならいかがだろうか? と言うのは馬鹿馬鹿しいもので、まずは水上バスの発着所に辿り着くまで乗り継がなければならない上に、すでに時間としては終バスが終わっているだろう……二つ三つのルートを検索してから、脳内にはおよそ10倍程度の情報を検索している。
こう言う言い方は何だが、検索と言う手段は参考程度にとどめて自己責任にしておかないと色々な意味で恨み辛みが重なって行き佳苗的には異常なまでに体に良くないと思っている。なので、ルートは必ず最低でも二つは認識して置いて選択肢を増やす事と自分自身で選択するのだから自己責任と認識する事を心掛けていた。
「おっと、めるめるして置かないとねっと……帰れって言うのと、場所移動を勧めるのはどっちがマシかなあ?」
言いながら、頭の中での移動ルートを考える。
考えて、いっそ自転車かバイクでも買った方が良いんだろうなと言う「嫌な予感」を感じた。とは言っても、出来ればそして可能ならば「嫌な予感」は予感で終わってくれた方が良いのは事実だけれど、後から発生する料金を考えると始まってもいない事実にげんなりする。それは外の気温がねっとりとした高い湿度と下がり切らない夏の気温のせいだと思えるものならば思いたい。
「……早くね?」
メールで送った内容は『まだまだかかるなら、今日は帰ろうかと思うんだけど。何なら、新しい場所でお店を新規開拓するよ!』と言うものだった。佳苗は移動範囲が基本的に狭いので滅多にない珍しい申し出ではあるが、全く無いかと言えばないわけでもないので、まあ疑われる事はないだろうと……そこまで考えて、別に後ろめたい事は何一つないんだけどなあ? と言う考えにまで至ってみる。
ちなみに、速攻で返って来たメールの中身は『頑張って終わらせるから見捨てないで!』と言うものだった。
単なる文字の羅列に過ぎない筈だし、それ以外に何も見えないのは確かだが……何故だろう、佳苗にはものすごく「切羽詰った」感情が見えたら脳と目のどっちの医者に行けば良いのだろうかと少し悩んだ。
その後も「……本当に残業してるのかな?」と佳苗が気になる程度には連続して意訳すると『帰るな』と言うメールが届いた……数秒ごとに届くと言う腹の立つ小さな嫌がらせにも近かったが、メールの一通ずつに関しては一言ずつではあったので物凄く妥協してみる事にする。
「まあ……頑張ってるって事、だ……よねえ?」
しかしながら、佳苗にも時間らしい時間と言うものは残されていない。
もし、このまま留まれば自宅で待っているかも知れない、愛くるしいもふっとした黒々と毛艶が良くなった気がする四足歩行の相棒が忠告していたように「逃げた方が良い事」に巻き込まれてしまうだろう。このまま待ちぼうけを食らっていたら。
ただし。
「しかしなあ……私はともかく奴は巻き込まれないらしいからなあ……どうするかなあ?」
逃げ遅れた場合、どう考えても佳苗には説明が難しい環境に置かれる気がする。
会って途中から逃げるか、それとも最初から強行突破するか……。
しかし、10秒もたたない間に連続して送られて来るメール。
「仕事しろ……?」
顔は微笑んでいる気がするが、声が低くなるのは止められなかった様だ。
A氏……明石と佳苗が知り合ったのは、今より20年以上前の話だ。当時の佳苗は専門学校生で、明石は当時の先輩だったわけである。当時から身長の高かった明石は190を超えていると言う話を聞いて155センチで身長が止まった佳苗は一時期禁酒を誓ったくらいである……まだ飲めない時代だったが。
それから、学校関係を含めて2年程の付き合いがあったが佳苗が卒業して半年ほどたった後で海外留学に文字通り飛んでしまい、それから15年以上音沙汰が無かった。
同じ会社に入社したものの、佳苗は三ヶ月でリストラにあったし別の部署だった。次の会社でアルバイトをして潜り込んだものの、前日になって「渡米するから見送り来てくれると嬉しいな」と言われて、今より更に真面目だった佳苗は会社をサボタージュ出来ずに見送りが出来なかった事は今でも若干の罪悪感を抱えている。勝手に、そして無駄に。
なお、その日に佳苗の働いていたビルで飛び降り自殺事件があったり。同僚が休暇を取って「朝から血を吐いた……と思ったらイチゴジャムだった」と告げられたりするスリリングな日だったりした。事件が起きすぎである。
明石が日本に帰って来た直後で、実家に連絡があったのを聞いて大変驚いたのを佳苗は覚えている……当時は携帯電話など一般化されていなかったので実家の番号が残っていただけでも十分異常事態と言えるだろう。
それから、携帯の番号を教えてから懐かしさで呑み会に走り、朝まで二人して呑み耽っていたのは遠い昔の話ではない。
ちなみに、明石には婚約者の可愛い彼女がいるらしいのでお互いで恋愛感情は持ち合わせていない……留学していた関係からなのか、妙に明石は40を過ぎた中年の佳苗に対して彼女を巻き込んで二人して妹の様に可愛がってくれるのは嬉しい事は嬉しいが心中複雑だ。加えて、彼女さんはアレルギー持ちなので呑み会に参加出来ないから酔い潰れる程度なら許すから宜しくと全面的な信頼を寄せられるのも心苦しいと言うか何と言うかだ。
まあ、その彼女さんとやらは空気中の揮発アルコールでも酔える経済的体質だそうなので、まだ会った事はないのだが……。
普通、幾ら自分がアレルギー持ちで晩酌に付き合えないとは言っても朝まで異性との呑み会をお勧めする彼女と言うのは、果たしてどれほどに存在するものなのだろう?
「……もしもし?」
心情的には、あまり取りたくない電話だった。嫌いな相手ではない。
佳苗の携帯は、番号を非表示にする電話を受け付けない設定にしてある。ただし、基本的に佳苗の携帯から電話をかける時には番号表非示だ。
これは、まだ世間で言う「振り込め詐欺」と言うものが世に出る前に。実家に居た頃にあった「推定詐欺電話(確定)」の時の後遺症だと聞かれれば佳苗は言うだろう。実際、両親も暫くは同じような後遺症を受けた事がある。
それは、佳苗が20代の頃だった。
ある週末に知らない男性が「佳苗を出せ」と言って来たのだが、佳苗自身は「あ、これアカン奴や」と頭の中で関西人ぽい判断を下し「いません」と言ったら電話が切れた。
当時もそうだが、佳苗自身は基本的に突発的な事象に弱い。来ると言う事が判明しているのが前提であれば……それが「これからお化け屋敷に入る」とか言うのであればともかく、いきなり視界に黒い悪魔が現れたりすると見かけはともかく喉から漏れる声はまさしくジャパニーズホラーのか細いが周波数の高い声が出て来るくらいである。以前、突然知り合いが抱き着いてきた時等に若干元気な悲鳴を上げたら「どっから声出してんの!」と言われる程度に高い声だった……。
ともかく、佳苗は基本的に人が怖い。男性は嫌悪感に近い。ついでに言えば、記憶に全く心当たりがない声などと言えばろくな話ではないだろうと即断してなるべく週末は家にいない様にしていた所。ある日、父親に「お前がテレクラで客取って持ち逃げしたから手数料の9,800円振り込めって電話来てたぞ」と言われて呆れた。
そもそも、佳苗の持論では「風営法に興味はないし、その手の仕事はある程度の顔と手練手管が無ければ商売にならないだろう」と言うものだったし。加えて、仕事で毎日往復するだけで寄り道してもほとんど毎日が同じ時間に帰宅していたくらいだからテレクラなどしている余裕はなかっただろう。そのまま刑事に告げたら顔が呆れ返っていた気がしたが……真実は定かではない。
それにしても、と当時の佳苗は「9,800円が手数料なら全部で幾らなんだろう?」と思ったものである。
最終的に、面倒だからと父親に丸投げしていた佳苗ではあったが切れた父親が「払ってやるから振込先を言え!」と警察に相談した事を含めて怒鳴りつけた所「馬鹿野郎! それは俺んちの電話番号じゃねえか!」と言ったセリフを最後に2度と電話はかかって来なかった。
それまで、佳苗の実家が黒電話だったが翌月からファックス付の電話機に変わった理由はそれに違いないと密かに思っている……確かめたわけではないので、真相は不明だが。
「どちら様でしょうか……あ、はい。いつもお世話になっております。
今、大丈夫ですが外ですので聞こえ難い様でしたら移動しますが……はい、はい」
電話の相手は、佳苗が登録している派遣会社のうちの一つだった。
時期が悪いのかどうなのかは知らないが、事務だと特殊案件……経理やら法務事務などの特別な資格やら知識を要する案件ばかりで一般的なものは数が少ないと聞いていたので、正直に言えば溜息をついたあげく手にしたバッグを投げ飛ばしたいと思った。聞いた時は。
けれど、それは佳苗一人が暴れた所でどうにもならない。会社の言っている事を鵜呑みにすると言うわけではない……未経験者歓迎と言う謳い文句で掲載されていても、結局は「他に経験者の方がいたので」と言って断られた話は2桁にも及ぶ。逆に、2桁で済んでいると言うべきだろうかと思うと込み上げて来るものがある。
昨日からの1日で。断られたエントリーは150を超えたので、数えるのが嫌になった。
「ええ、大丈夫です……ええと、そこですと通勤ルートって判りますか? いえ、直ぐに判らないのであれば良いのですが……はい、恐れ入ります」
バッグからタブレットを取り出してメモを取るが、正直に言えば聞こえているのは話半分と言う所だ。
80を超えた所で、派遣会社に期待するだけ無駄だと思ってしまう。
40を過ぎている年齢の事や、経験値の割に資格がない事。他に就業していたのが同じ派遣会社だったので会社名を出さなくて済むのは法律が「就業先については黙秘」と言う決まりを各派遣会社が取り決めているからだが、逆を言えば経験値も少ないとみなされている事になる。つまり、佳苗を優先させるだけの理由が社内ではないと言う事で、当然そうなれば社外にも出せないと言う事になる。
だが、佳苗にしてみても言い分はあるのだ。今の所は聞かれないので言わないが「貴方は自社の仕事に携わった業務内容を外でぺらぺら口にするスタッフを雇いたいと思いますか? 法律で禁止されている以上、他社の事は口に出来ませんが、その為に被る全ての責任を御社でお取りいただけるのでしょうか?」と答える準備はすでにいつでも出来ている。どこかの消費者金融のテレビコマーシャルではないが。
「ええ、はい……では、お話を進めて下さい。
携帯電話がつながる間に決まると良いんですけどね」
電話の向こう側では、とても恐縮した声が聞こえて来た。
けれど、佳苗が最も腹立てているのは。
そんな風に電話口では肩身が狭いと思っている彼等彼女等は、明日には電話の向こう側の相手の事など「生きていようが死んでいようが関係ないと思う」だろう事が予測出来る事が最も腹立たしいのだ。
理由は、予測が付くけれど。
続きます。




