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今回から新キャラが登場します。ただし佳苗との恋愛要素はありません、あっても兄的な感情ですが実際に佳苗には実の兄がいるので本とかアイドルに向ける程度の感覚ですね、なので佳苗は読書が好きでも兄弟姉妹間の(18禁自主規制)は鼻で笑います。裏豆知識です。
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出雲佳苗は、常に自宅にいるわけではない。
その日、出かけたのは偶然だった。と言うより、偶然以外で佳苗が自宅から出ると言うのは基本的に用事がある時に限られる……寂しい人生と言う無かれ。本人がそこに寂しさや嘆きがないのであれば、それは大した問題にはならないものなのである。恐らく。
しかし……いかに佳苗とは言え、感情がないわけではない。
そうして、佳苗が直面した問題の相手にも感情は存在する。
『ごめん、残業。出る時に連絡する』
これが下手な相手ならば「嫌味かこの野郎!」と、うっかり手にした携帯端末を叩きつけたい衝動に駆られたかも知れないがやらなかっただろうが、これが嫌味でも何でもないだろう事は想像がついた。
かれこれ、20年以上前に知り合って10年以上の付き合いになる数少ない「知り合い」が家庭の事情で残業を可能な限り拒絶していた所。この度、その枷が無くなったお蔭で「いずれ会社に泊まり込む羽目になるかも知れない」と半ば本気で愚痴っていたのを聞いたのは割と最近の話ではないからだ。
その人物……仮にA氏として置くが、彼は性別は異なるが過去の同じ職場で知り合った気の合う人物だ。専属のシステムエンジニアをしており工学関係では一部の筋で有名らしい……どんな筋かは「君が関わると死んじゃうから駄目!」と頑なに言われて少し米神に筋が走った覚えはある。
朝まで呑み明かすと言う真似は何度かしたが、二人でカラオケ10時間耐久レースなどを若かりし頃にはやったものである。若かった。返す返すも若かった。
「……ここで溜息つくと、下手なナンパとか勧誘とかが寄って来るのかしら?」
5秒ほど悪態をつき……この場合、彼自身ではなく彼の置かれた環境にだが。彼の実名以外は一切知らない様にしているのが長く付き合うコツだと思っているので彼がどんな会社でどんな立場にいるのかは知らない。
一度、昔の知り合い連中で引越し先だと言うアパートに押しかけた事があるものの。うっかり居眠りをしてその時に来ていた5人程の男性達にダメ出しの説教を食らったことがあった……流石に、今ならばダメ出しの理由も判らなくはないのだが、当時は「こんだけ人がいるとは言っても私を襲うようなもの好きはいない筈なんだがなあ?」と不可解な気持ちは最後まで拭えなかった……そう言う問題ではない。
「さって、お茶でも飲むか……」
突然空いてしまった時間を思うと、ぎりぎり一度帰ると言う手もないわけでは無さそうだが。それで出かけるのが億劫になってしまっても困る。気紛れな真っ黒い相棒がもふもふして来たら、めろめろになって家から出る気を失わされるかも知れない……なんて恐ろしくも危険な事だろう。
「ジンジャーのL下さい」
普段、佳苗は気にしないがA氏がよく行きたがるファーストフードがある。特にこれと言ったこだわりはないけれど、少なくとも携帯電話やwifiと言った電波が入る店が好ましいと佳苗は思う。
いざと言う時は、滅多に来ないからこそいざと言う時なのだ。
流石に、非常用品を常に持ち歩くと言う事はしないけれど出来れば出かけるならば自宅か実家まで歩いて帰れる範囲が好ましいと思っているし。ペットボトルの一本も常に持ち歩きたい。可能ならば、携帯食料の一つもあると良いし、出来れば銀紙の様なシートがあると理想的だろう。バッグの中に持ち入れて歩くのならば。
しかし、今は季節的にもぐるぐる巻きにしなければならないわけでもないし。ついでに言えば飲み物は都会に居ればコンビニや自動販売機が割とそこいら中にある。これが地方になると土地勘の関係で心もとなくなるが、今の佳苗にはそんな所に行く予定はない。
「……うん?」
2階席の利点は、繋がる環境にあれば電波状況が良い所だと佳苗は思う。
不利点は、割と喫煙席が1階や2階にあると巻き込まれやすい所だ。幸い、このファーストフードは3階建てで2階は完全禁煙なので煙草が駄目なA氏にも丸適マークを貰える優良店ではある。
「……もしもし?」
普通、店内で電話をするのはマナー違反だ。他にしゃべっている人の会話や読み物をしている人の邪魔になるし、そんな状態で誰かが電話をしていたら佳苗だって腹も立つかも知れない……気が付けば。
携帯の機能に「非通知着信拒否」と言うものがある。最近の品物ならば概ねついているだろう……特に、仕事とかで必要でない限りは事件に巻き込まれると言う話が世の中にはゼロではないのだから当然の処置と言えるかも知れない。
『逃げた方が良いと思うんだぁ』
「……お前さん、一体いつ電話使えるようになったの?」
一応、佳苗の家にも電話はある。
ただし、それはIP電話と呼ばれるものの上にFAX機能が付いているので震災や停電が起きたら一切使えなくなると言うアウトなものだ。これが黒電話で電話会社の本線であるならば、仮に停電になったとしても電話回線がご臨終される事はないのだが。今時の通信回線事情では望みすぎだろう。
世の中の変わり方は激しいが、変わるにももう少し何とかならないだろうかと佳苗が思う程度には変わっていた。
『そぉゆう問題じゃぁ、無いと思うんだぁ?』
「ええと……じゃあ、よく電話番号叩けたね? あんなに肉球なのに?」
佳苗は脳裏に、黒くて四足歩行でもふもふな愛おしい相棒を脳裏に浮かべてみる。
脇の下で持って抱えると、案外びにょおんと言う音でもするかの様な伸び方をして驚いたのは遠い昔の話ではない。あれは驚いた。
『それもぉ、違うんじゃないかなぁ?』
「て言うかさ……どこに?」
『うん?』
「私、今いるのって電車で4つくらい離れた所なんだけどさ……うちの側にも実家の方にもいないんだけどね?
んでもって、どこに逃げれば良いの?」
特に、目の前に溶け始めている氷に紛れて行こうとしている薄い炭酸飲料を前に逃げるなど……勿体無いではないかと言う気が心の底からする。
ちなみに、氷さえなければ割と常温で炭酸飲料を飲めるのは自慢にならないと言うのは言うまでもない。
『んと……そうだなあ、海とか?』
「御無体な……て言うか、待ち合わせしてるんだけど……」
確かに、気が変わったから場所とか店を変えようと言った事がないわけではないが。それも常識の範囲で両者合意の上である事が望ましいだろうと佳苗は思う。別に、記憶を無くすまで酔うつもりは毛頭ないわけで。
『でもぉ、それは無駄になるんじゃないかぁなぁ?』
「なにゆえにぃ?」
『それはねぇ……』
dてゃjセ、irjg絵緒gjergjwペイfsoiefwemrw,3^3jri j@w!!
「……うぇい?」
佳苗は、驚いた。
空気を震わせるような、ガラス窓がびりびりと音を立てる程の衝撃が起きた事が判った。
何事かと外を見たが、特にこれと言った混乱は起きていない様だ……今の所。
「……まだ無反応?」
『違うかなぁ?』
「どゆこと?」
電話をしているのとは異なる、少し大きい画面の携帯端末。
これに、もう一つの大きい画面の端末を合わせて佳苗は常時3つの端末を持ち歩いている。そのどれを見ても、ニュースサイトにSNSサイトを見ても何一つ情報が……佳苗が求める「異常」を知らせる警告を示す言語はどこを見ても掲載されていない。
仮に、これが大規模な災害とか何かが起きたのだとしても。ニュースサイトはともかく個人の認識や個人からの情報が飛び交うSNSは真偽は定まらずとも某かの反応は起きる筈なのだ。例え、それが嘘であっても何か一つくらいは出て当然……逆に、本当に何一つ情報が出ないと言うのは佳苗にとって恐怖心でしかない。
何しろ、少なくとも今の今、目の前で「何か」が起きた事は確実なのだ。
その情報源は、今も本来ならば自宅で佳苗の帰りを待つ同居相手……の筈だ。
「つまり……『そう言う訳』って事?」
『そうかなぁ?』
たらりと、佳苗の額を嫌な汗が流れるのを感じた。
ついでに言えば、背中を冷たい汗が流れるのも感じた。
肩や顔から、ぶわっと雨の日の電車の中に入り込んだかのような凄まじい汗が噴き出すのを、感じた。
「ちなみに……生存確率って、どれくらいあると思う?」
頭の中で、周辺地域の交通網を確認してみる。勿論、知識を補足する為に指先も周辺の交通機関への確認する為にサイトを巡ってみる。
どうして、速攻で判らなかったのかなどと考える必要はない。心の片隅で鍵をかけて仕舞い込めば良い。
何と言っても、佳苗は「そんな事」に関しては欠片も知識がないのだ。もふもふする事が忙しかったとか、そう言う事ではなく単純な話として「必要と認識しない」からだ。でも、今は必要になった。
何故だ?
考える必要性があるかないかと言えば、あるかも知れないと脳内の佳苗達が答える。
佳苗の一人目が、相棒と知り合った事が原因の一つだと言えば。
佳苗の二人目が、問題は知り合った事で内部に変革があったのだと言う。
佳苗の三人目が、四人目が、五人目がと、何人もの佳苗が意見を口にしている。
それら全てが全部集まって一人の佳苗を作り上げているわけだが、どの佳苗も共通しているのが「四足歩行のまっくろいもふもふが現れてからおかしな事が起きている気がするけど、別に悪いわけではない」と言うのが共通認識だった。
もっとも、それには最後の小さくなっていた佳苗が「その半日前の浮遊事件を思い出してみたまえ」と鼻で笑っていた事に関しては、彼女もまた佳苗自身に他ならないと言うのに妙に苛立ちを感じたものだが……確かに、アレを放置して考えるのを止めていたのは税金問題と同じくらい面倒な事を呼び寄せる羽目になった気がした。
『頑張ればぁ、頑張っただけの事はぁ、あるんじゃないかなあ?』
「脱出ルートなんて、判らないよねえ……?」
一縷の希望を載せてみるが、期待していたわけではない。
そもそも、人ならざる生物でもない存在が人の社会の事についてどれだけ認識出来るか……。
『こんな感じぃ?』
「へ?」
ぽん♪
妙に軽い音がして、携帯に標準搭載されている地図アプリが起動した。
佳苗は、全く触れてはいない。嫌いなわけではないのだが、妙に消費する電力が多いのが気に入らないからだ。
「……わお」
『まあ、そこまで行けば何とかなるんじゃないかなあ?』
「それは……どうも?」
疑問形になるのも当然で、周辺地域駅10個分くらいは確実に危険地域だとアプリケーションは告げている。
恐ろしいのは、佳苗の勘が「関わり合いにならない人は欠片も気が付かないだろう」と言う事が野生の勘ばりに理解出来てしまった事と。すでに関わり合いになる事が告げられた佳苗には、思い切り気づかされてしまうと言う悲しい現実だった。
こんな広範囲に渡って関係するのであれば、確かに実家にも自宅にも逃げにくい……逆に、何故か問題地域のど真ん中を示していると思われる辺りが安全地帯扱いになっているのが無性に気にはなったが。それはそれで普通の感性として避けるべきだろう……出来れば避けたい。
「一つ聞いても良いかな?」
『なぁにぃ?』
「どうしてこうなった?」
ずずずずずずぅと炭酸飲料を飲み干して……氷できんきんに冷やされているので頭痛と戦うのに忙しい事は忙しいが、今すぐ店から出ても間に合うかどうかと言えば恐らく間に合わない程度には時間が押しているのだから困ったモノだ……今から出て、目的地を海の関係にして……心当たりがあるのは、一時間に一本来る路線と地下を走る路線だ。普段ならばどちらも使わないけれど、この時ばかりは仕方がない……そうして、調べものをしていた端末はメール機能を起動してA氏に謝りのメールを入れる。
少々うざいメールが返って来たが……これは後でフォローすれば何とかなるだろうと言う事にして置く。
とりあえず、万が一にでも10年弱の付き合いのある知り合いを巻き込む羽目になるのもお断りならば。逆に、A氏だけを巻き込まないで済むと言うのもお断りだ……気分的に一人で苦労するのは嫌だ。
続きます。




